平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法 解説速報(4) 答案例その3

「先生はママと 政府は火星人と 警察は悪い人と

 僕の知らないとこで とっくに ああ ナシがついてる

 それって ダンゴウ社会」[1]

 

 

 

“司法試験考査委員は受験生と”……

 

「ダンゴウ」事件が再び起こらないことを願うばかりである。

 

 

 

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前回のブログの続きということで,答案例を示す。

 

 

第1 立法措置①の合憲性

(第1の2(実体審査関係)については,↓のブログをご笑覧ください。)  

yusuketaira.hatenablog.com

  

第2 立法措置②の合憲性

1 法案の明確性

(略)

 

2 SNS利用者の選挙運動の自由

(第2の2(実体審査関係)については,前回のブログをご笑覧ください。) 

yusuketaira.hatenablog.com

 

3 SNS事業者の自由[2]

(1)事実を伝達し情報を流通させる自由

ア 法案9条は,前記のとおり,SNS事業者の特定虚偽表現の削除義務規定(1項)や規制委が削除命令規定(2項)により,SNSのサイトに虚偽の事実の投稿内容を表示し続ける行為を禁止し,違反があった場合には刑事罰による強制措置をとるとしている(法案26条・27条)。そこで,法案9条等は,SNS事業者がそのサイト上で事実を伝達して情報を流通させる自由を侵害するもの(法令違憲)ではないか。

イ そもそも上記自由は保障されるか。この点につき,博多駅事件大法廷決定[3]は,報道機関の事実の報道の自由が21条1項(表現の自由)により保障されるとする理由として,民主主義社会において国民が国政に関与することにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕する点を挙げる。SNS事業者の上記自由も,SNS事業者がいわゆるプラットフォーム[4]として現代において情報流通の基盤として大きな役割を果たしていること[5]からすれば,SNS利用者の知る権利に奉仕するものであるため,自己統治の価値があるといえる。

 また,確かに,SNS上で虚偽表現を提供しても,かえって思想の自由市場が歪められることがあるため,自己統治の価値はないか低いものとも思える。しかし,すでに述べたとおり,そもそも誤った言明は自由な討論では不可避的なものであり[6],民主主義社会においては虚偽情報を投稿する者が存在すること自体が1つの重要な情報というべきであるから,当該情報をあえてそのまま流通させることに自己統治の価値があるといえ,同価値がないとか低いものと考えるべきではない。

 したがって,SNS事業者の上記自由も,「(その他一切の)表現の自由」として,21条1項により保障される。

ウ 削除義務や削除命令等(法案9・26・27条等)はSNS事業者宛てのものであるから,同自由の制約があることは明らかである。

エ 判断枠組み

 同自由は,前記のとおり自己統治の価値があり,SNS利用者が虚偽表現に接することによりファクト・チェックや意見交換を行うことがあり,虚偽の事実の情報をSNS上に表示することは国民が自己の人格を発展させる契機にもなるから,国民の自己実現の価値にも資する重要な自由である。加えて,法案9条等の規制は事前抑制に当たるものではない[7],インターネット上の情報の削除が差止めの一形態[8]といえることから,刑事罰のみの事後規制と比べると規制態様の強いものである。さらに,同自由の制限を課す必要性も,個人の名誉権やプライバシー権(13条後段)反対利益となる場合と比べると高いとはいえない[9]

 また,確かに,選挙の公正を確保するために虚偽表現に関し一定の規制を設ける必要性は否定できないが,例えば,政治的に公平であること,事実を曲げずに報道すること,多くの角度から論点を明らかにすることなどの番組編集準則の定められている放送メディアとは異なり,インターネットのメディアでは,SNS事業者らの中立性や,中立性に対するSNS利用者らの信頼を保護すべきである[10]。すなわち,虚偽の事実であっても,SNS事業者や他者の価値判断を交えることなく,SNS利用者の主観的な意図に合致した情報をSNS上に提供するという意味での中立性や中立性への信頼[11]を保護しなければ,SNS独自のメディアの特性が薄れ,SNS現代社において情報流通の基盤として大きな役割を果たすことができなくなるおそれがあると考えられる。SNSと他のメディアとがいわば同質化してしまうと,一般市民が他のメディアでは閲読できない,あるいは接し難い情報に簡便にアクセスできる[12]というSNS(インターネット)メディアにおける情報流通が活発に行われなくなり,ひいてはSNS利用者が多様な情報を知る権利が実質的に制限されることとなると考えられる[13]

 そこで,法案9条等の違憲審査は,中間審査基準によるべきである。

オ 個別的・具体的検討

 選挙の公正確保(47条参照)という規制目的重要であるとしても[14],手段が実質的関連性を欠くものといえないか。

 この点につき,法案を合憲とする立場から,平成29年判例[15]プライバシーに属する情報を検索結果から削除する請求の可否が問題となった事案で当該事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」な場合にのみ削除請求できる旨述べたことに照らすと,法案9条1項2号が選挙の公正が著しく害されるおそれがあることの「明白」性(明らかであること)を要求していることから,特定虚偽表現の規制が限定的であるとして,実質的関連性がある旨主張されることが予想される。

