平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

コロナ法テラス特例法案と弁護士自治(1) ~特例法案に係る日弁連のロビー活動は会則59条違反か?~

「組織は個人とは異なるレベルの力を持ち,そして,組織の中の対立関係はもしかすると一部の個人を阻害してしまいます。(中略)

けれども現実の組織は決して悪役ではありません。企業や大学などたいていの組織は社会に貢献する『善の組織』で,個人ではなしえない大きなプラスの価値を実現しています。また実際には,組織は内部の個人のインセンティブを組織に沿わせ,対立関係を解消する工夫を施しているはずで,そうでなければ組織としての目的を実現できません。」[1]

 

 

 

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1 コロナ法テラス特例法案に係る日弁連の「要望」と会内手続

 

Twitterで話題となった(なり続けている)「新型コロナウイルス感染症等の影響を受けた国民等に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律案」(以下「コロナ法テラス特例法案」という。)が衆議院のウェブサイトで公表された。

 

本法案の内容は以下のサイトで確認できる。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g20105025.htm

 

議案提出者は階猛議員ほか3名である。本法案は,閉会中審査とされた。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DCF436.htm

 

階猛議員のTwitterなどによると,「日弁連」からの「要望」ないし「要請」があったことなどから,本法案が提出されたようである。

 

しかし,「いわぽん」先生(弁護士・56期)の2020年6月20日のブログ(「新型コロナ法テラス特措法案要請の顛末」)によると,日弁連執行部は,国会議員らに対する上記な要望・要請をするに当たって,事前に,日弁連の理事会で(もちろん総会でも)審議や報告をしなかったようである。つまり,総会や理事会レベルでは事前手続は皆無であり,事後に(6月19日)理事会に報告をするという手続を経ただけであったようである。

 

https://yiwapon.net/archives/9747

 

さて,本ブログの筆者は,従前からTwitterでは問題がある旨指摘していたが,このような日弁連日弁連執行部のメンバー)の活動,すなわち,ロビイング[2]ないしロビー活動[3]という対外的活動とそのことに関する会内の手続(理事会への事後報告)は,弁護自治との関係で問題があるというべきではないだろうか?[4]

  

[https://twitter.com/YusukeTaira/status/1272157265328365568:embed#新型コロナ法テラス特措法案に関し、強制加入団体の日弁連は、内部構成員(会員である弁護士)の営業の自由や利害に深くかかわる法案(法律改正案)であるにもかかわらず、会員に抜き打ちで不意打ち的に、多数の国会議員に積極的な提案・要請をした… https://t.co/RdFLGBvHHH]

 


2 弁護士自治の要素と「会則による行政の原理」

 

今,「弁護士自治」と述べたが,弁護士自治については,論者によって一定していない感があるが,一般には,弁護士の資格審査や弁護士の懲戒を弁護士の団体に任せ,それ以外の弁護士の職務活動や規律についても,裁判所,検察庁または行政官庁の監督に服せしめない原則をいうものと解されている[5]

 

このような弁護士自治の一要素として,弁護士会自治を実施することができる組織と体制が必要であることが挙げられ,その組織と体制は,日弁連会則を頂点とする様々な規定に基づいており,それに従い総会・理事会や正副会長,事務総長を頂点とする事務部門が整備されているのである[6]

 

以上のことから,実質的に「弁護士自治」すなわち「弁護士」の「自治(自己統治―Self Governance)」の存在意義があるものといえるためには,上記の日弁連会則が正副会長を含む日弁連会員らによって遵守されることが必要であるというべきである。

 

例えば,日弁連会則が日弁連執行部(正副会長等)によって蔑ろにされるような事態が仮に生じてしまった場合,弁護士自治が「内部から」崩壊ないし瓦解[7]するリスクが高まるものと言わざるを得ない。

 

ゆえに,弁護士自治の要素として,「日弁連執行部が日弁連会則に基づき日弁連会則に従って日弁連の活動を行うこと」が(も)挙げられるべきである。

本ブログ筆者としては,このことを法律による行政の原理(法治主義[8]ならぬ「会則による行政の原理」(会則主義)と称したい。

 

 

3 理事会審議事項(日弁連会則59条)の解釈

 

