平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成30年司法試験論文公法系第1問(憲法)の感想(1) 全体的な印象

 【注意】

 平成30年司法試験(論文憲法)を受験した司法試験受験生は以下のコメントを見ないで下さい。

 

 また,本試験を受験していない方であっても,今後,平成30年司法試験論文憲法の問題を検討をすることは有益なことですから,以下のコメントを見ないようにした方が良いと思います。

 

 宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 全体的な印象

(1)千葉市のコンビニの成人誌取扱い中止のニュースを想起させる事案

 平成30年司法試験論文公法系第1問(憲法)は,千葉市コンビニエンスストアミニストップ」が成人誌の取り扱いを中止したニュース(朝日新聞デジタル2017年11月21日12時08分の記事等参照)を想起させるものであり,今日的な問題といえる。

 受験生も一度は(深い検討をしたかはさておき)考えたことのある問題であったように思われ,その意味でイレギュラーな事案ではなかっただろう。

 

(2)想起される主な判例

 本問と特に関係のある,あるいは,答案でも必ず活用すべきといえる判例は,①岐阜県青少年保護育成条例事件(最三小判平成元年9月19日)[1]と,②薬局距離制限事件最大判昭和50年4月30日)[2]の2つであるといえよう。ちなみに,憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社2014年)で,①につき,平成30年司法試験考査委員(憲法)の曽我部真裕教授が,②につき,同じく考査委員(憲法)の尾形健教授が解説を担当されている。

 また,この2つの判例のほかにも,③広島県暴走族追放条例事件最大判平成19年9月18日)[3]等の活用が考えられるが,2時間という制限時間内でこの3つ以上に判例を挙げて活用しようとすると時間不足に陥るリスクがあると思われるため,この3つ(あるいは①・②の2つ)を挙げ,手堅く書いていくのが良いように思われる。

 

(3)(新)司法試験との関係

 本問と似たような問題は,有害情報につき,平成20新司法試験論文公法系第1問(憲法)で,また,職業選択・営業の自由につき,平成26司法試験論文公法系第1問(憲法)で,それぞれ出題されている。

 後述するように設問の形式には変更があったものの,平成30年本試験においても,過去問の検討が重要であったといえる。

 

(4)旧司法試験的との関係

 旧司法試験的との関係については,まず,岐阜県青少年保護育成条例を想起させる事件有害図書については,旧司法試験昭和53年第1問で出題されたことがある。問題文は次のとおりである[4]

 

ある県では、自動販売機による有害図書類の販売を規制するため、次の案による条例の制定を検討している。この条例案に含まれる憲法上の諸論点につき説明せよ。

「第〇条 自動販売機には、青少年に対し性的樹青を著しく刺激し又は残虐性をはなはだしく助長し、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認めて知事が指定した文書、図画又はフイルムを収納し又は陳列してはならない。

2 知事は、前項の規定に違反する業者に対し、必要な指示又は勧告をすることができ、これに従わないときは、撤去その他の必要な措置を命ずることができる。この命令に違反した業者は、3万円以下の罰金に処せられる。」

 

 また,旧司法試験平成22年第1法務省のウェブサイトで問題と出題趣旨が公表されている)でも,薬局距離制限事件等を想起させる事案が出題されている。問題文と出題趣旨は次の通りである。

 理容師法は,「理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向上に資することを目的」(同法第1条)として制定された法律である。同法第12条第4号は,理容所(理髪店)の開設者に「都道府県が条例で定める衛生上必要な措置」を講ずるよう義務付け,同法第14条は,都道府県知事は,理容所の開設者が上記第12条の規定に違反したときには,期間を定めて理容所の閉鎖を命ずることができる旨を規定している。

 A県では,公共交通機関の拠点となる駅の周辺を中心に,簡易な設備(洗髪設備なし)で安価・迅速に散髪を行うことのできる理容所が多く開設され,そこでの利用者が増加した結果,従来から存在していた理容所の利用者が激減していた。そのような事情を背景に,上記の理容師法の目的を達成し,理容師が洗髪を必要と認めた場合や利用者が洗髪を要望した場合等に適切な施術ができるようにすることで理容業務が適正に行われるようにするとともに,理容所における一層の衛生確保により,公衆衛生の向上を図る目的で,A県は,同法第12条第4号に基づき,衛生上必要な措置として,洗髪するための給湯可能な設備を設けることを義務付ける内容の条例を制定した。このA県の条例に含まれる憲法上の問題について論ぜよ。

 なお,法律と条例の関係については論じる必要はない。

【参照条文】理容師法

第1条この法律は,理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向上に資することを目的とする。

第1条の2 この法律で理容とは,頭髪の刈込,顔そり等の方法により,容姿を整えることをいう。

② この法律で理容師とは,理容を業とする者をいう。

③ この法律で,理容所とは,理容の業を行うために設けられた施設をいう。

第12条理容所の開設者は,理容所につき左に掲げる措置を講じなければならない。

一 常に清潔に保つこと。

二 消毒設備を設けること。

三 採光,照明及び換気を充分にすること。

四 その他都道府県が条例で定める衛生上必要な措置

(出題趣旨)

条例による理容所の規制につき,一見すると公衆衛生上の観点からの営業態様に関する規制について,その実態が競争制限的で既存業者保護となる効果を持ち,かつ,違反者に対しては理容所の閉鎖という法律上の効果を伴う点で,単なる営業態様規制ではなく,開業規制とも考え得る点を,憲法第22条第1項の職業選択の自由との関係でどのように考えることができるのかを問うことを意図したものである。

 

