平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

成仏 ~令和3年司法試験予備試験 論文 憲法・行政法の予想問題~

「問題の捉え方がそもそも間違っている。食べていけるかどうかを法律家が考えるというのが間違っているのである。何のために法律家を志したのか。(中略)飢え死にさえしなければ,人間,まずはそれでよいのではないか。その上で、人々から感謝されることがあるのであれば,人間,喜んで成仏できるというものであろう。」*1

  

 

 

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 以下の事例問題は、時代設定を「203×年」とするものであり、あくまで現実世界の話とは関係がない架空のものとして作成したものであるが、専ら、憲法行政法・法曹倫理という法学部や法科大学院ロースクール)における法律科目の学問的関心から作成した問題である。

 

 表現の自由憲法21条1項)の内容規制、行政裁量(要件裁量)の広狭やその統制(裁量権の逸脱濫用、行政事件訴訟法30条)、そして弁護士法の解釈・適用など、特に司法試験や予備試験合格を目指す受験生にとっては検討しておきたい問題の1つであろう。

 

 令和3年司法試験予備試験論文憲法行政法の予想問題として作成してみたが、令和3年度(2021年度)の法科大学院の法曹倫理の科目の試験問題やレポート課題等にもなりうるのではなかろうか。

 

 

 

【問題】

 203×年、Y弁護士会に所属する弁護士X1は、民事訴訟の依頼者Aや同じく刑事訴訟(私選弁護)の依頼者Bがそれぞれ弁護士報酬を支払期限までに一切支払わなかったことから、X1自身の不運が重なったことから悲しい気持ちになり、「あくまで一般論ですが、弁護士報酬を支払わない方は、それが一因となって、やがて『成仏』することになるかもしれません。なぜなら、弁護士が飢え死にして『成仏』することになり、その結果、市民の人権や権利について必要・十分な保護がなされなくなり、ひいては、市民の皆様にとって大変な結果となるからです。直接同業者から聞いた話ですが、ここ数年で、同じ経験をした弁護士が多数います。もはや社会問題の1つです。これは、最近、消費税が25%に上がり、しかも数年前からの新型ペストウィルス(変異株・肆ノ型)が終息しない影響もあって、景気がさらに悪化したからかもしれません。」と、X1自身の考えなどを、いわゆるSNSであるTwitterツイッター)で発言(ツイート)した(以下、このツイートを「本件ツイート①」という。)。

 

 本件ツイート①の数日後、本件ツイート①をTwitter上で閲読した弁護士X2は「弁護士がその依頼者から弁護士報酬を支払ってもらえなかったのは、その弁護士の仕事が『感謝』されなかっただけであって、仕方のないことですよ。むしろ、そういう弁護士は『成仏』すべきでしょう。特に問題はありません。」とTwitterで発言(ツイート)した(以下、このツイートを「本件ツイート②」といい、本件ツイート①及び本件ツイート②を併せて「本件各ツイート」という。)

 

 なお、X1もX2も実名で本件各ツイートをした。

 

 Y弁護士会は、必要な法定の手続をすべて履践し、本件各ツイートがそれぞれ「品位を失うべき非行があつたとき」(弁護士法56条1項)に当たるとして、X1・X2に対し、戒告の懲戒処分をした。

 

 このうち、X1に対する懲戒処分(以下「本件処分①」という。)の理由は、依頼者Aや依頼者Bに対する不安の念を抱かせる言動となりうるものであって慎重さを欠くものであり、弁護士の誠実義務(弁護士法1条2項参照)ないしその趣旨に反することから、本件ツイート①は、一般的条項である「品位を失うべき非行があつたとき」に当たり、戒告処分が相当である、というものあった。

 

 また、X2に対する懲戒処分(以下「本件処分②」という。)の理由は、通常、有償契約として締結される弁護士・依頼者間の委任契約等につき、あたかも無償契約が広く締結されているかのように市民一般に誤解を与えるものであることに加え、法令に精通した法律の専門家(弁護士法2条参照)である弁護士の言動として慎重さを欠くものであり、民法等の現行の法制度を含む「社会秩序」(弁護士法1条2項参照)を否定するともとられかねない情報発信を行うものであって、さらに、公益活動たる法教育に携わることがある弁護士の公的な性格に照らしても許されるべきものではないことから、本件ツイート②は、一般的条項である「品位を失うべき非行があつたとき」に当たり、戒告処分が相当である、というものあった。

 

 本件処分①及び本件処分②は、違憲・違法か。この事例に含まれる憲法上及び行政法上の問題を論じなさい。

 

 

【資料】

〇弁護士法(昭和24年法律第205号)(抜粋)

