平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

「憲法論」の答案で,規範を定立する前に,規制態様につき「刑罰」と書く必要がある場合

 

平成29年司法試験論文式試験・公法系科目第1問(憲法)のヤマの1つとも思われる堀越事件(最二小判平成24年12月7日刑集66巻12号1337頁)は,近時,同事件を担当された千葉勝美元最高裁判事自身により,「猿払事件大法廷判決を乗り越えた先の世界」[1]判例として紹介されるものであり,その重要性につき,特に争いはなかろう。

 

この堀越事件の多数意見の採る法解釈すなわち「政治的行為」(国家公務員法102条1項)の限定的な解釈[2]が何を意味するかについては,様々な見解があるところ,千葉勝美裁判官補足意見では,次のような説明がなされる。

 

「本件の多数意見の採る限定的な解釈は,司法の自己抑制の観点からではなく,憲法判断に先立ち,国家の基本法である国家公務員法の解釈を,その文理のみによることなく,国家公務員法の構造,理念及び本件罰則規定の趣旨・目的等を総合考慮した上で行うという通常の法令解釈の手法によるものであるからである。」(下線は筆者)

 

「通常の法令解釈」ということであるから,司法試験では,行政法(あるいは刑法)の論文式試験でその活用が問われるべき判例のようにもみえる。

しかし,堀越事件は,各種判例解説書籍などでも「憲法」の判例として紹介されることが殆どであり,司法試験受験生も同様の認識であろう。宍戸常寿教授も,この「通常の法令解釈」に関して,次の通り解説し,「『憲法論』が背後にあるはず」[3]であるとしており,堀越事件は,憲法の論文答案で活用されるべき判例といえる。

 

そもそも複数の解釈がある場合に、まず当該規定の文言、趣旨と体系に最も適合的なものを選ぶのが法解釈のイロハですが、場合によっては体系の中に最高法規である憲法の保護する価値も入り込むことも当然あります。それを殊更に「合意限定解釈」とは呼ぶ必要はなく、体系的解釈の一種としての合憲解釈(憲法適合的解釈)でしかありません」[4](各下線は筆者)。

 

ところで,憲法の論文答案では,当然ながら,憲法憲法上の主張)を展開することが求められている。また,憲法論における規範違憲審査枠組み[5])定立までには,しばしば,規制の程度すなわち規制態様の厳しさ(強さ)に関する論述が求められる。

 

初学者の受験生のためにも,司法試験の採点実感等に関する意見を紹介しよう。

 

○平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)1頁

「本問では,架空の性犯罪継続監視法がいかなる憲法上の人権をどのような形で制約することになるのかを正確に読み取り,被侵害利益を特定して,その重要性や規制の程度を論じて違憲審査基準を定立し,問題文中の事実に即して適用するなどして結論を導かねばならない」(各下線は筆者)

 

○平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)5頁

規制態様が厳しいことを踏まえて審査基準を定立するのではなく,違憲という結論に飛びついてしまっている答案も見受けられた。」(「平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(下線は筆者)

 

この規制態様論につき,規制の手法が刑罰刑事罰)か否かによりその強弱が異なる旨論じるということは,一般的にはなされていないと考えられる。

例えば,高橋和之教授は,表現の自由の限界に関し,審査の厳格度に差異を生み出しうる「分類区分」として,「①事前抑制と事後抑制の区別,②内容規制と内容中立規制,③パブリック・フォーラムと非パブリックフォーラムの区別」,④抑制と援助の区別」を挙げている[6]が,刑罰か否かの区別については特に言及していない。

 

もっとも,堀越事件における前記法解釈(ここでは「憲法適合的解釈」を行ったという見解に立つものとする。)については,どうだろうか。

 

堀越事件は次の通り判示する。論文式試験のみならず,短答式試験でも記憶すべき箇所の一つである。

 

国家公務員法102条1項の「文言,趣旨,目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え,同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると,同項にいう『政治的行為』とは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指」す(各下線は筆者)。

 

このように,堀越事件は,憲法適合的解釈の規範を定立する際の(注意:規範のあてはめの段階の話ではない)考慮事項ないし考慮要素として,「刑罰法規の構成要件となること」と明記しているのである。

 

憲法論」の規範定立に際しての規制態様につき,「刑罰」というワードを書いてはいけない(注意:規範のあてはめの段階の話ではない。あてはめの段階では,むしろ基本的には書くべきである。)とのテーゼは,憲法適合的解釈については成り立たないということだろうか。

少なくとも,司法試験の論文式試験対策との関係では,そのように把握しておく方が,答案で判例の考慮事項・要素と違うことを書かずに済みやすくなるものと思われる。

 

 

さらに,付言すると,司法試験の超上位合格答案[7](公法系科目1位,論文式試験総合4位の合格者の方の答案)でも,憲法論の規範定立に際しての規制態様につき,次の通り,「刑罰」というワードを明記したものがある。少なくとも,そのような記載が大きな減点対象とはされていないものと考えられる。

 

「ここで,人格的生存に不可欠ともいえる上記自由に対し,刑罰という強度の制約を課す法の合憲性は厳格に審査されなければならないと考える。具体的には,目的が重要で,より制限的でない他の選びうる方法(LRA)がないといえない限り違憲と考える。」[8](下線は筆者)

                       

 

憲法論の規範定立に際しての規制態様につき,「刑罰」というワードを書いてはいけないというテーゼは,一体,どこに行ってしまったのだろうか。

 

 

[1] 千葉勝美『違憲審査―その焦点の定め方』(有斐閣,2017年)47頁。

[2] 司法試験受験生においては,さしあたり,堀越事件・世田谷事件を解説した宍戸常寿「判判」平成25年度重要判例解説23-25頁(特に「判旨」(ⅰ)の部分)を参照されたい。

[3] 宍戸常寿先生の『憲法 解釈論の応用と展開 第2版』(日本評論社,2014年)309頁。

[4] 宍戸・前掲注(4)310頁。

[5] 「判断枠組み」など様々な名称が付されるところであるが,平成28年司法試験論文式試験公法系科目の出題趣旨1頁第1段落の名称と同じく「違憲審査枠組み」とした。

[6] 高橋和之立憲主義日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)223頁。

[7] 「超上位(合格)答案」とは司法試験予備校などで多く用いられる表現である。筆者自身の感覚の話ではあるが,当該科目が一ケタ代か概ね20番代までくらいの答案を指すことが多いと思われる。

[8] 辰已法律研究所,西口竜司=柏谷周希=原孝至(監修)『平成28年 司法試験論文週去問答案 パーフェクトぶんせき本』(辰已法律研究所,平成29年)32頁。なお,この答案から学ぶことは多く,司法試験受験生・予備試験受験生は精読し,よく分析されたい。

 

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