平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成29年司法試験論文憲法の予想論点と活用すべき判例(2・完)

 

 

前回のブログ(平成29年司法試験論文憲法の予想論点と活用すべき判例(1))の続きである。

 

1 重要判例の具体的な活用について

 

前回述べたことの繰り返しになるが,本問の関連判例[1]すなわち,前回のブログで挙げた船橋市立図書館図書廃棄事件と,富山県立近代美術官事件天皇コラージュ事件)は,いずれも憲法判例百選[第6版]で収載・解説される重要なものである(前者はⅠ・74番判例であり,後者はⅡ・167番の裁判例である)。これらにつき,以下では,最高裁判例である前者(以下「本判例」ということがある。)を主として活用する方法を示すこととする。ここでは詳しくは触れないが,サンプル問題と同様の解き方となるものと考える。

 

(1)まず,本判例の重要部分のうち,本判例を活用するための(いわば)要件に当たるものと解される部分は,次の通りである。

 

公立図書館の役割,機能等に照らせば,「公立図書館は,〔(あ)〕住民〔≒情報受領者〕に対して思想,意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的とする公的な場ということができ」,また,そのような公立図書館で「閲覧に供された図書の〔(い)〕著作者〔≒情報発信者〕にとって,その思想,意見等を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。」(下線・太字・〔 〕内は筆者)

 

 (あ)は,情報受領者側の要件であり,(い)は,情報発信者側の要件である。どちらにも「公的な場」というキーワードが入るが,実質的に,これらと同様に扱うべき事案類型といえれば,本判例を活用しうることになるといえよう。

 

 

(2)他方,本判例の重要部分のうち,本判例を活用するための(いわば)効果に当たるものと解される部分は,次の通りである。

 

公立図書館の図書館職員は,「独断的な評価個人的な好みにとらわれることなし公正に図書館資料を取り扱うべき職務上の義務を負うものというべきであ」る。(下線・太字・〔 〕内は筆者)

 

 

(3)本判例の活用例

 本判例を答案に活用するならば,次のような記載をすることが考えられる。やや強引とも思われ,批判もあるだろうが,以下(及び以上)は,基本的には,百選等の必要最小限の知識で書く[2]ことを前提とする記述である。

 

(1)確かに,政府に対し,表現活動に対する助成(援助・給付)を請求する権利憲法から直接導き出すことはできない[3]

 しかし,地方新聞による記事の提供行為は,各自治体の現状に密着した独特の(当該地方新聞でしか読めない)事実・意見等に係る情報を扱う点で,公立図書館等公的な場において情報が流通する場合と同じく,情報受領者たる住民多様な情報に接することに資するものであり,また,情報発信者が公衆に意見等を伝達する重要な手段である。

 

(2)そこで,助成(援助)に関して内容[4]の選別に係る行政裁量があることを前提としても,助成を受ける情報発信者表現の自由,思想の自由が憲法により保障され(21条1項,19条),情報受領者の知る権利も21条1項により保障されると解されることにかんがみると,いったん助成を認めた後,これを撤回する(取消す)処分をする場合には,処分庁は情報の流通過程に関する職務を公正・中立に行う法的義務を負い,同義務に反すれば21条1項に違反し,違憲となるものと解される。

 具体的には,①新聞における記事等の独自性[5],その割合,発行部数,②撤回により言論市場における情報伝達過程を歪める危険性の程度[6],③撤回しないことによる弊害[7](害される公益)などを総合的に考慮[8]して上記公正中立義務に違反したかを判断すべきである。[9]

 

なお,上記論述では,特に「船橋市立図書館図書廃棄事件」という判例名までは書いていないが,書かなくても分かると思われるし,あえて出すこともなかろう(書いても減点されるわけではないと思うが)。

 

 

次に,上記(2)のあてはめ(答案では「あてはめ」ではなく「個別具体的な検討」などと書くこと[10])の要点につき,長くなってきたのでごく簡単に述べる。

 

設問1では,主に考慮事項(要素)の①と②を中心に書くと良かろう。

設問2の想定される反論では,③の点の要点を中心に書く。

そして,私見部分で,③の点を厚く書き,①・②の点に対する合憲側の主張を展開すると良かろう。

 

このあたりは,現場で何とかなるのではなかろうか。むしろ本問のような問題では,規範定立(考慮事項・要素を含む)まででほぼ合否が決まるように思われる(もちろん,あてはめを雑に書いてよいという趣旨ではない)。

 

 

2 「私見」の結論は「合憲」とするのが無難と考えられること

 

最後に,「私見」の結論(合憲or違憲)に関して一言述べる。

 

司法試験論文憲法は,「私見」が違憲でも合憲でも良いという問題しか出題されていないように思われる(予備試験でも概ね同様だろう)。採点実感や出題趣旨等でも,結論に至る理由やプロセスが大事であるといったコメントが多くあったとように思う。

