平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

司法試験における表現の自由と名誉感情の利益の調整(1)

司法試験における表現の自由と名誉感情の利益の調整(1)

 

平成23年司法試験論文式試験公法系科目第1問(憲法)の出題趣旨1頁では,「本問における表現の自由の制約の合憲性をめぐって問われているのは,表現の自由とプライバシーの権利の調整である」(下線は筆者)とされている。

 

周知の事実と思われるが,表現の自由等の21条1項の問題は,概ね2年に1度の頻度で出題されていることから,平成29年司法試験論文憲法目でも,21条1項の出題を予想する者は多いだろう。

 

ちなみに,21条1項と対立関係にある人権ないし利益として登場しやすい条文は,上記23年の事案でもそうだが,13条後段である。

 

13条後段では,プライバシー権だけではなく,名誉権(基本的には社会的評価の低下に関わるケースで問題となるものといえる),名誉感情に関する利益(主に社会的評価が低下するとまでは通常言えない誹謗中傷等がなされるケースで問題となるものといえる[1])も保護される対象となりうる。

 

そこで,司法試験あるいは予備試験で今後出題が予想される架空の事案で,表現の自由と名誉感情の利益等の調整を図るケースについて少し考えてみることにする。[2]

 

 

202×年×月×日(日曜日)午後6時頃から約2時間,弁護士であるXは,首相官邸や国会議事堂の周辺で許可を得た上で,甲団体主催のデモ行進に参加し,集団行進をした。デモ行進の際,甲団体のZは,首相夫人A(国会議員や公務員ではない)が「私人」と称しているにもかかわらず,秘書官が9名もおり,多くの社会的な活動を行い(同活動は広く報道されている),そのために多額の公費を使っているとみられることや,財務省の土地払下げにAが不当に関与したことがおかしいなどとシュプレヒコールをするとともに,プラカードを掲げていた。そのプラカードには,Aの顔写真を拡大したものの上に,赤いペンで顔の部分に「×」(罰点)を書いた上で,Aの顔の上部に「『Aッキード』事件を許さない!』を書いた用紙が貼られていた

 

Xは,甲団体のZから,Xのような弁護士が弁護士バッジや目立つ腕章等を付けるなどしてデモに一緒に参加してもらうと,デモ行進の際に甲団体のメンバーらが警察官に違法ないし不当に逮捕されるリスクが低減するなどと言われ,甲団体の政治的意見等にも共感するところがあったことなどから,実際に弁護士バッジや目立つ腕章を付けてデモ行進に参加し,主にZの近くで歩いたり特定のスローガンを唱和したりしていた。

 

後日,Xは,Xの所属する事務所でY弁護士会からの封書を受け取った。封書を開けてみると,その中身は「懲戒請求書」であり,Xは驚いた。懲戒請求を行った者はAであり,懲戒請求がなされた理由は,次のようなものであった。

 

「弁護士Xは,Aの顔写真を拡大したものの上に,赤いペンでAの顔の部分に「×」(罰点)を書いた上で,「『Aッキード』事件を許さない!』とのプラカードを掲げていたZの横で行進をしていた。Zの行為は「私人」である首相夫人Aの名誉権及び名誉感情を著しく傷つけるものである。人の顔に赤く×を付けたり,過去の刑事事件の名前の一部に「A」を用いたりするというのは,Aとしては耐え難い苦痛を受ける行為である。確かに,Aはコメンテーター等でテレビ番組に出演することもあるため広く反論する機会はあるが,このことについては対抗言論が成り立たない問題というべきである。人の顔や名前を侮辱的あるいは名誉棄損的に使用してはならないことなど小中学校の『道徳』の時間で習うことではないか。Zのような大人が増えぬよう,やはり小中学校の『道徳』の時間を増やして『正しい教育』を徹底すべきである。

   そして,Xも,弁護士バッジを付け,目立つ腕章をして,Zの隣で行進するなどしており,客観的にみて,Zの行動に積極的に賛同する行為をしていたものであるから,弁護士の『品位を失うべき非行があった』(弁護士法56条)といえ,Xの属するY弁護士会は,Xに懲戒処分をすべきである。」