さて,日弁連会則34条は,日弁連総会(定時総会・臨時総会)の審議事項として,「理事会…において総会に付することを相当と認めた事項」(同条5号)を定め,また,その理事会審議事項として,「本会の運営に関する重要事項」(同会則59条1号),「その他会長において必要と認めた事項」(同条7号)を規定している。

 

そして,特定の法案に対し特定の観点から反対意見を述べる場合(例えば,下記4のスパイ防止法案の場合)や,逆に,賛成意見を述べる場合,さらに,国会議員等に働きかけを行う場合であるロビイングを行う場合,法案の内容次第では,「本会の運営に関する重要事項」(同会則59条1号)に当たる場合となるものと解される。

 

では,この「法案の内容次第」とは何を意味するか。

 

ズバリこのような場合だと言うことは容易ではないが,少なくとも,[1]日弁連の活動が,直接又は間接に会員である弁護士個人に重大な利害,影響を及ぼす場合[9]であって,かつ,[2]「会員の意見が大きく別れる問題」[10]については「重要事項」(同会則59条1号)に当たると解されよう。

 

なお,同号に当たると言えなくても,「その他会長において必要と認めた事項」(同条7号)に当たるというべきであり,すなわち,上記2要件を満たす場合には,会長の手続の裁量[11]ないし手続裁量[12]類似の裁量判断(消極的な裁量)を拘束し,会長において「必要と認め」ないという判断を許さない(必要と認めないことは裁量権の消極的濫用となる)ものと解すべきであろう。

 

 

4 スパイ防止法案に関する活動の場合(総会決議)

 

ところで,弁護士自治の問題に関する重要判例のうち,特に重要な判例・裁判例の1つとして,国家秘密法案スパイ防止法)に反対する旨の総会決議(1987(昭和62)年)の無効確認等請求訴訟[13]が挙げられる。同訴訟において,東京高裁第5民事部は,次のとおり判示した。

 

「法人は、本来その定められた目的の範囲内で行為能力を有するものであり、その活動は目的によって拘束されるものである。特に、被控訴人のような強制加入の法人の場合においては、弁護士である限り脱退の自由がないのであり、法人の活動が、直接あるいは間接に会員である弁護士個人に利害、影響を及ぼすことがあることを考えるならば、個々の会員の権利を保護する必要からも、法人としての行動はその目的によって拘束され、たとえ多数による意思決定をもってしても、目的を逸脱した行為に出ることはできないものであり、公的法人であることをも考えると、特に特定の政治的な主義、主張や目的に出たり、中立性、公正を損うような活動をすることは許されないものというべきである。」(下線引用者)[14]

 

このように,東京高裁は,日弁連総会決議が手続的に適法になされた事案につき,たとえ多数による意思決定をもってしても,中立性,公正性を損なうような活動をすることは許されない(弁護士法の目的の範囲外の活動となる)旨判示している。

 

また,日弁連自身も,この訴訟の第一審の第2回口頭弁論において陳述した平成元年9月21日付け被告準備書面において,以下のような主張をしている。

 

「もちろん、『国民の付託』による弁護士自治も、無限定ではありえない。

この問題については、次の5点をはっきり確認しておく必要がある。

1 弁護士自治の理念と限界を規定しているのが弁護土法(1条・45条2項など)であり、その適合性をまず弁護土会自身が判断するところに弁護士自治の本旨がある。

2 したがって、本件決議についても、決議の内容が直後的に弁護士法に違

反しているかどうかではなく、日弁連がそれを弁護士法に適合しているものと判断したことが訴訟の対象になっている。

3 ところで、何が弁護士法1条の規定に沿うのかは、状況によって問題の中身が千差万別であり、条文解釈によって一義的に定めることが本質的には不可能であって、結局多数意見による会内合意の共通項がその枠組を決定するものと言わなければならない。

4 国家秘密法問題の場合には、何をとり上げるのかではなく、どのような角度からとり上げるのかが重要な問題であって、答弁書・本案前の申立理由三項「本件決議の特徴」記載の通り、法律実務の専門家の立場から、人権侵害の危険の有無・程度を検討することに徹し憲法9条等会員の意見が大きく別れる問題には触れないことにするという点で、会内合意の共通項が確立されてきた。

