平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

新型コロナ法テラス特措法案は職業差別法案(憲法14条違反)ではないか?

   新型コロナ法テラス特措法案、衆院に提出

 

本日(2020年6月12日)、法令違憲の疑いのある新型コロナ法テラス特措法案が衆議院に提出された。

 

「コロナ減収者は法テラス利用無料に 野党統一会派が法案」

朝日新聞デジタル2020年6月12日16時23分) 

(以下引用)

立憲民主党や国民民主党などでつくる野党統一会派は12日、一定の利用要件がある法テラス(日本司法支援センター)の法律相談について、新型コロナウイルス感染拡大の影響で減収した人も無料で受けられるようにする法案を、衆院に提出した。

法テラスは低所得者向けに、弁護士費用の立て替えや無料の法律相談などを実施している。新型コロナで、家賃をめぐる紛争や債務整理の手続きが増えることを見越して提出した。

法テラスの利用には、手取り月収18万2千円以下(一人暮らしの場合)などの要件が定められている。法案では、要件を上回る月収があっても、コロナの影響で一定程度減収した人であれば、無料の法律相談などを受けられるとした。減収幅の基準は今後、決めるという。

(引用終わり)

 

   医師等と弁護士を差別する法案?

 

さて、与党もこの法案の成立を前向きに検討するとの情報もあるが、すでに多くの弁護士がSNSで問題視しているとおり、この法律には様々な問題がある。

 

公法(憲法)の観点からは、職業差別法案として、憲法14条1項に反するものではないか?という点が論点(の1つ)となるだろう。

 

つまり、医師等の医療関係者と弁護士とを合理的理由なく別異に取り扱うこの法案は、法令違憲ということにならないか?という問題があるように思われる。以下、雑駁な感想を述べてみたい。

 

   医師等の手当等を定めた法律をみてみると…

 

まず、医師等の医療従事者について、新型インフルエンザ等対策特別措置法62条2項は、以下のように規定する。

 

新型インフルエンザ等対策特別措置法(抜粋)

(損失補償等)

第62条 (1項 略)

2 国及び都道府県は、第31条第1項若しくは第2項(第46条第6項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による要請に応じ、又は第31条第3項(第46条第6項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による指示に従って患者等に対する医療等を行う医療関係者に対して、政令で定める基準に従い、その実費を弁償しなければならない。

3 (略)

 

そして、同法62条2項にいう「実費」の中身については、同法施行令19条に規定がある。

 

新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令(抜粋)

(実費弁償の基準)

第19条 法第62条第2項の政令で定める基準は、次のとおりとする。

一 手当は、要請に応じ、又は指示に従って医療その他の行為を行った時間に応じて支給するものとする。

二 前号の手当の支給額は、要請又は指示を行った者が厚生労働大臣である場合にあっては一般職の国家公務員である医療関係者の給与を、要請又は指示を行った者が都道府県知事である場合にあっては当該都道府県知事の統括する都道府県の常勤の職員である医療関係者の給与を考慮して定めるものとする。

三 1日につき8時間を超えて医療その他の行為を行ったときは、第一号の規定にかかわらず、その八時間を超える時間につき割増手当を、医療その他の行為を行うため一時その住所又は居所を離れて旅行するときは、旅費を、それぞれ支給するものとする。

四 前号の割増手当及び旅費の支給額は、第一号の手当の支給額を基礎とし、要請又は指示を行った者が厚生労働大臣である場合にあっては一般職の国家公務員である医療関係者に、要請又は指示を行った者が都道府県知事である場合にあっては当該都道府県知事の統括する都道府県の常勤の職員である医療関係者に支給される時間外勤務手当及び旅費の算定の例に準じて算定するものとする。

 

このように「医療関係者の給与」(同法施行令19条2号)等を考慮して定められる「手当」(同号)や「割増手当」(同条3号)等が支払われるということになっている。

 

   他方、弁護士の待遇は・・・

 

他方で、冒頭の法案(新型コロナ法テラス特措法案)は、どうだろうか?

 

これまでの担当弁護士への報酬基準に照らすと、同法案は、上記新型インフル等特措法62条2項と同程度の手当等を支給するものとはなっていない(というか医師等に比べるとかなり低額の報酬等しか受け取れない仕組み・法制度になっている)ように思われる。

 

そうすると、医師等と弁護士を別異に取り扱うものであるといえる。

 

弁護士は法テラスの案件を受任しなければよいのでは?という声もあるようであるが、事はそれほど単純ではない。

 

弁護士職務基本規程33条は次の通り規定する。

 

○弁護士職務基本規程

(法律扶助制度等の説明)

第33条 弁護士は、依頼者に対し、事案に応じ、法律扶助制度、訴訟救助制度その他の資力の乏しい者の権利保護のための制度を説明し、裁判を受ける権利が保障されるように努める。

 

日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第3版』(日本弁護士連合会、2017年)114頁によると、本条の趣旨は、次のようなものである。

 

「弁護士は、裁判を受けるために必要な費用・報酬を負担する資力に欠ける者に対しでも、法律扶助制度や訴訟救助制度等を説明することによって、その裁判を受ける権利が保障されるように努めるべきことを規定したものである(中略)。したがって、弁護士は、資力に欠ける依頼希望者に対しては、法律扶助や訴訟救助の制度の内容を説明し、可能な限り、それらを利用するように勧めるべきであって、支払能力の不足を理由とする単純な受任拒絶は、本条の趣旨に沿う態度とはいえない。」

 

ちなみに、同規程33条の「法律扶助制度」と「訴訟救助制度」は、資力の之しい者の権利保護のための制度の例示であって、民事法律扶助については、日本司法支援センター(法テラス)が、法律扶助協会が実施してきた事業を引き継いでいる。さらに、法テラスでは、刑事被疑者弁護援助、少年保護事件付添援助、犯罪被害者法律援助等、国選制度や国による法律扶助制度が行き届いていない分野について法律援助事業を行なっている(同書114頁)。

 

このように、弁護士としては、弁護士の遵守すべき倫理規程により、弁護士は、資力に欠ける依頼希望者に対しては、法律扶助や訴訟救助の制度の内容を説明し、可能な限り、それらを利用するように勧めるべきであるとされているのである。

 

そうすると、事件の性質等によっては、弁護士が赤字覚悟でやらなければならないケースも出てくるだろう。そのようなケースが増えると、ジリ貧となる弁護士が増える可能性がある。

 

   不合理な差別であり、憲法14条に違反する法案では?

 

医師等については、上記新型インフル等特措法によって給与等が申請(同法施行令20条)により受給されることになっている。

 

他方で、弁護士は、同趣旨のコロナ対策の業務に従事するにもかかわらず、不十分な報酬等しか受け取れないことになり、その差異は大きい。また、足りない分につき、仮に損失補償請求(憲法29条3項に基づく直接請求)が可能であるとしても、同請求によって損失を補うこととするのは弁護士には負担が重すぎる制度であるといえる。

 

そうすると、同じくコロナ対策として業務を担う医師等と弁護士の待遇には大きな格差があり、その別異取扱いには合理的な理由があるとはいえないのではなかろうか。合理的な理由がなしだということになると、差別であり、憲法14条1項に違反する違憲な法令(法案)ということになる。

 

なお、このような憲法違反の疑いのある法案を提出した政党には立憲民主党が含まれている。

 

憲法14条1項には違反しないというのであれば、弁護士や市民に対する「立憲」の名にふさわしい説明が必要となるだろう。