平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成30年司法試験論文公法系第1問(憲法)の感想(3) 「法律家甲」の正体

  「痛いけど走った 苦しいけど走った

   明日が変わるかは 分からないけど」[1]

 

 

(1)「法律家甲」とは何者なのか?

 

「〔設問〕

あなたがこの相談を受けた法律家甲であるとした場合,本条例案憲法上の問題点について,どのような意見を述べるか。本条例案のどの部分が,いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にした上で,参考とすべき判例や想定される反論を踏まえて論じなさい。」

 

平成30年司法試験論文憲法の「法律家甲」とは何者なのか?

 

その謎を解明すべく,辞書を紐解く。

 

「法律家  法律の実務家のことで,法曹ともいわれる。具体的には裁判官・検察官・弁護士・公証人を指すが,ときには法学者を含むこともあり,また,司法書士行政書士のように法と関係が深い職業は,法律家に準ずるものとして考えられることもある。

英語のlawyerは,法曹一元制度のとられている英米では,『法律家』であると同時に『弁護士』 である。」

高橋和之=伊藤眞=小早川光郎=能見善久=山口厚編集代表『法律学小辞典[第5版]』(有斐閣,2016年)1210頁,下線引用者)

 

「ほうそう【法曹】 広義には、法の実務家及び法学者の総称として用いられることもあるが、一般的には、司法制度の担い手、特に裁判官、検察官及び弁護士の三者の総称。」

(法令用語研究会編『有斐閣 法律用語辞典[第4版]』(有斐閣,2012年)1042頁,下線引用者)

 

 

(2)狭義の法律家甲 = 弁護士甲

 

このように,法律学あるいは法律用語の辞典によると,狭い意味では,「法律家」は法曹三者を指すものの,本問についてみると,①具体的な争訟が提起される前の段階であることから裁判官は除外しうるといえ,さらに,②検察官は検察(庁)協議で条例をチェックすることがあるが,検察協議は条例の罰則の構成要件の明確性や法定刑が類似の法律・条例の法定刑と均衡がとれているかを中心にみるものであり[2],本問ではそれ以外の論点についても検討を要するものであることから,検察官も除外しうるものといえる。(公証人についても,自治体からの相談を受ける者としては通常は想定されないものといえよう。)

 

よって,狭義では,「法律家甲」=「弁護士甲」ということになる。

 

 

(3)広義の法律家甲 = 弁護士甲・憲法学者

 

次に,広義では,法律家に「法学者」を含むとされているため,本問との関係では,憲法学者憲法学の研究者も含むということになる。[3]

 

では,自治体職員は含まれるだろうか?

 

まず,弁護士資格を有しない者(司法修習を経て二回試験を合格しており,弁護士登録をしようと思えばできるがしていないという自治体の職員)の場合には,前掲『法律学小辞典[第5版]』によると,含まれないことになるだろう。

 

また,前掲『有斐閣 法律用語辞典[第4版]』によっても「司法制度の担い手」とあることから,本来的に行政権の担い手である(弁護士資格のない)一自治職員を「司法制度の担い手」と評価することには無理があるだろう。

 

次に,弁護士資格を有する自治体職員(組織内・インハウスの弁護士)の場合,どう考えるべきか。

 

確かに,弁護士の独立性を保障するために自治権を弁護士に付与するのは,司法の独立としての機能を負託している側面がある[4]ものと解されることに照らすと,自治体職員であっても弁護士資格を有する者であれば「司法制度の担い手」に含まれるものとして「法律家甲」に含まれるようにもみえる。

 

しかし,弁護士資格を有するものであるとはいえ,同じ自治体の一職員(ちなみに,作用法的行政機関概念の分類でいえば,諮問機関ではなく,補助機関と解される)なのであるから,本来的に行政権の担い手であるという点は,弁護士資格のない者の場合と変わるところがないというべきであろう。そのため,仮に,広義の「法律家甲」に,同じ自治体職員である弁護士が含まれると解する場合には,権力分立(三権分立[5]との関係で問題があるものと思われる。

 

また,本問の冒頭には,「条例の検討に関わっている市の担当者Xは,憲法上の問題についての意見を求めるため,条例案を持参して法律家甲のところを訪れた。」とあるところ,仮に「法律家甲」が同じ自治体の職員であれば,同じく条例の検討に関わる必要がある「担当者」の一人であるとも思われ,「担当者X」と「法律家甲」という区分は少々不自然であるようにみえる。