5 (略)」(下線引用者)[15]

 

以上のことからすれば,判例・裁判例や(これまでの)日弁連としては,団体(日弁連)として会員の見解の分かれうる法案に対し特定の観点から反対意見を表明する場合には,多数決による会内合意を示す手続(総会決議)を行っていることが弁護士法の「目的の範囲」内の活動となることの重要な要素となることを暗示してきたものと解されよう。

 

また,上記3の2要件との関係でいうと,日弁連は,スパイ防止法案につき特定の観点から会として反対意見を述べることに関しては,[2]の要件だけで,総会審議事項とすべきものと考え,かつ,理事会審議事項であり「重要事項」(同会則59条1号)にも当たる(当たりうる)ものと解してきたものと考えられる[16]

 

 

5 コロナ法テラス特例法への当てはめ

 

それでは,コロナ法テラス特例法について,上記2要件を当てはめてみよう。

 

[1]「日弁連の活動が,直接又は間接に会員である弁護士個人に重大な利害,影響を及ぼす場合」(第1要件)については,少なくとも「間接」の「利害」を及ぼすことは論を待たないであろう。

 

また,[2]「会員の意見が大きく別れる問題」(第2要件)についても,殆ど明白ではないかと思われる。

 

もちろん日本司法支援センター(法テラス)は公益に資する活動を行っているが,他面において,弁護士からは法テラスに対する批判が絶えない。例えば,(行政事件の)「持ち込み案件」につき,「弁護士としては、安くて、手間がかかって、とても割に合わない」という意見がある[17]

 

したがって,コロナ法テラス特例法案に賛成する旨の日弁連としてのロビー活動は,「重要事項」(日弁連会則59条1号)に当たるものといえる。

 

そうすると,日弁連執行部(会長・副会長)としては,本来は,最低限,理事会での審議をすべきであったということになる。

 

しかし,前記1のとおり,日弁連執行部(会長・副会長)は,事後に(6月19日)理事会に報告をするということしか行っておらず,理事会の審議事項として,理事会に諮る事前手続を経なかったわけである(ゆえに,もちろん総会の審議事項にもなっていない)。

 

よって,日弁連執行部(会長・副会長)によるコロナ法テラス特例法案に賛成する旨の日弁連としてのロビー活動は,(実質的に)日弁連会則59条等に違反して行われた疑いがあるものと言わざるをえない。

本来は,事前に理事会に諮り,かつ総会決議がなされて初めてなしうる活動というべきではなかろうか。理事会審議事項や総会審議事項となることによって,会としての活動を行うことにつき,反対(消極)意見等が明らかになることが多いが,そのような機会を経ないことには適正手続[18]の趣旨に照らすと問題があるだろう。

 

本ブログ筆者は日弁連執行部のメンバーではないため事実関係の詳細までは分からないが,少なくとも,日弁連執行部(特に会長・副会長)としては,以上のような一会員の(Twitterを見る限り「一会員」だけはないと思われる。)意見に関し,できる限りの説明を尽くす責任があるように思われる。[19]

 

 

なお,以上の意見に対しては,(A)すでに(概ね)会内合意はできていた(したがって,第2要件を満たすものではない),(B)緊急性の高い案件であることなどから,理事会や総会の審議を経なくても行いうる活動であった,といった反論が考えられよう。

 

これらについては,追って検討することとしたい。

 

 

 

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「組織にとって重要なのは『組織を構成する個人のインセンティブを調整・制御し,組織の性能をいかにして高めるか』ということです。現実社会の善の組織が役割を最大限に果たすためには,この問いを真剣に考える必要があります。」[20]

 

 

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[1] 玉田康成「書評『組織の経済学』」書斎の窓669号(2020年)38頁(38~39頁)。

[2] ここでは,「ロビイング」を「利益団体が政府において意思決定や政策形成を行う政治家や官僚などに,その利益の実現を目指して働きかけを行うこと」を意味するものとして用いている(永井史男=水島治郎=品田裕編著『政治学入門』(ミネルヴァ書房,2019年)147頁〔田村哲樹〕参照)。なお,この定義にいう「政治家」には,当然,国会議員(野党の議員を含む)も含まれる。

