令和2年司法試験論文行政法の感想(2) 設問1(1)の答案例
令和2年司法試験受験中の受験生の皆様は試験終了まで読まないように(下にスクロールしないで)してください。 それ以外の皆様は,よろしければ,ご笑覧ください。よろしくお願いいたします。
うすうす出題傾向の変化を感じていたが,今年,それが確信に変わった。
司法試験論文行政法が基本知識や基本判例をベースに現場で思考させる性格の(より)強い問題になってきているように感じられる。付け焼刃の対処法では対応が難しい問題といえ,平成20年代前半(平成25年まで)に近い印象である。
個人的には,痺れるような良問であった。
時代に合わせて変化する司法試験論文行政法を心から歓迎したい。
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前回の続きである。
本日は,令和2年司法試験論文行政法の設問1(1)の答案例を掲載する。
参考になれば幸いである。
第1 設問1(1)
1 【論パ[2]】抗告訴訟の対象となる処分のうち,「行政庁の処分」(3条2項)とは[3],①公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち(公権力性),②その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが(法効果の直接性・具体性)③法律上認められているもの(法律の根拠)をいう[4]。
2 本件計画についての具体的検討
(1) 本件計画の法的性格
以上の定式を本問についてみると,まず,本件計画のような農業地区域を定める計画(農振法8条1項)は,同法2条の基本原則に照らし,農業地域の保全・形成や農業に関する公共投資その他農業振興に関する施策を計画的に推進するものであるから,その法的性格は,講学上の行政計画といえる。また,農業地区域を定める計画の変更(同法13条1項)等がなされない限り,農地の転用(同法17条,農地法4条6項1号イ参照)[5]が認められないことから,同計画は,都市計画法上の用途地域と同じく,同計画にかかる地域・地区内の土地所有者等に建築基準法上の新たな制約を課す法定の完結型計画の一種といえる[6]。
そうすると,上記のような一定の法状態の変動は生じるものの(農振法15条の2,17条),用途地域指定についての昭和57年判決の場合と同様に,その効果はあたかも新たに制約を課する法令が制定された場合と同様の不特定多数の者に対する一般的抽象的な効果にすぎないとのB市の反論が想定される。
しかし,用途地域内では特に開発行為による土地の区画形質の変更が規制されるのに対し,農地の転用では「農地を農地以外のもの」にすることが禁止されており(農地法4条6項1号),区画形質の変更を伴わない行為まで一般的に禁止しているため(農振法15条の2,17条参照),財産権に対する規制の程度が強い[7]。そこで,本件計画については,上記昭和57年判例の射程は及ばず,個々の土地所有者等に権利制限の一部解除を求める権利[8]あるいは転用行為の自由[9]が留保されており,本件計画によりこの権利・自由が具体的に制限されるものと解すべきである。
(2) 個別の農地を農業用区域から除外する計画変更の処分性
次に,本件農地ような個別の農地を農業用区域から除外する計画変更は,上記(1)の個々の土地所有者等の権利制限の一部解除を求める権利あるいは転用行為の自由を回復するものといえるから,同計画変更の法効果の直接性・具体性(上記1②)があるといえる。
また,同計画変更は,私法上の対等当事者間においてはあり得ない行為であるから[10],公権力性(上記1①)も認められる。さらに,農振法13条1項・2項により法律の根拠(上記1③)も認められる。
したがって,同計画変更の処分性は認められる。
(3) 本件計画変更の申出の拒絶の処分性
ア 法効果の直接性・具体性
本件計画変更の処分性は認められるとしても,農振法15条1項・2項が「申請」と明記するのに対し,本件計画変更の申出については,「除外」(同法13条2項)の「申請」権を法令上規定しておらず,また,同申出の拒絶に対する審査請求等の行政不服申立てに関する規定もなく,さらに,本件運用指針は講学上の法規命令ではなく行政規則にすぎないから,同拒絶の処分性は認められず,職権による計画変更が前提とされているとのB市の反論が想定される。