(さらにいえば,「条例案を持参」して「訪れた」という記載は,通常は自治体の外部の者の場合を想起させりものと思われ,このような発想に反する出題(説明なし)はやや不意打ち的であるといえる。)

 

これらのことから,広義の「法律家甲」には,同じ自治体職員である弁護士は含まれないと解すべきである。

 

 

(4)狭義か,広義か? → 広義説を採るべき

 

それでは,<狭義の法律家甲=弁護士甲>という立場(狭義説)と,<広義の法律家甲=弁護士甲又は法学者甲>という立場(広義説)のどちらを採るべきか。

 

この点に関し,平成29年司法試験論文憲法の「設問」をみてみよう。

 

〔設問1〕

あなたが弁護士甲であるとして,上記の国家賠償請求訴訟においてどのような憲法上の主張を行うかを述べなさい。なお,憲法第14条違反については論じなくてもよい。

〔設問2〕

〔設問1〕で述べられた甲の主張に対する国の反論を想定しつつ,憲法上の問題点について,あなた自身の見解を述べなさい。

 

このように,平成29年の司法試験では「弁護士甲」となっていたものを,平成30年ではあえて「法律家甲」としている点に鑑みると,考査委員としては,広義説を採ったものと考えられる。

 

この点に関し,司法試験法1条1項は,「司法試験は、裁判官、検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」と規定するところ,広義説ではなく狭義説を採るべきとも思える。

 

しかし,法曹三者に「なろうとする者」が司法試験合格後に法学者(合格しても司法修習に行かない者,司法修習を経ても弁護士登録はしない者など)になる場合はある(ただし,その割合・人数は少ない)のであり,司法試験法自体がこのような者を想定していないわけではないと考えられることから,広義説を採っても司法試験法の趣旨・目的に反するわけではないものと解される。

 

 

(5)「法律家甲」の正体

  

以上より,「法律家甲」とは,①「弁護士甲」,②「憲法学者甲」,又は③「弁護士であって憲法学者でもある者である甲」であると解される。

 

 

さて,「法律家甲」が何者かが判ったところで,本ブログの冒頭でも掲載した「設問」におけるより重要な問題に移ろうと思う。

 

それは,「法律家」が条例案憲法上の問題点につき,一定の意見を述べるに際して,踏まえる必要があるとされる「想定される反論」の意味である。

 

「法律家甲」の意義を明らかにしたのは,実は,「法律家甲」の正体がこの設問における反論」の意義・内容の前提論点であるといえるからである。

 

 

 

では,この「反論」とは何か?

 

平成30年司法試験論文憲法の最大の謎である。

 

 

 

次回,反論の正体を明らかにする。

 

 

 

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[1] SHISHAMO(宮崎朝子作詞・作曲)「明日も」(2017年)。早くも6月が終わってしまった。司法試験受験生がリスタートを切るのにぴったりの一曲である。

[2] 礒崎初仁「条例制定権の限界-『適法な条例』とはなにか」『自治政策法務講義 改定版』(第一法規,平成30年)216~217頁,山本博史「条例制定過程の現状と課題」北村喜宣=山口道昭=出石稔=礒崎初仁編『自治政策法務-地域特性に適合した法環境の創造』(有斐閣,2011年)422~423頁参照。

[3] なお,新司法試験プレテスト(模擬試験)論文式試験・公法系科目第1問(憲法)は,A党に属する衆議院議員Xが法案の要綱を策定した上で,「衆議院法制局」に対し,それを示し,憲法に違反するものでないか相談をするという問題であるところ,本問は自治体の条例の問題であることから,衆議院法制局のメンバーとして回答(解答)するという場合ではないことは明らかといえる。

[4] 矢吹公敏「『弁護士自治』の意義と要素」弁護士自治研究会編著『JLF叢書vol.24 新たな弁護士自治の研究-歴史と外国との比較を踏まえて』(商事法務,2018年)1頁以下(5頁)。

[5] 芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法 第六版』(岩波書店,2015年)287頁参照。ただし,三権分立違反が問題となる典型的場面とまではいえないだろう。

 

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