平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

令和4年司法試験論文憲法の分析(2) 司法試験と政治

 

「まず、政治・行政の過程において学問の成果が正当に活用されるようなしくみを整えなければならない。そのためには、『政府が自分に都合のよい人を審議会の委員として選ぶのは当たり前』という一部の〝常識〟を改める必要がある。」

(岡田正則「学術会議任命拒否問題の歴史的な意義」芦名定道=小沢隆一=宇野重規加藤陽子=岡田正則=松宮孝明『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』(岩波書店、2022年)1頁(27頁))

 

 

 

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前回のブログ「令和4年司法試験論文憲法の分析(1)」の続きである。

前回は、新しい出題形式である「新・主張反論型」と、「旧・主張反論型」・「リーガルオピニオン型」との異同などについて考察した。

 

yusuketaira.hatenablog.com

 

 

今回のブログでは、令和4年司法試験論文憲法の問題の元ネタ判例、司法試験考査委員(学者委員)の関心等との関係、そして作問の背景事情について分析を試みたい。

 

 

1 元ネタ判例

 

まず、令和4年司法試験論文憲法の問題の元ネタとなった判例は、富山大学事件最高裁判決[1]である。この判例憲法判例百選でセレクトされた判例である[2]

この判例以外にもいくつか関連する判例があるが、それは後で触れることとする。

 

さて、富山大学事件は、統治の分野の判例として有名であり、現に上記百選でも統治(裁判所)の判例の1つとして収載されているが、これを、人権の判例として捉え直し(もともとは人権の判例でもあったが、次第に統治の判例として有名になったものといえよう)、出題することとしたものと思われる。これならば、司法試験予備校等によって「的中」させられにくくなるからであろう。

 

とはいえ、なぜ元ネタ判例富山大学事件なのかといえば、理由は1つであろう。それは、令和3年重要判例解説でもセレクトされ、60年ぶりに全員一致での判例変更を行った岩沼市議会出席停止事[3]の影響と考えられる。

つまり、この令和2年11月の大法廷判決を機に、憲法の司法試験考査委員(学者委員のみならず実務家委員も)を含む多くの研究者・実務家が、射程が及びうるかもしれない判例群を検討したと考えられるところ、その判例群の中に、富山大学事件があったということである[4]

 

岩沼市議会出席停止事件の射程については様々な考え方があるところだが、富山大学事件との関係でいうと、岩沼市議会出席停止事件の射程が及ばないという考え方[5]と、及ぶ(及びうる)とする考え方[6]に一応大別しうる。

 

そして、特に射程が及ぶ・及びうるという考え方に立つと、大学と教職員、あるいは大学と学生との間の紛争も増えてくることが一応予想されることから[7]富山大学事件は、現在においても、実務的にも重要な判例の1つといえる。実務家の考査委員も元ネタ判例とすることに賛成するだろう。

 

以上のようなことから、特に決定②(「地域経済論」の不合格者の成績評価を取り消し、他の教員による再試験・成績評価を実施するとの決定)との関係での、あるいは事例全体との関係での元ネタ判例は、富山大学事件であるといえる。

 

そして、この判例に加えて、決定①(研究助成金の不交付決定)については、映画製作に係る助成金の不交付処分の違憲性・違法性が争われた憲法訴訟・行政訴訟(処分取消訴訟)であり、特に憲法判例として注目された、映画「宮本から君へ」助成金不交付事件(東京地判令和3年6月21日裁判所ウェブサイト、東京高判令和4年3月3日裁判所ウェブサイト、現在上告・上告受理申立て中)[8]が大いに参考になろう。

考査委員としても、この裁判例(令和3年度重要判例解説の「憲法判例の動き」でも「表現の自由」の裁判例として紹介されている)を強く意識したものと考えられる。

 

なお、この裁判例は、令和3年司法試験論文行政法でも、行政規則の効力論との関係で参考判例の1つとされた可能性が高い(現にそのような解説もある[9])。

 

 

2 司法試験考査委員の関心

 

