平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

「公共の安念」という「カミ」

司法試験受験生であれば,「公共の安寧」というキーワードは知っておかなければならない。

 

平成25年司法試験論文式試験公法系科目第1問(憲法)では,自治体(県)側の反論等で,東京都公安条例事件最高裁判決[1]の活用が求められており[2],この大法廷判決は短答式試験でも重要であることから,事案・判旨の要点を理解した上,キーワードなどを記憶しておく必要がある。

 

その判示で登場するのが「公共の安寧」である。

 

本判決は,「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」以外はデモ行進の許可が義務付けられるとしつつも,いわゆる集団暴徒化論に言及した点が有名である。

 

 

ところで,私は「公共の安念」という憲法ギャグのようなもの(?)を聴いたことがあるが,これを聴いたときは単に「公共の安寧」を意識したものだと思っていた。

 

 

安念潤司先生といえば,学会のみならず,司法試験の受験生の間でもかなり有名な先生であり,そのインパクトある発言等に,これまで多くの受験生が(も)引きつけられてきた。

 

特に,中央ロージャーナル6巻2号85頁以下(2009年)に掲載された安念先生の御玉稿「判例で書いてもいいんですか?」は,司法試験受験生の間では(も)話題になった(今でもしばしば話題になるだろう)。

 

しかし,ここでは,上記御玉稿ではなく,第1回の新司法試験を次の年に控える2005年(平成17年)の日本公法学会での安念先生の御報告内容(同学会の学会誌である『公法研究』に掲載されているもの)[3]の一部を次の枠内に引用することとしたい(下線は引用者)。

 

私は、サービス産業の片隅に身を置く一従業員にすぎないので、「教育はかくあるべし」式の理念・理想の類は持ち合わせておらず、与えられた仕事の範囲内で少しでも顧客満足度を高めることが使命だと心得ているだけである。また、今回図らずも公法学会にお招きをいただいたが、会員各位も、私の「融合教育理念論」を聞こうなどとはよもや思っておられまいから、本報告では、もっぱら私自身のささやかな体験を披話したいと思う。(中略)私の話を何らかの参考にしていただければ望外の幸せであるが、安念のようにだけはなりたくないものだという反面教師にしていただいても、単に、お笑い種として一笑に付していただいても、それは会員各位のご自由である。

 

このように,特に下線部のような発言は,中々,正面切っては言えないものと思われるが,顧客満足度を明言する点に関し,司法試験受験生(授業を受ける法科大学院生)は,大変心強く感じるであろう。

受験指導をする側にとっても,茂樹的・・・もとい刺激的[4]な内容である。

 

 

さて,この公法研究68号には,安念先生が現に法科大学院の授業で扱った,あるいはその可能性があった問題・資料の一部が数問(全7問)分掲載されているが,これらの一部が(新)司法試験の論文式の問題とかなり似ていることは案外広くは知られていないように思われる。

 

そこで,その問題の概略のみ紹介するので,司法試験受験生とくに憲法の論文に苦手意識が少しでもある受験生の皆様は,公法研究68号掲載の安念先生の研究報告を読まれると良いだろう。

 

ちなみに,この公法研究は基本的には1年に1号発行されるものであるところ,ちょうど10年後に発行された公法研究78号には拙稿(公募論文)が掲載されているので,決してステマと認識しているわけではないが,脚注でそれとなく紹介しておくこととする[5]

 

 

○問題の実例その1[6]

次の規定をもつ条約が日本国について効力を生じたとすると、いかなる憲法上の問題を生ずるか。

①たばこ製品の製造を業とする者は、たばこ製品の包装及びラベルに、「ロー・タール」、「マイルド」、「ライト」その他の、たばこ製品の有害性が低いものと誤認させる文字、図形その他の表示をしてはならない。