 確かに,SNS上の掲載情報の削除は,事前抑制それ自体ではないため,「北方ジャーナル」事件大法廷判決[16]の一基準に照らし,「著しく回復困難な」程度に選挙の公正が害されるおそれという要件まで規定する必要はないといえ[17],規制の相当性があるとも思える。[18]

 しかし,規制の要件は相当性のあるものであるとしても,他国と比較して極めて厳しい選挙運動規制がかけられているわが国においては[19],「削除」という効果は相当性を欠くものというべきである。すなわち,9条1項各号の要件を満たす特定虚偽表現については,情報の削除ではなく,当該情報と同じウェブページにファクト・チェック済みの関連記事を表示すること[20]を義務付ける規定などを設ければ十分であるといえ,かかるより制限的でない他に選び得る実効的な規制手段があるため,規制の相当性があるとはいえない。

 加えて,前記第2の2で述べたとおり,十分な立法事実があるとはいえないから,規制目的と手段の間に実質的関連性があるとはいえない

カ 以上より,法案9条等は,事実を伝達し,情報を流通させるSNS事業者の自由を侵害し,違憲である。

(2)適正手続

(次回以降のブログで答案例を示すかもしれない。)

                             以上

 

 

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「でも 真実を知ることが すべてじゃない」[21]

 

 

 

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[1] B’z稲葉浩志作詞・松本孝弘作曲)「Liar! Liar!」(1997年)。

[2] 直接にはSNS事業者に削除義務が課されていること(法案9条1項等)や,問題文3頁「設問」の上の段落の「SNS事業者から…意見が述べられ,その中には,憲法上の疑義を指摘するものもあった」との記載(誘導文と読めるだろう)を重視して,SNS事業者の表現の自由(21条1項)をメインとする答案構成とし,SNS利用者(一般市民)のうち虚偽表現という情報を閲読(閲覧)する者の知る(受け取る)自由については,この第2の3(1)のSNS事業者の自由が保障されることの根拠(やその重要性を根拠付ける理由)として言及することとした。

[3] 曽我部真裕「判批」(最大決昭和44年11月26日(博多駅事件)解説)淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例ラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)165~166頁(165頁)参照。

[4] 曽我部真裕ほか著『情報法概説〔第2版〕』(弘文堂,2019年)(以下「曽我部ほか・情報法概説」という。)80頁〔林秀弥〕等参照。

[5] 最三小決平成29年1月31日民集71巻1号63頁参照。

[6] 水谷瑛嗣郎「思想の自由市場の中の『フェイクニュース』」メディア・コミュニケーション〔慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要〕69号(2019年)55頁(59頁)参照。

[7] 木下昌彦「判批」(最三小決平成29年1月31日)平成28年度重要判例解説14~15頁(15頁)参照。事前抑制の著名な判例として,最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁(「北方ジャーナル」事件)がある(その解説として,阪口正二郎「判批」長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ[第6版]』(有斐閣,2013年)152~154頁)。

[8] 曽我部ほか・情報法概説185頁〔栗田昌裕〕。

[9] やむを得ずこのように言い切ってしまっているが,そもそも思想の自由市場が歪められる弊害・危険と名誉権・プライバシー権の場合を比較することができるのかについては疑問の残るところであり,批判がありうる部分と思われる。

[10] いわゆる「部分規制論」(曽我部ほか・情報法概説70頁以下〔曽我部〕)の議論を参考にした論述であるが,批判のあるところかもしれない。

[11] 曽我部真裕「『インターネット上の情報流通の基盤』としての検索サービス」論究ジュリスト25号(2018年)47頁(52頁)参照。

[12] 志田陽子=比良友佳理,志田編著『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局,2018年)37頁参照。

[13] 本段落は,実際には本試験の答案で書いている暇のない部分と思われる。また,曽我部・前掲注(12)53頁は,「中立性原理に加えて他の原理をも導入すること自体には規範的にも事実上も支障はないということにはなるが,これらの原理間の関係を整理し,利用者に対しても可視的なものにしておかなければ,恣意性が疑われ,ひいては『インターネット上の情報流通の基盤』としての役割を果たせなくなるおそれもないわけではない。」としており,中立性を特に重視する本答案(本段落)の立場とは異なる立場であるように思われる。

[14] 立法措置②の実体審査部分については,規制目的の重要性につき,スルーするという答案政策を採っている。目的の重要性を否定することは難しいと思われるからである。

[15] 前掲最三小決平成29年1月31日。

[16] 前掲最大判昭和61年6月11日。

[17] 曽我部・前掲注(11)51頁参照。

[18] この段落は無くてもOKだろう。

[19] 安念潤司ほか編著『憲法を学ぶための基礎知識 論点 日本国憲法[第二版]』(東京法令出版,2014年)174頁〔青井未帆〕参照。なお,主要8か国(G8…日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・カナダ・イタリア・フランス・ロシア)で個別訪問の規制についての規定があるのは,日本だけである(同頁・表1)。

[20] 工藤郁子「AIと選挙制度」山本龍彦編著『AIと憲法』325頁(341頁)参照。

[21] B’z・前掲注(1)「Liar! Liar!」。