次に、司法試験考査委員(学者委員)の関心等と令和4年司法試験論文憲法の問題の関係について考察を加えよう。

 

まず、市川正人教授だが、試験前に(おそらく作問の会議の前だろう)ジュリスト36号で前記岩沼市議会出席停止事件やその射程等について解説する玉稿を執筆しており[10]、また、教科書でも同事件の射程についての叙述がある[11]ことから、市川教授が問題の叩き台を作成した可能性はあろう。

 

次に、宍戸常寿教授は、司法権について(も)強い関心があるとみられる[12]ことから、宍戸教授が問題の叩き台を作成した可能性もあろう。

 

さらに、山元一教授は、大学の自治について(も)強い関心があるとみられる[13]ことから、山元教授が問題の叩き台を作成した可能性もあろう。

 

そして、只野雅人教授は、只野教授は後述する日本学術会議の会員任命拒否問題に強い関心があったとみられ[14]、この問題は大学の自治と深く関わる問題である[15]ことから、只野教授が問題の叩き台を作成した可能性もあろう。

 

以上、4名の先生方のどなたが叩き台を作っていてもおかしくないところではあるが、あえて一人だけ挙げるとすると、かつて、令和4年と同じく公立(県立)大学の研究者の学問の自由(憲法23条)と大学の自治とが「対立関係」[16]にある事案である平成21年新司法試験論文憲法の問題の解説を担当した宍戸常寿教授(当時は准教授)[17]の可能性が最も高いのではないかと思われる。

 

 

3 作問の背景事情

 

最後に、令和4年司法試験論文憲法の作問の背景事情について分析してみたい。

 

まずは、何といっても、「大学の自治」に深く関わる時事問題である日本学術会議会員任命拒否問題であろう。この問題については、様々な文献があり、多く報道されたため説明不要だろうが、先月(2022年4月)になって、任命拒否をされた6名の研究者ら自身が書いた新書(岩波新書[18]が出版されたため、未読の方はこの本を読むと良いだろう。

ちなみに、考査委員の一人である只野教授が「菅首相による学術会議会員の任命拒否に対する憲法研究者有志の声明」(https://kenponet103.com/gakujyutu-seimei)の賛同者であり、この問題に特に強い関心があったと思われることについては先に述べたとおりである。

 

また、決定①(研究助成金の不交付決定)については、あいちトリエンナーレ2019補助金不交付問題(企画展「表現の不自由展・その後」をめぐる問題)を想起するものだということができるだろう。この問題も多く報道され、多数の研究者が関連する解説記事等を書いている(なお、本ブログ筆者もいくつかの拙い解説を執筆した。このことについては、前回のブログの後掲注12・①~⑬の各文献を参照されたい。)。

 

以上の2つの時事問題の共通点は、行政決定の過程・プロセスが不透明であるという点である。

 

他方で、令和4年司法試験論文憲法の「設問1」では、次のような指定があったことを私たちは見逃してはならない。

すなわち、弁護士Zに依頼をしたX大学長Gは、対立当事者である研究者Yとの「再度の話合いに応じるつもりだが、大学としては憲法を踏まえてできるだけ丁寧な説明を行いたい、と相談した」(下線・太字強調引用者)という設問1の指定である。

 

依頼者側(大学側・学長)の意向としては、「憲法を踏まえてできるだけ丁寧な説明」を行いたい、というこの指定は、上記2つの時事問題の政府の態度とは真逆の態度(憲法に適うもの)であるといえよう。

 

政府の態度が「丁寧な説明」とはかけ離れた非立憲的な態度であった(特に学術会議問題では「総合的・俯瞰的」という不透明・不明瞭な応答に終始している)のに対し、考査委員が受験生に要求したことは立憲的な態度で「できるだけ丁寧な説明」をすること、ということであった。

 

たとえ対立する関係にある当事者に対しても、「憲法を踏まえてできるだけ丁寧な説明を行いたい」という考査委員による指定は、前回若干解説した「フルスケール」の答案を「設問1」から要求するために(一応)必要といえる記載ではあるが、そこには同時に、政府の上記非立憲的態度を鋭く批判する政治的な意図が見え隠れするように思われる。そして、法曹を志望する司法試験受験生に対し、憲法を守り説明責任を果たせるような「立憲的な」法曹になってほしいという願いが込められているのかもしれない。