しかし,行政不服申立てではないものの,勧告·調停という一定の手続は法定されている(同法14条1項·2項、15条1項·2項)。また,本件運用指針4条1~4項により,計画変更の申出とそれに対する可否の通知の手続が定められており,「申請」ではなく「申出」とされてはいるものの,諮問機関の意見を求め(同条2項),県(国)との事前協議を行う(同条3項)という慎重な手続によることとされ,B市は信義則あるいは平等原則の見地から同手続に自己拘束されることから,同手続は確立した実務上の手続となっている。そのため,B市は,農地転用許可申請に対する不許可処分の前の段階で,同条4項の「通知」すなわち申出の拒絶をもって,同不許可処分の処分要件に関する最終決定を前倒しして行うことになる。すると,この中間的措置とはいえない最終決定としての申出の拒絶は,実質的には,除外(同法13条2項)の申請に対する拒否処分(不許可処分)として機能しているといえ[11],あるいは申出を行っても申出をした者は特段の事情のない限り事後に農地転用許可申請をしても不許可処分を受けるという法的地位に立たされることになる。
また,見込みのない農地転用許可申請を行い,不許可処分を待って同処分に対する取消訴訟を提起して本件計画に不変更の違法性を争う方法も考えられ,加えて,本件計画については他の多くの利害関係人の利益を害することは少ないから,浜松市土地区画整理事業計画事件(大法廷判決)の場合とは異なり事情判決(行訴法31条1項)がされる可能性は低いため,除外の申請権を認めうるための紛争の成熟性はないという反論が想定される[12]。
しかし,浜松市土地区画整理事業計画事件は非完結型計画の事案であるため,完結型計画の本件には判例の射程が及ばないというべきある。また,申出の拒絶の処分性の認否は微妙な問題であるため同訴訟では違法性の承継も争点となりうること[13]に加え,同訴訟で争わせることは農地転用許可がなされないことによる損害を相当期間にわたり原告に負わせることになり,農地転用許可後に行う予定であった事業自体を断念させる結果をも生じさせかねないことに照らせば,実効的な権利救済を図る見地から,除外の申請権を認めるための紛争の成熟性はあるというべきである。
したがって,法効果の直接性・具体性(上記1②)は認められる。
イ また,農振法13条2項等は,行政機関の判断で,処分の手続を用いる仕組みを構築することを許容している趣旨の規定と解しうるから,法律の根拠(上記1③)も認められる[14]。さらに,計画変更の場合と同様に,申出の拒絶についても公権力性(上記1①)が認められる。
ウ よって,申出の拒絶の処分性は認められる。[15]
3 以上より,本件計画の変更及びその申出の拒絶は,抗告訴訟の対象となる処分に該当すると考える。
(第2以下は、次回掲載予定)
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[2] 「論パ」とは,「論証パターン」(井田良=細田啓介=関根澄子=宗像雄=北村由妃=星長夕貴「〔座談会〕論理的に伝える」法学教室448号23頁(2018年)〔井田〕)の略称である。論証パターンの「利点」と「危険」に関し,賢明な受験生は,同23~24頁〔宗像〕を読むと良いだろう。
[3] 判例(最一小判昭和39年10月29日)による処分性の「定式」(中原茂樹『基本行政法[第3版]』(日本評論社,2018年)283頁(以下「中原・基本」という。)参照)を書く場合,それは,「その他公権力の行為に当たる行為」の部分ではなく「行政庁の処分」の部分の定式といえるから(神橋一彦『行政救済法(第2版)』(信山社,2016年)43~44頁),「行政庁の処分」(行訴法3条2項)といえるかという問題提起をした(「行政庁の処分その他公権力の行為に当たる行為」(行訴法3条2項)といえるかといった問題提起をしていない)。ちなみに,「その他公権力の行為に当たる行為」は「行政庁の処分」以外の行為で行政行為類似の優位性を持つものであり,人の収容,物の留置のような継続的な性質を持った事実行為がこれに当たる(神橋・同書79頁参照)。
