平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

弁護士会や日弁連にとって「許されない政治活動」とは何か?

「青の濃すぎるTVの中では

まことしやかに暑い国の戦争が語られる

 

僕は見知らぬ海の向こうの話よりも

この切れないステーキに腹を立てる」[1]

 

 

 

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憲法改正問題を含む憲法問題等に関して,日本弁護士連合会(日弁連)や各弁護士会(各単位会)が一定の方向性を持った意見を述べることには,外部からも,そして弁護士会内部においても異論がある。「弁護士会は政治的中立性を保つべきで,意見を言うべきではない」などの反対論である。[2]

 

そこで,本日は,強制加入団体である弁護士会日弁連にとって「許されない政治活動」とは何か?という問題に関連する判例を紹介したい。

 

それは,総会決議無効確認等請求事件東京高判平成4年12月21日自由と正義44巻2号(1993年)99頁)である。

 

弁護士の間でもあまり知られていない裁判例と思われるが,上記事項に関する重要な裁判例であることは間違いない。

 

1 事案の概要等

 

本件は,弁護士である原告(控訴人・上告人)ら111名が,被告(被控訴人・被上告人)日弁連に対し,日弁連総会でなされた「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」(当時自民党が国会に提出すべく準備中であった法律案)を国会に提出することに反対する決議(1987(昭和62)年5月30日付け「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案に反対する決議」)につき,日弁連の目的(弁護士法45条2項)の範囲を逸脱し,また,同決議と見解を異にする原告らの思想良心,言論の自由を著しく侵害し,ひいては結社の自由,職業選択の自由をも侵害するものであるから,その内容において憲法19条,21条22条に違反し無効であると主張して,同総会決議の無効確認を請求するとともに,日弁連が行う同法案の反対運動(その費用は会員の一般会費により賄われている日弁連の会財政から支出)に対する差止めと慰謝料の支払いを求めた(差止請求,慰謝料請求)訴訟である。

 

原告らは,日弁連の上記反対運動により,同法案(いわゆるスパイ防止法案)反対という政治的立場に対する支持,協力を強制されていることに等しくなどと主張していたが,第一審(東京地判平成4年1月30日判例時報1430号(1992年)108頁)は,総会決議無効確認請求については訴えを却下し,差止請求と慰謝料請求については請求棄却とした。

 

2 判旨

 

第二審は,次のように判断し,控訴棄却判決を下した。

 

(以下,自由と正義44巻2号(1993年)81頁より引用,下線・太字は引用者)

 法人は、本来その定められた目的の範囲内で行為能力を有するものであり、その活動は目的によって拘束されるものである。特に、被控訴人のような強制加入の法人の場合においては、弁護士である限り脱退の自由がないのであり、法人の活動が、直接あるいは間接に会員である弁護士個人に利害、影響を及ぼすことがあることを考えるならば、個々の会員の権利を保護する必要からも、法人としての行動はその目的によって拘束され、たとえ多数による意思決定をもってしても、目的を逸脱した行為に出ることはできないものであり、公的法人であることをも考えると、特に特定の政治的な主義、主張や目的に出たり、中立性、公正を損うような活動をすることは許されないものというべきである。

 被控訴人は、…「(弁護士の)品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする。」(同法〔=弁護士法〕45条2項)…に定める目的は、資格審査、懲戒、監督といった弁護士における自治、自律権の行使と、弁護士事務の向上を目的とした指導、連絡といった弁護士及び弁護士会に向けた内部的活動であり、外部に向けられた行為としては、「弁護士事務その他司法事務に関して官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。」(同法50条、42条2項[3])との規定があるだけである。

 しかし、弁護士は、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし」(同法1条1項)、「社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」(同条2項)とされているところ、弁護士に課せられた右の使命が重大で、弁護士個人の活動のみによって実現するには自ずから限界があり、特に法律制度の改善のごときは個々の弁護士の力に期待することは困難であると考えられること、被控訴人が弁護士の集合体である弁護士会と弁護士の集合体であり、その上部組織であることを考え合わせると、被控訴人が、弁護士の右使命を達成するために、基本的人権の擁護、社会正義の実現の見地から、法律制度の改善(創設、改廃等)について、会としての意見を明らかにし、それに沿った活動をすることも、被控訴人の目的と密接な関係を持つものとして、その範囲内のものと解するのが相当である。

 そこで、まず本件総会決議についてみるに、本件法律案が構成要件の明確性を欠き、国民の言論、表現の自由を侵害し、知る権利をはじめとする国民の基本的人権を侵害するものであるなど、専ら法理論上の見地から理由を明示して、法案を国会に提出することに反対する旨の意見を表明したものであることは決議の内容に照し明らかであり、これが特定の政治上の主義、主張や目的のためになされたとか、それが団体としての中立性を損なうものであると認めるに足りる証拠は見当たらない。そうであるとすれば、本件総会決議によって示された意見自体については、異論がみられるところではあるが、右決議が被控訴人の目的を逸脱するものということはできない

 本件総会決議後の被控訴人の一連の行為(中略)は、いずれは、いずれも本件総会決議に基づいて、その意見を各方面に周知させ、これを実現させるための行為とみられるのであって、その行為の内容において、特に不相当と認められるような点は認められないから、決議におけると同様に会の目的を逸脱するものではないというべきである。

 以上のとおりであるから、被控訴人の本件決議等が、被控訴人の目的を逸脱し、違法である旨の控訴人らの主張は採用できず、これを前提とする差止請求及び損害賠償請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

 

(引用終わり)

 