②たばこ製品の製造を業とする者は、たばこ製品の包装及びラベルに、〈喫煙は、肺がん、肺気腫などの呼吸器疾患、虚血性心疾患その他の致命的な疾患に罹患するリスクを著しく高める〉旨、及び、〈受動喫煙も、これら疾患に罹患するリスクを高める〉旨の簡潔な表示をしなければならない。

(以下,略)

 

平成17年10月に学会報告がなされ,酷似した事案が,平成18年5月実施の第1回新司法試験論文憲法に出題されている。的中という用語では到底表現しきれないほどの的中である。

 

 

○問題の実例その2[7]

タクシー業(一般乗用旅客自動車運送事業)は、(以下,略)

 

論点は異なるが,タクシー業の事案は,平成26年司法試験論文憲法で出題されている。

 

 

○問題の実例その3[8]

A県は、「A県私立学校経常賛助成条例」に基づいて、県内に所在する私立の小学校・中学校・高等学校(中略)に対する公費助成を行ってきた。それによれば、専任教員一人当たり一律年三〇〇万円の人件費の助成がなされる。

ところで、助成対象のひとつである武蔵野キリスト教高等学校は、学校法人武蔵野キリスト教学園が設立し経営しているプロテスタント系の私立学校であり、専任教員の大部分が牧師・伝道師などの聖職者としての資格を有してい

る。

(中略)

同高等学校に対するA県の公費助成は、憲法の政教分雌原則に反しないか。

(以下,略)

 

89条,20条3項の問題ということで,平成24年司法試験論文憲法が直ちに想起されるところである。この問題については「住民訴訟との組合せは考えられる」[9]とのコメントもあり,訴訟類型まできっちり当てているわけである。

 

 

○問題の実例その4[10]

国会法を改正して次のようなルールを採用した場合、憲法に違反するか。

(以下,略)

 

統治分野の問題ということで,平成30年以降の予備試験論文憲法での出題が予想される問題といえよう。各自,上記の省略部分を確認されたい。

 

 

○問題の実例その5[11]

次の各問題に解答せよ。

1 (略)

2 B市のC地区は、もともと閑静な住宅街であるが、近年、主要道路沿いにさまざまなジャンルの飲食店やブティックが相次いで出店し、雑誌などで取り上げられる機会が増え、遠方からの来客も多く、このことが市勢の振興に大きく貢献している。ところが、飲食応の密集に連れて悪臭が問題となりはじめ、強力な規制をとらないと、高級住宅街の中におしゃれな底舗が建ち並んでいる一角として折角育ってきたC地区のブランド価値が著しく損われかねない事態となった。

(中略)

そこで、B市は、C地区のブランド価値の維持・向上を目的として、「C地区における悪臭の防止のための条例」を新たに制定した。

(中略)

同条例の憲法上の問題点を論ぜよ。

(以下,略)

 

法律と条例との関係などにつき,徳島市公安条例事件[12]等を活用して解答させる問題であり[13]平成19年司法試験論文憲法の事案・論点を彷彿させるものである。主要論点につき,的中している。

 

 

○問題の実例その6[14]

下記の各判例を読み、問題に答えよ。

A 最大判昭和六二・四・二二(百選一〇三事件)

(以下,略)

 

「財産権の制限・正当な補償に関するもっとも基本的な判例[15]に関する問題であり,司法試験ではないが,平成29年予備試験論文憲法で活用すべきものと考えられる判例や同予備試験で出題された2つの論点について解答する問題である。的中といえよう。

 

 

○問題の実例その7[16]

 

これも29条の問題であるが,受験生自身の目で確認して欲しい。

 

確かに,平成29年予備試験で29条が出題済であるが,平成18年の司法試験では,平成19年以降(予備試験ではなく)司法試験では29条の出題がないため,平成31年司法試験あたりでは要注意である(ちなみに,平成30年は精神的自由の年と予想される)。平成31年に受験される予定の方は,問題の実例その7についてもよく読んでおくと良かろう。

 

 