(弁護士の使命)

第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。

2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

 

(弁護士の職責の根本基準)

第2条 弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならない。

 

(懲戒事由及び懲戒権者)

第56条 弁護士及び弁護士法人は、この法律(外国法事務弁護士法人の使用人である弁護士にあつては、この法律又は外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法)又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。

2 懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。

3 (略)

 

(懲戒の種類)

第57条 弁護士に対する懲戒は、次の4種とする。

一 戒告

二 2年以内の業務の停止

三 退会命令

四 除名

2~4 (略)

 

 

〇最一小判平成18年9月14日集民221号87頁・裁判所ウェブサイト(抜粋)

(1)弁護士に対する所属弁護士会及び上告人(以下,両者を含む意味で「弁護士会」という。)による懲戒の制度は,弁護士会の自主性や自律性を重んじ,弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。また,懲戒の可否,程度等の判断においては,懲戒事由の内容,被害の有無や程度,これに対する社会的評価,被処分者に与える影響,弁護士の使命の重要性,職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要である。したがって,ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか,また,該当するとした場合に懲戒するか否か,懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては,弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され,弁護士会裁量権の行使としての懲戒処分は,全く事実の基礎を欠くか,又は社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り,違法となるというべきである。
(2)弁護士倫理規定(平成2年3月2日日本弁護士連合会臨時総会決議。弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)の施行により平成17年4月1日廃止)は,信義に従い,誠実かつ公正に職務を行うこと(4条),名誉を重んじ,信用を維持するとともに,常に品位を高め教養を深めるように努めること(5条)という基本倫理を掲げた上,依頼者との関係において,良心に従い,依頼者の正当な利益を実現するよう努めなければならないこと(19条),依頼者に対し,事件の経過及びその帰すうに影響を及ぼす事項を必要に応じ報告し,事件の結果を遅滞なく報告しなければならないこと(31条),事件に関する金品の清算及び引渡し並びに預かり品の返還を遅滞なく行わなければならないこと(40条)を宣明している。
 上記の事件処理の報告義務は,委任契約から生ずる基本的義務(民法645条)であり,依頼者に対し適切な自己決定の機会を保障するためにその前提となる判断材料を提供するという趣旨で,事件を受任した弁護士が負うべき重要な義務である。また,金品の引渡し等の義務も,委任契約から生ずる基本的な義務である(民法646条)。そうすると,特に依頼者のために預かった金品に関する報告は重要なものというべきである。さらに,依頼事項に関連して相手方や第三者から金品を預かった場合,そのことを依頼者に報告することも報告義務の内容となるというべきである。
(3)前記事実関係によれば,被上告人は,第2回分割金300万円を平成6年11月30日に受領しながら,その報告をせず,かえって,同年12月13日,Eから最新の情報の報告を求められたにもかかわらず,同月21日及び28日にはいまだ受領していない旨の,また,同7年1月6日には同日小切手で受領した旨の,いずれも事実に反する報告をしたものである。この点に関し,被上告人は,外為法の制約の下で,取扱銀行に不審を抱かれないようにするため,受領の日を偽る意図の下に上記のような報告をした旨主張するが,DにもEにもその意図を説明していない。そして,別文書による報告や電話等による口頭説明を含め,真実の報告をせず,その事情の説明をしなかったことについて,やむを得ない事情があったことはうかかがわれない。
 また,追加金300万円については,被上告人は,これを受け取ったこと,これをHに返還しようとしたこと及び同人から頼まれて預かり保管したことを,依頼者に一切報告していない。追加金300万円が,原審の説示するとおり,依頼の趣旨に反しない要求をして受領したものであるとすれば,本来,その受領の事実を報告した上で,返還をすることについて了承を得るべきであるし,相手方から再度預かるよう求められたときには,そのことを依頼者に報告した上で,慎重な対応をすべきものである。
 そうすると,被上告人の上記各行為は、弁護士倫理規定31条,40条の趣旨に反し,依頼者に不審感を抱かせるに足りるものといわざるを得ず,原審認定に係る経緯や被上告人の主観的意図を考慮したとしてもなお,上記各行為が弁護士法56条1項所定の「品位を失うべき非行」に当たるとし,業務停止3月の懲戒処分を相当とする旨の判断が社会通念上著しく妥当を欠くものとはいえない。したがって,本件懲戒処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たるということはできない。

 

 

 

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「法律家の未来はどうなるであろうか。

 暗い予想もある。すでにアメリカやドイツがそうであるように」*2

 

 

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*1:高橋宏志「成仏」法学教室307号(2006年)1頁。

*2:高橋・前掲注(1)1頁。