なお,上告審(最二小判平成10年3月13日自由と正義49巻5号(1998年)210頁)は,「所論の点に関するする原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に昭らして首肯するに足り,右事実関係の下においては,上告人らの請求中本件総会決議の無効確認請求に係る訴えを不適法として却下すべきものとし,その余の請求について,被上告人の本件反対運動により上告人らの人機権が侵害されているとはいえないとして,これを棄却すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例は,事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はない。論旨は,違法をいう点を含め,原審の専権に属する事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決の法令違反をいうものであって,採用することができない。」(同213頁)などと判示し,上告を棄却した。

 

 

3 裁判例のポイント

 

(1)総会決議の適法性について

本(控訴審)判決によると,強制加入団体である日弁連の総会決議については,①人権を侵害するおそれがあるとの批判など,専ら法理論上の見地から理由を明示して法案に反対する旨の意見表明をした場合には,②同決議が特定の政治上の主義,主張や目的のためになされたとか,それが団体としての中立性を損なうものであると認めるに足りる証拠が見当たらない限り,総会決議によって示された意見自体に異論があっても目的の範囲外のものということはできない。

 

すなわち,日弁連の「目的」の範囲内の総会決議となるための要件は次の2つである。これは弁護士会の総会決議にも基本的には借用可能と思われる。

 

①専ら法理論上の見地から理由を明示した意見表明をしたこと

②団体としての中立性を損なうもの(特定の政治上の主義,主張や目的のためのものなど)でないこと

 

(2)総会決議に基づく法案反対運動の適法性について

本件総会決議後の法案に反対する旨の一連の反対運動についても,本判決は,総会決議に基づいて,①その意見を各方面に周知させ,これを実現させるための行為とみられるものであり,②その行為の内容において,特に不相当といえる点が認められない場合には,決議同様,目的の範囲外のものということはできないと判示した。

 

すなわち,日弁連の「目的」の範囲内の法案反対運動(総会決議に基づくもの)となるための要件は次の2つである。これは弁護士会の総会決議にも基本的には借用可能と思われる。

 

①総会決議に基づく意見の周知・実現目的があるとみられること

②行為内容の相当性

 

(3)日弁連弁護士会として禁止される政治活動とは?

上記(1)②の要件に関連することと思われるが,強制加入団体として禁止される「政治活動」の基準の問題に関しては,同事件第一審の被告準備書面(平成2年9月13日提出)「Ⅲ わが国では『政治活動』をどう考えるのか。」自由と正義41巻10号(1990年)155頁以下(156頁)が参考になる。

 

(以下同156頁を引用)

 

 結局、弁護士会活動の許容範囲に関して、わが国弁護士法を解釈・適用するに当たっては、「政治活動」や、「イデオロギー活動」などの用語を漫然と使用するのではなく、強制加入団体としての日弁連にとって、「許されない政治活動とは何か」を具体的な活動において検討するほかないというべきである。

 その場合の基準についていえば、「特定の政党その他の政治団体の主張または行為を直接的に支持し、または反対することを目的とする党派的な行為」が「禁止される政治活動」と考えてよいであろう。

 例えば、特定の政治的イデオロギーに立脚し、会内合意に基づくことなく、一党一派に偏した活動を進める場合に、非難に値する「政治活動」であるとされるであろう。しかし、そもそも、そのような場合には基本的には会内全体の運動として成り立たないのである。

 

(引用終わり)

 

おそらく,日弁連としては,「特定の政党その他の政治団体の主張または行為を直接的に支持し,または反対することを目的とする党派的な行為」が「禁止される政治活動」であるものと今日でもなお考えているのではないだろうか。そしてこれは弁護士会も同様であるように思われる。

 

とはいえ,このような(相当程度限定的な)定式を多くの会員が受容できるのか,そして,その問題と弁護士自治を維持することとの関係等については,慎重に検討する必要があるだろう。

 

 

以上,簡単ではあるが,裁判例を紹介し,そのポイントなどの解説を試みた[4]。参考になれば幸いである。

 

なお,本判決と,国労広島地本事件,南九州税理士会事件,群馬司法書士会事件などの最高裁判例との関係等に関する解説については,可能であれば別の機会に書いてみたい。

 

 

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「僕たちの将来は 良くなってゆくだろうか」[5]

 

 

  

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[1] 中島みゆき「僕たちの将来」同『はじめまして』(1984年)

[2] 伊井和彦「憲法問題における弁護士会の『政治的中立性』とは?」LIBRA18巻10号(2018年)31頁。

[3] なお,念のため付言すると,弁護士法42条2項(答申及び建議)は,「弁護士会は、〔A〕弁護士及び弁護士法人の事務その他〔B〕司法事務に関して官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。」と定める(〔A〕と〔B〕は並列関係)ところ,本判決は,同項の文言との関係では,〔B〕「司法事務」の問題ではなく,〔A〕「弁護士及び弁護士法人の事務」(同高裁判決当時の文言は「弁護士事務」)に間接に必要な行為(同法1条1項・2項参照)の方を問題とすることを前提に総会決議の違法性を判断したと解される点に留意が必要であろう。つまり,基本的には「〔B〕司法事務」の解釈如何によって,本判決の射程が変わるものではない。

[4] 本裁判例(総会決議無効確認等請求事件)を弁護士が紹介した最近の文献として,矢吹公敏「弁護士自治の今後の課題と展望」弁護士自治研究会編著『JLF叢書vol.24 新たな弁護士自治の研究-歴史と外国との比較を踏まえて』(商事法務,2018年)(以下「新たな弁護士自治の研究」という。)193以下(199頁),深沢岳久=山本幸司「弁護士法成立後の弁護士自治」新たな弁護士自治の研究60頁以下(76頁以下)。

[5] 中島・前掲注(1)。