・・・と,このように,安念先生は,憲法学等の研究者であるとともに,実は「預言者」なのではないかとの疑いすら抱くところである。

 

そんな安念先生の演習問題は他にもあるわけであり,比較的有名なものとしては,もう連載が終わってかなり経つが,法学教室』の演習(憲法)の連載の各問題を挙げることができる。

 

例えば,法学教室290号128~129頁(2004年)には,有害図書等の総流通量減少を目的とする条例の合憲性と問う事例問題とその解説が書かれており,これは平成20年司法試験論文憲法の対策としてかなり有益な問題であったものといえる。受験生は上記連載についてもチェックしていただきたい。

 

 

ところで,「公共」とは,不特定・多数人を意味することが多いと思われる。

 

安念潤司先生は,(研究者に対してはもとより,)まさに不特定・多数人の司法試験・予備試験受験生に対して大変有益な情報を提供してくれる「神」のような存在ではなかろうか。

 

 

判例はカミ,学説はゴミ」[17]の格言に続きがあるとすれば,

「安念もカミ」ということになろう。

 

 

 

「公共の安念」は,憲法ギャグではなかったようである。

 

 


 

[1] 最大判昭和35年7月20日刑集14巻9号1243頁,長谷部恭男石川健治=宍戸常寿『憲法判例百選Ⅰ[第6版]』(有斐閣,2013年)(以下「百選Ⅰ」)155頁(A4事件)〔木下昌彦〕。

[2] 木村草太『司法試験論文過去問 LIVE解説講義本 木村草太 憲法』(辰已法律研究所,2014年)432頁参照。

[3] 安念潤司憲法行政法の『融合』教育について」公法研究68号(2006年)100頁。

[4] 「刺激」と変換しようとしたところ,中原茂樹先生(平成29年司法試験・予備試験考査委員(行政法))のお名前の漢字が真っ先に出てきたことを念のため記しておく。とはいえ,私自身は過度の受験指導をした(している)という「認識」はなく,そのような「記憶」もない。仮にそのような事実ないし評価がありうるとしても,関係文書はすべて破棄しているか,あるいは短期間に自動的に関係データが消去されるシステムがあることに加え,復旧できぬようハードディスク等はドリルで穴を上げて水没させているので「全く問題ない」というほかないが,国会における証人喚問については断固拒否することとする。なお,私の司法試験憲法論文に関する雑感(ネットでタダで読めるもの)として,平裕介「司法試験の関連判例を学習することの意義」法苑179号(新日本法規,2016年)1頁をここで密かに紹介する。

[5] 平裕介「行政不服審査法活用のための『不当』性の基準」公法研究78号(2016年)239頁。

[6] 安念・前掲注(3)102頁。

[7] 安念・前掲注(3)104頁。

[8] 安念・前掲注(3)106頁。

[9] 安念・前掲注(3)107頁。

[10] 安念・前掲注(3)108頁。

[11] 安念・前掲注(3)108頁。

[12] 最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁,百選Ⅰ186頁(88事件)〔木村草太〕。

[13] 安念・前掲注(3)110~111頁参照。

[14] 安念・前掲注(3)111頁。

[15] 安念・前掲注(3)113頁。森林法共有林事件(最大判昭和62年4月22日民集41巻3号805頁,百選Ⅰ214頁(101事件)〔巻美矢紀〕)のことである。

[16] 安念・前掲注(3)113頁。

[17] 安念潤司判例で書いてもいいんですか?」中央ロージャーナル6巻2号(2009年)88頁。

 

*このブログでの(他のブログについても同じです。)表現は,私個人の意見,感想等を述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。そのため,例えば,私のブログにおける「受験生」とは,このブログの不特定少数又は不特定多数の読者に司法試験や予備試験の受験生がいる場合のその受験生を意味し,特定の大学等の学生(司法試験受験生)をいうものではありません。このブログは,あくまで,私的な趣味として,私「個人」の感想等を書いているものです。