[3] ロビイングは,ロビー活動とも呼ばれる(新村出編『広辞苑 第七版』(岩波書店,2018年)3149頁)。

[4] なお,本ブログ筆者は,刑事事件以外では,法テラスが手続に関係する事件を殆ど扱った経験がないことなどから,本ブログでは,基本的には,コロナ法テラス特例法案の内容の妥当性に関する問題は扱わないこととし,日弁連会則(会内手続・ガバナンス)の点だけを検討をすることにする。

[5] 髙中正彦『弁護士法概説 第5版』(三省堂,2020年)11頁。

[6] 矢吹公敏「『弁護士自治』の意義と要素」弁護士自治研究会編著『JLF叢書vol.24 新たな弁護士自治の研究-歴史と外国との比較を踏まえて』(商事法務,2018年)(以下「新たな弁護士自治の研究」という。)1頁(3~5頁)参照。

[7] 髙中・前掲注(5)16頁,石田京子「弁護士自治と海外制度」新たな弁護士自治の研究95頁(111頁)参照。

[8] 塩野宏行政法Ⅰ[第六版] 行政法総論』(有斐閣,2015年)77頁。

[9] この第1要件については,日弁連被告事件(後掲)の東京高判平成4年12月21日自由と正義44巻2号(1993年)103頁が「法人の活動が、直接あるいは間接に会員である弁護士個人に利害、影響を及ぼすことがあることを考えるならば…」と判示していることや,株式会社(日弁連のように公益法人ではないが)も,株主の地位に重大な影響を及ぼす場合などには株主総会の特別決議が必要と解されていること(田中亘『会社法 第2版』(東京大学出版会,2019年)187頁参照)などを考慮した。

[10] 第2要件については,日弁連が,国家秘密法案(スパイ防止法案)に反対する総会決議(1987(昭和62)年)につき,「法律実務の専門家の立場から,人権侵害の危険の有無・程度を検討することに徹し,憲法9条会員の意見が大きく別れる問題には触れないことにするという点で,会内合意の共通項が確立されてきた」(自由と正義40巻11号(1989年)105頁,下線引用者)と説明していることなどを考慮した。

[11] 塩野・前掲注(8)146頁。

[12] 橋本博之『現代行政法』(岩波書店,2017年)76頁。

[13] 本件訴訟は,弁護士である原告(控訴人・上告人)ら111名が,被告(被控訴人・被上告人)日弁連に対し,日弁連総会でなされた「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」(当時自民党が国会に提出すべく準備中であった法律案)を国会に提出することに反対する決議(1987(昭和62)年5月30日付け「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案に反対する決議」)につき,日弁連の目的(弁護士法45条2項)の範囲を逸脱し,また,同決議と見解を異にする原告らの思想良心,言論の自由を著しく侵害し,ひいては結社の自由,職業選択の自由をも侵害するものであるから,その内容において憲法19条,21条,22条に違反し無効であると主張して,同総会決議の無効確認を請求するとともに,日弁連が行う同法案の反対運動(その費用は会員の一般会費により賄われている日弁連の会財政から支出)に対する差止めと慰謝料の支払いを求めたもの(差止請求,慰謝料請求)である。

[14] 東京高判平成4年12月21日自由と正義44巻2号(1993年)101~103頁。なお,上告審は,この控訴審の判断を正当として是認している(最二小判平成10年3月13日自由と正義49巻5号(1998年)210頁)。 

[15] 「『総会決議無効訴訟』報告(2)」自由と正義40巻11号(1989年)96頁(96,104~105頁)。

[16] なお,同時に[1]の要件(日弁連の活動が,直接又は間接に会員である弁護士個人に重大な利害,影響を及ぼす場合)を満たすとも考えられよう。

[17] 阿部泰隆『行政の組織的腐敗と行政訴訟最貧国 放置国家を克服する司法改革を』(現代人文社,2016年)94頁。

[18] 塩野・前掲注(8)295頁。

[19] なお念のため付言すると,本ブログの目的は,諸外国にも類例をほとんどみないと言われる自治権を認めた日本の弁護士自治(髙中・前掲注(5)11頁参照)を守る(特に内部からの崩壊・瓦解を防ぐ)点にある。

[20] 玉田・前掲注(1)39頁。