 

そうすると,設問1が40点,設問2が60点(反論10点,私見50点)くらいだとして[11],やや安易ではあるが,私見の50点については,合憲側の論拠の話(あてはめレベルでいえば,事実と評価)に40点,違憲側の論拠の話に10点割り振られていると形式的にみることもできるだろう[12]

 

そこで,特に時間不足に陥ったような場合には,私見で上記合憲側の論拠(私の分析では40点部分)を書くべきであるから,私見の結論は,違憲ではなく合憲ということになる。とりわけ争点が2~3ある場合(というか毎年2~3はあるが…。),このうちのどれかは(3あったら2くらいは)合憲の結論に落ち着かせる方が無難であろう。

 

なお,個人的には毎年,私見も違憲でも良いのではと思ったりもするが,しかし,司法試験論文憲法では,このような発想はややリスキーであると考えられる。

 

以上,本試験でも適宜参考にしていただければ幸甚である。

 

 

[1] 「関連判例」の意味については大体のイメージをすることができるとは思うが,興味があれば,平裕介「司法試験の関連判例を学習することの意義」法苑179号(新日本法規,2016(平成28)年9月8日)1頁以下をご参照いただきたい。要するに,司法試験の出題趣旨や採点実感等で明に暗に言及されるような判例のことを指す語である。

[2] 既に様々な司法試験予備校の先生方等が示していることであるが,若手合格者(今であれば学部時代に予備試験に受かるような方)は,決して知識が多いわけではないが,ごく基本的な知識(特にキーワード)を正確に記憶しており,かつその少ない基本的知識を十二分に有効活用しようとする点に強みがあるものと考えられる。若手合格者は,多くの実務家弁護士がよく知らないような,あるいは一部の学者が提示するような先端的な学説や海外の法理論などを勉強している時間は通常ないが,それでも短期合格するという現実につき,受験生(受験生全員とは言わないが)等は,よく考える必要があるだろう。

[3] 青柳幸一『憲法』(尚学社,2015年)187頁参照。特に争いのない点と思われるが,憲法学における基本的な事項をいえるため,一行書いておくべきと考えられる。

[4] この点につき,あえて,主題か観点かという区分を行っていない(ただしその区分自体が難しい場合もあるだろう.。関連判例もこの区分について一般論を展開し明確な判示をしているというわけでもなさそうである。)が,そのような知見を用いるのであれば,適宜,規範の考慮事項やあてはめで用いると良いと思われる。

[5] 問題文にそれらしい記載がある場合には,「記事等に対する専門家の判断」といった考慮要素も書き,あてはめると良いと思われる(青柳・前掲注(3)188頁参照)。

[6] 青柳・前掲注(3)189~190頁参照。

[7] 天皇コラージュ事件の場合には,非公開派による抗議活動が及ぼす施設管理運営上の支障の蓋然性の有無・程度である(青柳・前掲注(3)188頁参照)。

[8] 表現への政府の助成・給付の場合,やはり内容の選別に係る行政裁量は否定できないため,厳格審査基準や中間審査基準によるのではなく,設問1の段階から総合判断方式が良いと思われる。私見でも同じ規範を採るので良いだろうが,反論を意識した私見独自の理由付けを書けると良いだろう。

[9] 「中立」というキーワード及び考慮事項(要素)②については,学説のキーワードを少し使ったが,百選・重判レベルの解説に書いてあるようなキーワードを用いたに過ぎない。あくまで(意図的に,また能力的にも)学説に深入りすることはしていない。考慮事項については,問題文をみて,①~③を適宜修正し,現場ででっちあげるなどしても良いだろう。

[10] 形式的に「あてはめ」と書くべきではないことについては,実務家からは異論があるところと思われるが,過去の採点実感等でそういう作法によるべき旨言われているので,少なくとも当面は仕方がないことである。当時の考査委員(特定の?)と多数の(?)実務家の意識の乖離がみられるところと思われ,少なくとも,この点で,司法試験と実務は一致しないものといえよう。ちなみに,先端的な,ないし特定の研究者の優れた(研究者の間ではそのように評価される)学説を司法試験の答案に書いても実務家の採点委員が知らない(ゆえに必ずしも加点されないか,加点されにくい)など,先端的で優れた学説と法曹実務との乖離も現に存するものと思われる。

[11] 平成27年司法試験論文憲法の設問の配点割合を参照。ただし,平成28年以降は設問1が45点程度,設問2が55点程度(反論10点,私見45点)程度といった分析も可能と思われる(ここではこの論拠を特に詳しく展開しないが,追ってブログかツイッターなどで説明できればと考えている)。

[12] この点については,研究者の先生から必ずしもそうではないのではとのご意見ないしご批判をいただいたことがある。私も現在の立場に拘泥するものではないが,現時点での「私見」を述べたものではある。

 

 

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