(5)設問形式の変更

 反論を想定しつつ,「法律家」(弁護士や裁判官等とはされていない)の立場で,私見のみを論じる形式の設問に変わった。これは大きな変更点といえる。

 さらに,設問で「判例…を踏まえて論じなさい」と明記されたこともこれまで以上に判例の指摘や判例の事案との比較等を重視するという現れではないかとも思われ,重要と思われる。

 

(6)多論点型の問題

 上記の設問形式の変更に伴い,例年よりも、書くべき論点が多くなったと思われ,旧司法試験に近くなったのではないか(あるいはプレテストの設問にもやや近い)との印象も受けた。時間配分の点もより重要になってくるだろう。

 そして,どの論点まで選定すべきか,選定した各論点につき,それぞれどの程度注力するのかといった点が特に重要である。そして,その際には,行政法のみならず論文憲法にも導入された<会話文>の誘導に乗り切る必要があるが,憲法ではほぼ初めてのことだったのではないかといえ,慣れていない分,やや難しいように感じる。本問との関係では,例えば,〔1〕税関検査事件最大判昭和59年12月12日)の判示[5]北方ジャーナル事件最大判昭和61年6月11日)[6]そして,岐阜県青少年保護育成条例事件の判示に照らすと,検閲(憲法21条2項前段)に当たらないことになりそうであるから,検閲の論点については,論じないとすることも一応考えられ[7],また,〔2〕明確性の理論[8]については,同理論のうちの漠然性のゆえに無効の理論[9]の点だけを主張するのではなく,過度の広汎性のゆえに無効[10]の点を併せて主張すべきであろう。すなわち,不明確だ・明確だという水掛け論に終始してしまうことを避けるべく,漠然不明確性の問題に「過度の広汎性の問題を組み合わせ、条文の不明確性故に本来許されるべき言論活動にまで規制が及んでいることを問題にするという戦略」[11]が本問でも恐らく有効と思われる。

 

2 答案構成の骨子に関する若干のコメント

(1)問題文4頁の甲の最後の発言に基づく構成

 答案構成は,問題文4頁の甲の最後の発言すなわちXと甲とのこれまでのやり取りを総括するような,いわば「まとめ」の部分によるべきであろう。そこで,答案構成ないしその骨子は次のとおりとなると思われる。

 ちなみに、本条例案の条文ナンバーについては、次回検討してみたい。

 

第1 図書類を購入する側について

 1 本条例案と青少年の知る自由(知る権利)

 2 本条例案と18歳以上の人の知る自由 

 

第2 図書類を販売する側について

 1 本条例案とスーパーマーケット・コンビニエンスストアの営業の自由

 2 本条例案と学校周辺の規制区域内の店舗の職業選択・営業の自由

 3 本条例案と書店・レンタルビデオ店の営業の自由

 

 

 

(2)出版・表現(情報を発信する側)の自由について

 上記の「まとめ」部分によって答案構成の骨子を作ると,図書類を「出版」(憲法21条1項)等をする者の出版の自由や表現の自由の主張の項目がなくなってしまい,不安に思うかもしれないが,ここは素直に出題者の事実上の誘導に乗っかって書くしかないものと思われ,青少年・大人の知る自由(知る権利)を論じる中で,そのような出版・表現の自由の話を少し書いていくということになるだろう。とはいえ,そうすると,違憲主張の適格性ないし違憲主張の適格[12]の論点が出てくることになり,その論点まで書くのかという問題も生じ,制限時間との関係で悩ましいことになるといえる。

 

以上雑駁な感想を述べた。

 

続きは次回。

 

 

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[1] 松井茂記「判批」長谷部恭男=石川健治=宍戸常寿『憲法判例百選Ⅰ[第6版]』(有斐閣,2013年)(以下「百選Ⅰ」という。)118-119頁・55事件),橋本基弘「判批」堀部政男=長谷部恭男『メディア判例百選』(有斐閣,2005年)(以下「メディア百選」という。)128-129頁・63事件),曽我部真裕「判批」憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」という。)178頁・133事件。

[2] 石川健治「判批」百選Ⅰ205~207頁・97事件,尾形健「判判」判プラ204頁・154事件。

[3] 西村裕一「判批」百選Ⅰ189~190頁・89事件,宍戸常寿「判批」判プラ406頁・310事件。

[4] 伊藤真憲法[第3版]【伊藤真試験対策講座5】』(弘文堂,平成19年)724~725頁。

[5] 阪本昌成「判批」百選Ⅰ156~157頁・73事件,曽我部真裕「判批」判プラ177頁・132事件。

[6] 阪口正二郎「判批」百選Ⅰ152~154頁・72事件,曽我部真裕「判批」判プラ158~159頁・116事件。

[7] ただし,曽我部真裕「判批」判プラ178頁・133事件の解説3(伊藤補足意見)に照らすと,検閲についても論じて良さそうであり,書くべきか悩ましい論点と思われる。いずれにせよ,大展開すべき(厚く書くべき)論点ではなかろう。

[8] 芦部信喜高橋和之補訂〕『憲法 第6版』(岩波書店,2015年)(以下「芦部・憲法」という。)・205頁。

[9] 芦部・憲法205頁。

[10] 芦部・憲法205頁。

[11] 木下智史「公法系科目〔第1問〕の解説」法学セミナー編集部『新司法試験の問題と解説2008』(別冊法学セミナー198号,2008年8月)(以下「木下・別冊法セ」という。)30頁以下(32頁)参照。

[12] 野中俊彦=中村睦男=髙橋和之=高見勝利『憲法Ⅱ(第5版)』(有斐閣平成24年)299頁以下〔野中〕。

 

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