[4] 学説における3要件説に立ったことを示している。このような立場を採る研究者・元(新)司法試験考査委員の文献として,山本隆司『判例から探究する行政法』(有斐閣,2012年)(以下「山本・探究」という。)364~365頁(ただし,同365頁は第1要件を権力性と称する)。他方で,実務的には,処分性は行為の公権力性及び法律上の地位に対する影響の2つの要素により判定され,その際に実効的な権利救済の観点も考慮されている(大島義則『実務解説 行政訴訟』(勁草書房,2020)35頁〔大島義則〕参照)。なお,少なくとも本問については,どちらの立場に立って答案を書いても大差はないものと思われる。
[5] なお,農地法4条に基づく転用は,実務上「自己転用」と呼ばれることがある(宮﨑直己『農地法講義[三訂版]』(大成出版社,2019年)(以下「宮﨑・農地法講義」という。)129頁)。
[6] 木村琢磨(令和2年司法試験考査委員(行政法))『プラクティス行政法〔第2版〕』(信山社,2017年)119頁参照。同頁は,「行政計画は,法定の計画か法定外の計画かという観点から区別されるが,行政救済法との関係で重要なのは,完結型と非完結型の区分である。」とする。
[7] 髙木賢=内藤恵久『改訂版 逐条解説 農地法』(大成出版社,2017年)123頁参照。
[8] 千葉地判昭和63年1月25日判例時報1287号40頁,大橋洋一「行政法判例の動き」平成30年度重要判例解説30頁以下(33頁)参照。
[10] 処分性の第1要件である公権力性がメインでは問われていない場合には,このようなあてはめをすると良い。裁判例でもこのようなあてはめをしているものがある(横浜地判平成12年9月27日(判例地方自治217号69頁・裁判所ウェブサイト)事実及び理由・第三の2(二)は,「以上のような本件条例の規定の仕方からすると、本件条例九条一項に基づく指導又は勧告は、私法上の対等当事者間においてはおよそあり得ない行為であり、被告が公権力の行使として行うものであることに疑いはない。」と判示している)。なお,第1要件である公権力性がメインで問われている問題(抗告訴訟の対象となる処分か,対象とならない契約かが問題となる給付行政の事案(例:労災就学援護費不支給の処分性が争われた最一小判平成15年9月4日)の問題,山本・探究320頁参照)では,「当該行為が国民の権利義務を一方的に変動させる行為だから処分である」との記述は「不適切ないし不十分」とされるリスクがあると考えられる(曽和俊文=野呂充=北村和生編著『事例研究行政法[第3版]』(日本評論社,2016年)42頁〔野呂充〕参照)。
[11] 山本・探究340~341頁参照。
[12] 前掲津地判平成29年1月26日参照。なお,この控訴審判決である名古屋高判29年8月9日判例タイムズ1446号70頁は,原審(津地判)ほど浜松市土地区画整理事業計画事件大法廷判決(最大判平成20年9月10日民集63巻8号2029頁)を意識したものとはなっていない(山下竜一「判批」(名古屋高判29年8月9日解説)平成30年度重要判例解説50~51頁(51頁)参照)。なお,この農地転用許可申請の不許可処分を待って同処分に対する取消訴訟を提起するという他の訴訟による手段があることについては,用途地域指定についての昭和57年判決でも言及があるが、答案のこの部分では、同判例に(明確に)言及をすることはしなかった。
[13] 前掲千葉地判昭和63年1月25日参照。
[14] 太田匡彦「判批」(最一小判平成15年9月4日(判時1841号89頁)解説)宇賀克也=交告尚史=山本隆司編『行政判例百選Ⅱ〔第7版〕』(有斐閣,2017年)324~325頁(325頁)・157事件,山本・探究318頁参照。ただし,答案例のこの部分は理由付けが弱い。同判例のような保険給付・援護費の「補完」関係のような要素が本問では読み取れないと思われるからである(山本・探究318頁等参照)。
[15] 前掲千葉地判昭和63年1月25日は,申出の拒絶の処分性を肯定したが,前掲名古屋高判29年8月9日・前掲津地判平成29年1月26日のように,処分性を否定してもよいし,その方が無難かもしれない。