 

 

この懲戒請求を受け,Y弁護士会はXに懲戒処分としての戒告処分を行い(懲戒処分の手続は適法),Xが不服申立て[3]をするも日弁連は棄却裁決をした。

 

そこで,Xは,裁決取消しの訴えを提起し,Xの集会の自由や表現の自由憲法21条1項)を侵害する処分がなされた旨主張した。

 

なお,Xは,この戒告・裁決の違法を争うために,何十時間ないし何百時間という時間を割き,満足な仕事ができない日々が数年続いた上,他の弁護士に代理人になってもらうために着手金や中間金等を支払った。Xは,内心では,こんなことならばデモ行進などに参加しなければ良かったなどと弱気になり,訴訟係属中も,仲の良い弁護士などにはデモ行進への参加を控えた方が無難であるなどと話をしたりすることもあった。さらに,Xは懲戒処分を争う対応に時間を取られた結果,顧問先の拡大に係る営業行為もその一部については自粛せざるを得なくなったことに加え,家族・親族と過ごす時間も減ったことでそれが家族の不仲の要因にもなったことから,以後,二度とデモ行進には参加しないようになった。また,Xの事件はテレビや新聞,インターネットで報道された結果,他の弁護士の中にも萎縮する者が現れ,一部の弁護士らは,デモ行進に参加することに消極的になった。

 

Xの前記憲法上の主張は認められるか。原告Xの立場からの憲法上の主張とこれに対して想定される被告側の反論との対立点を明確にしつつ,あなた自身の見解を述べなさい。

 

 

 

上記問題に関し,平成23年司法試験論文式試験公法系科目第1問(憲法)の出題趣旨2頁は,表現行為の「対象者が『公職にある人』や『著名人』という問題」であるか否かに言及する。

 

本問でも,この点は重要である。Aは,「公職にある人」ではないが,「著名人」(公人)であるといえるだろう。

 

 

長くなってしまったので,解説は後日とする[4]

 

 

 

[1] この点に関し,最近の判例(ただしインターネット上の表現行為に関するもの)として,東京地判平成25年12月20日LEX/DB25516985,東京地判平成28年2月9日LEX/DB25535351,東京地判平成28年6月7日LEX/DB25536717等参照。

[2] とはいえ,平成28年司法試験論文憲法では13条後段がメインで問われ,同年の予備試験論文憲法でも21条1項がメインで問われている。そこで,21条vs13条の事案は,基本的には平成30年以降での予想問題となるものと思われる。

[3] 本問とは関係がないが,平成26年,約50年ぶりに行政不服審査法が実質的な改正がなされ,平成28年改正法が施行された。この改正法をより積極的に活用することに関する考察を行ったものとして,拙稿「行政不服審査法活用のための『不当』性の基準」公法研究78号239頁(2016年)がある。なお,誰も引用してくれないために,やむを得ずステマ的な引用をする趣旨ではないことを念のため付言しておく。

[4] ただし,確約はできない。

 

 

*このブログでの(他のブログについても同じです。)表現は,私個人の意見,感想等を述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。そのため,例えば,私のブログにおける「受験生」とは,このブログの不特定少数又は不特定多数の読者に司法試験や予備試験の受験生がいる場合のその受験生を意味し,特定の大学等の学生(司法試験受験生)をいうものではありません。このブログは,あくまで,私的な趣味として,私「個人」の感想等を,憲法21条1項(表現の自由)に基づき書いているものですので,この点につき,ご留意ください。

「憲法論」の答案で,規範を定立する前に,規制態様につき「刑罰」と書く必要がある場合

 

平成29年司法試験論文式試験・公法系科目第1問(憲法)のヤマの1つとも思われる堀越事件(最二小判平成24年12月7日刑集66巻12号1337頁)は,近時,同事件を担当された千葉勝美元最高裁判事自身により,「猿払事件大法廷判決を乗り越えた先の世界」[1]判例として紹介されるものであり,その重要性につき,特に争いはなかろう。

 