 

令和4年司法試験論文憲法は、このように、今の「政治」と深く関わる出題であったと読むべきである。

 

 

 

以上、令和4年憲法の元ネタ判例、司法試験考査委員(学者委員)の関心等との関係、そして作問の背景事情について分析を試みた。

 

次回は、拙い答案例(設問1の答案例)を公表する予定である。

 

 

(本ブログは、筆者が所属する機関や団体の見解を述べるものなどではなく、個人的な意見等を公表するものです。この点、ご注意ください。)

 

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[1] 最三小判昭和52年3月15日民集31巻2号234頁。

[2] 見平典「判批」長谷部恭男=石川健治=宍戸常寿『憲法判例百選Ⅱ[第7版]』(有斐閣、2019年)396~397頁(182事件)。

[3] 最大判令和2年11月25日民集74巻8号2229頁。『令和3年度重要判例解説』(有斐閣、2022年)では憲法の2番の判例として収載されている(10~11頁、解説者は渡辺康行教授)。なお、論究ジュリスト36号(2021年春号)では、本判決の特集が組まれている(133~157頁)。

[4] 市川正人『基本講義 憲法 第2版』(新世社、2022年)304~305頁参照。なお、市川教授は、令和4年司法試験考査委員(憲法)である。

[5] 例えば、岩沼市議会出席停止事件の調査官解説は、射程が及ばないと考える立場と思われる(荒谷謙介「判解」法曹時報73巻10号2017頁(2051頁))。

[6] 岩沼市議会出席停止事件の宇賀克也補足意見は、裁量論によっても調整できないほどの団体の自律性を尊重しなければならないほどの「憲法上の根拠」がある場合にだけ訴えが却下されるという厳格な立場を採っているとみられる(木下昌彦編集代表・片桐直人=村山健太郎=横大道聡編『精読憲法判例―統治編』(弘文堂、2021年)325頁〔横大道聡=山本健人〕)。このような立場からすると、富山大学事件のようなケースにも射程が及びうるということになるようにも思われる。なお、令和4年司法試験考査委員(憲法)の市川正人教授は、富山大学事件を「部分社会」論によって説明されてきた判例であるとした上で、岩沼市議会出席停止事件の判例変更によって、今後は全面的な「部分社会」論の放棄に至るのではないかと期待される、と解説しており(市川・前掲注(4)304~305頁)、同事件の射程を広くみる立場と思われる(市川正人「『団体内紛争』と司法権」―最高裁大法廷判決を受けて」論究ジュリスト36号(2021年)134頁(142頁))も同様の解説をしている)。

[7] 村上友里「対面授業なし、『制約は当然』学費返還訴訟で大学側」朝日新聞デジタル2021年8月25日 https://www.asahi.com/articles/ASP8T5S3CP8TUTIL01F.html 参照。この新聞記事のケースのように、コロナ禍も相まって、大学と学生あるいは大学と教職員の紛争は増える可能性があるだろう。