この堀越事件の多数意見の採る法解釈すなわち「政治的行為」(国家公務員法102条1項)の限定的な解釈[2]が何を意味するかについては,様々な見解があるところ,千葉勝美裁判官補足意見では,次のような説明がなされる。

 

「本件の多数意見の採る限定的な解釈は,司法の自己抑制の観点からではなく,憲法判断に先立ち,国家の基本法である国家公務員法の解釈を,その文理のみによることなく,国家公務員法の構造,理念及び本件罰則規定の趣旨・目的等を総合考慮した上で行うという通常の法令解釈の手法によるものであるからである。」(下線は筆者)

 

「通常の法令解釈」ということであるから,司法試験では,行政法(あるいは刑法)の論文式試験でその活用が問われるべき判例のようにもみえる。

しかし,堀越事件は,各種判例解説書籍などでも「憲法」の判例として紹介されることが殆どであり,司法試験受験生も同様の認識であろう。宍戸常寿教授も,この「通常の法令解釈」に関して,次の通り解説し,「『憲法論』が背後にあるはず」[3]であるとしており,堀越事件は,憲法の論文答案で活用されるべき判例といえる。

 

そもそも複数の解釈がある場合に、まず当該規定の文言、趣旨と体系に最も適合的なものを選ぶのが法解釈のイロハですが、場合によっては体系の中に最高法規である憲法の保護する価値も入り込むことも当然あります。それを殊更に「合意限定解釈」とは呼ぶ必要はなく、体系的解釈の一種としての合憲解釈(憲法適合的解釈)でしかありません」[4](各下線は筆者)。

 

ところで,憲法の論文答案では,当然ながら,憲法憲法上の主張)を展開することが求められている。また,憲法論における規範違憲審査枠組み[5])定立までには,しばしば,規制の程度すなわち規制態様の厳しさ(強さ)に関する論述が求められる。

 

初学者の受験生のためにも,司法試験の採点実感等に関する意見を紹介しよう。

 

○平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)1頁

「本問では,架空の性犯罪継続監視法がいかなる憲法上の人権をどのような形で制約することになるのかを正確に読み取り,被侵害利益を特定して,その重要性や規制の程度を論じて違憲審査基準を定立し,問題文中の事実に即して適用するなどして結論を導かねばならない」(各下線は筆者)

 

○平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)5頁

規制態様が厳しいことを踏まえて審査基準を定立するのではなく,違憲という結論に飛びついてしまっている答案も見受けられた。」(「平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(下線は筆者)

 

この規制態様論につき,規制の手法が刑罰刑事罰)か否かによりその強弱が異なる旨論じるということは,一般的にはなされていないと考えられる。

例えば,高橋和之教授は,表現の自由の限界に関し,審査の厳格度に差異を生み出しうる「分類区分」として,「①事前抑制と事後抑制の区別,②内容規制と内容中立規制,③パブリック・フォーラムと非パブリックフォーラムの区別」,④抑制と援助の区別」を挙げている[6]が,刑罰か否かの区別については特に言及していない。

 

もっとも,堀越事件における前記法解釈(ここでは「憲法適合的解釈」を行ったという見解に立つものとする。)については,どうだろうか。

 

堀越事件は次の通り判示する。論文式試験のみならず,短答式試験でも記憶すべき箇所の一つである。

 

国家公務員法102条1項の「文言,趣旨,目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え,同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると,同項にいう『政治的行為』とは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指」す(各下線は筆者)。

 

このように,堀越事件は,憲法適合的解釈の規範を定立する際の(注意:規範のあてはめの段階の話ではない)考慮事項ないし考慮要素として,「刑罰法規の構成要件となること」と明記しているのである。

 

憲法論」の規範定立に際しての規制態様につき,「刑罰」というワードを書いてはいけない(注意:規範のあてはめの段階の話ではない。あてはめの段階では,むしろ基本的には書くべきである。)とのテーゼは,憲法適合的解釈については成り立たないということだろうか。

少なくとも,司法試験の論文式試験対策との関係では,そのように把握しておく方が,答案で判例の考慮事項・要素と違うことを書かずに済みやすくなるものと思われる。

 

 