[8] 第一審判決(東京地判令和3年6月21日裁判所ウェブサイト)の評釈として、①横大道聡「判批」新・判例Watch vol.29(2021年)31頁、②櫻井智章「判批」法教494号(2021年)135頁。また、③志田陽子「出演者不祥事による助成金不交付と表現の自由」宍戸常寿=曽我部真裕編著『憲法演習サブノート210問』(弘文堂、2021年)165頁(~166頁)、④曽我部真裕「表現の自由(6)―表現等への政府助成とパブリック・フォーラム論」法学教室494号(2021年)71頁(76~77頁)、及び⑤川岸令和「憲法判例の動き」『令和3年度重要判例解説』(有斐閣、2022年)2頁(5頁)も、憲法学の観点から、第一審判決について検討を加えている。さらに、⑥大島義則「公法系科目論文式試験〔第2問〕解説・解答例」別冊法学セミナー267号(2021年)126頁(129頁)は、行政法学の観点から第一審判決に言及する。さらに、原告代理人の立場から第一審判決を解説した拙稿として、⑦平裕介「文化芸術助成に係る行政裁量の統制と裁量基準着目型判断過程審査」法学セミナー804号(2022年)2頁。加えて、控訴審判決を批判する拙稿として、⑧平裕介「映画『宮本から君へ』助成金不交付訴訟・東京高裁判決の問題点と表現の自由の『将来』のための闘い」(2022年)法学館憲法研究所ウェブサイト(http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20220404_02.html)がある。なお、上記⑤の『令和3年度重要判例解説』において、映画「宮本から君へ」助成金不交付事件を個別に収載をしなかったことについては遺憾であるといわざるを得ない。司法試験で元ネタの1つとなった裁判例であって個別に収載され解説される価値は十分にあったように思われる。2023年に発行されるであろう『令和4年度重要判例解説』での個別セレクト(そのときは直接には高裁判例が収載・解説されることになろうが)に期待したい。

[9] 大島・前掲注(8)129頁。

[10] 市川・前掲注(6)「『団体内紛争』と司法権」―最高裁大法廷判決を受けて」134頁(142頁)。

[11] 市川・前掲注(4)304~305頁。

[12] 宍戸常寿「司法のプラグマティク」同『憲法裁判権の動態〔増補版〕』(弘文堂、2021年)356頁等参照。

[13] 山元一「大学の自治」小山剛=駒村圭吾編『論点探求 憲法〔第2版〕』(弘文堂、2013年)198頁参照。

[14] 只野教授は「菅首相による学術会議会員の任命拒否に対する憲法研究者有志の声明」(2020年10月20日9時段階で賛同者は142名)の賛同者の一人である。なお、時の政権の執政に対し、批判的な意見を公に示した研究者が、司法試験考査委員という公職に就いた(その任命を拒否されなかった)ということは、法律による行政の原理や立憲主義、法の支配の観点からとても望ましいことであると言わなければならない。

[15] 佐藤岩夫「日本学術会議会員任命拒否問題と『学問の自由』―日本学術会議法7条2項『推薦に基づく任命』規定の意義」法学セミナー792号(2021年)2頁(5~7頁)。

[16] 平成21年司法試験論文憲法採点実感は、「憲法第23条は一方で原告(個々の研究者)の研究の自由を保障するが,他方で研究者の所属する大学の自治をも保障する。大学の自治は通常,学問の自由を保障するための制度的保障であると理解されているが,本問では,両者は対立関係にあるため,これをどう調整するのかという問題を避けて通ることはできない。この点を十分検討している答案は,余り見られなかった。」(下線引用者)とする。

[17] 小山剛=宍戸常寿「公法系科目論文式試験の問題と解説 公法系科目〔第1問〕―対話篇」法学セミナー編集部『別冊法学セミナー 新司法試験の問題と解説2009』(別冊法学セミナー200号、2009年、日本評論社)20頁、宍戸常寿「公法系科目論文式試験の問題と解説 公法系科目〔第1問〕―解説篇」前掲・法学セミナー編集部『別冊法学セミナー 新司法試験の問題と解説2009』28頁(31~33頁には宍戸准教授(当時)が書いた「解答例」が掲載されており、必読文献である)。なお、山元教授も、平成25年司法試験論文憲法の解説に係る鼎談で、「ポポロ判決」に言及している(山元一=中林暁生=山本龍彦「公法系科目論文式式試験の問題と解説 公法系科目〔第1問〕―鼎談篇」法学セミナー編集部『別冊法学セミナー 新司法試験の問題と解説2013』(別冊法学セミナー222号、2013年、日本評論社)15頁(19頁〔山元〕))。

[18] 芦名定道=小沢隆一=宇野重規加藤陽子=岡田正則=松宮孝明『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』(岩波書店、2022年)。なお、佐藤・前掲注(15)2頁等も参考になる。