さらに,付言すると,司法試験の超上位合格答案[7](公法系科目1位,論文式試験総合4位の合格者の方の答案)でも,憲法論の規範定立に際しての規制態様につき,次の通り,「刑罰」というワードを明記したものがある。少なくとも,そのような記載が大きな減点対象とはされていないものと考えられる。

 

「ここで,人格的生存に不可欠ともいえる上記自由に対し,刑罰という強度の制約を課す法の合憲性は厳格に審査されなければならないと考える。具体的には,目的が重要で,より制限的でない他の選びうる方法(LRA)がないといえない限り違憲と考える。」[8](下線は筆者)

                       

 

憲法論の規範定立に際しての規制態様につき,「刑罰」というワードを書いてはいけないというテーゼは,一体,どこに行ってしまったのだろうか。

 

 

[1] 千葉勝美『違憲審査―その焦点の定め方』(有斐閣,2017年)47頁。

[2] 司法試験受験生においては,さしあたり,堀越事件・世田谷事件を解説した宍戸常寿「判判」平成25年度重要判例解説23-25頁(特に「判旨」(ⅰ)の部分)を参照されたい。

[3] 宍戸常寿先生の『憲法 解釈論の応用と展開 第2版』(日本評論社,2014年)309頁。

[4] 宍戸・前掲注(4)310頁。

[5] 「判断枠組み」など様々な名称が付されるところであるが,平成28年司法試験論文式試験公法系科目の出題趣旨1頁第1段落の名称と同じく「違憲審査枠組み」とした。

[6] 高橋和之立憲主義日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)223頁。

[7] 「超上位(合格)答案」とは司法試験予備校などで多く用いられる表現である。筆者自身の感覚の話ではあるが,当該科目が一ケタ代か概ね20番代までくらいの答案を指すことが多いと思われる。

[8] 辰已法律研究所,西口竜司=柏谷周希=原孝至(監修)『平成28年 司法試験論文週去問答案 パーフェクトぶんせき本』(辰已法律研究所,平成29年)32頁。なお,この答案から学ぶことは多く,司法試験受験生・予備試験受験生は精読し,よく分析されたい。

 

*このブログでの(他のブログについても同じです。)表現は,私個人の意見,感想等を述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。そのため,例えば,私のブログにおける「受験生」とは,このブログの不特定少数又は不特定多数の読者に司法試験や予備試験の受験生がいる場合のその受験生を意味し,特定の大学等の学生(司法試験受験生)をいうものではありません。このブログは,あくまで,私的な趣味として,私「個人」の感想等を,憲法21条1項(表現の自由)に基づき書いているものですので,この点につき,ご留意ください。

公法と司法試験と伊藤塾と私

弁護士・公法研究者の平 裕介(たいら ゆうすけ)と申します。

このたびブログをはじめました。

 

ここでの表現は、私個人の意見、感想等を述べるもので、私の所属団体、関連団体のそれとは関係のないものです。

 

私は、研究者として、行政法(公法)を専攻し、特に行政裁量の統制に関して研究をしています。

また、弁護士として、最近は主に行政関係事件を取り扱っています。

 

これから憲法行政法、労働法(主に公務員法制関係)などに関するブログを書いていくつもりです。

 

司法試験や司法試験予備試験論文式試験・公法系科目(憲法行政法)に関しても関心がありますので,そのことも書ければと思っています。

 

憲法については、次の記事を公表しています。

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ちなみに、@YusukeTaira でTwitterをやっていまして、司法試験関係の事項に関してつぶやくことが多いです。

 

なお、学生時代は、伊藤真先生の伊藤塾中央大学駅前校、山本有司先生のクラス)に通っていました。伊藤塾では、伊藤真先生、山本有司先生、横山えみこ先生、岡伸浩先生、呉明植先生、湊信明先生にお世話になりました。

 

最後に、やや繰り返しになりますが、このブログでの(他のブログについても同じです。)表現は,私個人の意見,感想等を述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。あくまで,私的な趣味として,私の「個人」の感想等を,憲法21条1項に基づき書いているものですので,この点につき,ご留意ください。

 

皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。