平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

東京五輪“学徒動員”は憲法・行政法・国際条約の趣旨に反しないか? ――児童酷使の禁止・児童福祉法・児童の権利に関する条約等との関係の検討

「『子どもの権利は大事ですか』と言われて否定する人はそうそういないが、現実には、子どものためを思う大人が、子どもを危険にさらしている。一つ一つの行動をとらえて、『これは危険です』と具体的に指摘していくしかないだろう。」[1]

 

 

 

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衝撃のニュースであった。

 

 

1 「感染」もとい「観戦」イベントに子どもを誘導する計画

 

小中学生ら81万人を「動員」、拒否で欠席扱いは本当?東京五輪の観戦計画、東京都教委に聞いた(ハフポスト日本版編集部、2021年4月30日)

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_608b5a98e4b05af50dc17c9e

 

 

この記事には、都教委は「校長が判断」とした上で、「子どもたちに不利益にならないような方向で対応してほしい」と呼びかけている、とある。

 

しかし、校長は都教委(や政府・東京五輪組織委)の意向を忖度し、広く子どもを動員するよう呼びかけるだろう。

 

そうすると、親も、子どもも、“みんな”が行くのだろうから、“友達”が行くのだから、自分も(自分の子どもも)参加しよう(参加させよう)という判断し、その結果、多くの子どもが「感染」イベントもとい「観戦」イベントに参加する(させる)ことになってしまうことは、(特に同調圧力の強い国家であればそれは)殆ど明白といえる。

 

以下、このような自治体の行政作用(実質的な政府や組織委と一体的な行為)につき、憲法記念日において、憲法行政法・条約上問題がないかごく簡単に検討してみることとする。

 

 

2 憲法との関係 ~憲法27条3項(児童酷使の禁止)~

 

ところで、日本国憲法第27条3項は、「児童は、これを酷使してはならない」と規定する。

 

憲法27条3項は、同条2項(賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める)の労働条件の中に当然含まれるものと解されるが、それでも3項に特に明示したのは、児童保護の重要性、児童酷使が猖獗を極めた歴史的経緯、そしてそのような経験が労働保護法制の展開を促す契機になったこと、等の理由に基づくものである[2]

 

上記観戦イベントへの子どもの参加は、憲法27条3項の趣旨に反しないだろうか。

 

形式的にみると労働そのものではないとはいえるのかもしれない。しかし、実質的には、政府が推奨する観戦イベントを「成功」させるための要員として重要な役割を演じることとなる役目を担う者であるから、少なくとも、同項おい予備同条2項の趣旨が妥当するというべきではないかと思われる。

 

そして、未来のある児童保護の重要性児童酷使が猖獗を極めた歴史的経緯に照らすと、移動中や観戦中に感染する危険の蓋然性がある、あるいはそのリスクがあるイベントに、小学生5~6年生や中学生などの生徒を参加させる(参加を促す)ことは、上記のことから、憲法上、問題であると言わなければならないだろう。

特に、感染力が非常に強いとされている(3密ではなくても1密・2密でも感染する危険性・リスクが指摘されている)新型コロナウイルスの「変異株」が増えている東京では(すでに全国的に増えているのかもしれないが)においては、上記危険ないしリスクは非常に大きいものといえよう。しかも、人が移動する数が「81万人」ということである。

 

ちなみに、同条2項・3項に関し、労働基準法(抜粋、下線引用者)は以下のように規定するところ、労働基準法の関係規定に照らしても、実質的には、危険な労働をさせることに近いことさせることとなるリスクがあるといえるのであるから、労働基準法あるいは同法の関係規定の趣旨との関係でも問題があるように感じる。

 

 

(最低年齢)

第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない。

2 前項の規定にかかわらず、別表第一第一号から第五号までに掲げる事業以外の事業に係る職業で、児童の健康及び福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受けて、満13歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については、満13歳に満たない児童についても、同様とする。

 

(危険有害業務の就業制限)

第62条 使用者は、満18才に満たない者に、運転中の機械若しくは動力伝導装置の危険な部分の掃除、注油、検査若しくは修繕をさせ、運転中の機械若しくは動力伝導装置にベルト若しくはロープの取付け若しくは取りはずしをさせ、動力によるクレーンの運転をさせ、その他厚生労働省令で定める危険な業務に就かせ、又は厚生労働省令で定める重量物を取り扱う業務に就かせてはならない。

2 使用者は、満18才に満たない者を、毒劇薬、毒劇物その他有害な原料若しくは材料又は爆発性、発火性若しくは引火性の原料若しくは材料を取り扱う業務、著しくじんあい若しくは粉末を飛散し、若しくは有害ガス若しくは有害放射線を発散する場所又は高温若しくは高圧の場所における業務その他安全、衛生又は福祉に有害な場所における業務に就かせてはならない

3 前項に規定する業務の範囲は、厚生労働省令で定める。

 

(坑内労働の禁止)

第63条 使用者は、満18才に満たない者を坑内で労働させてはならない。

 

 

なお、国民・市民の生命や健康の権利(憲法13条参照)との関係につき、基本権保護義務を肯定する見解(有力説とみられる。)に立つのであれば、同義務との関係についても検討すべき問題となろう。

 

 

3 行政法との関係 ~児童福祉法

 

次に、行政法との関係である。

行政法という名称の法典名は日本ではないので、具体的な個別行政法を示すと、それは、児童福祉法である。

 

児童福祉法2条1項は「児童の年齢及び発達の程度に応じて」児童の「最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない」と規定する(後掲、他の関係しそうな規定を含め抜粋)。

 

前記のような感染の大きな危険・リスクや、自分自身が感染した場合(副作用もあると報道されていることは周知の事実である)や大切な家族・親族に感染させてしまった場合(特に高齢者は死亡する危険性が高い)のことを考えると、児童の「心身」を大きく害してしまうことにならないか。

 

例えば、自分の両親や祖父母が、観戦イベントに参加した子ども自身が感染したことによって、家庭内等でさらに感染し、死亡してしまったような場合、子どもの「心身」はどうなってしまうだろうか。

心身が「大きく害される」などという軽い言葉では表現することすら不可能であるくらいの事態が発生することになるのである。児童自身も身体的に健康を害することになる可能性がある上、心理的にも児童に甚大な悪影響を生じさせる状態にさせる可能性もある。

 

このような死亡事例が出たとき、自治体や政府、東京五輪組織委員会は、果たしてその責任がとれるのだろうか。言うまでもなく、とれるわけがないのである。もっとも、因果関係がない、などと述べる周到な用意だけは準備万端なのであろうが(政府や自治体には、コロナに対応する万全な準備を先手先手でしていただきたいところだが…)

 

以上のように、児童を五輪観戦イベントに参加するよう動員をかけることは、児童の「最善の利益」(同項)になるわけがないものように思われてならない。

 

 

第一章 総則

第1条 全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。

 

第2条 全て国民は、児童が良好な環境において生まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない。

2 児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う。

3 国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。

 

第3条 前二条に規定するところは、児童の福祉を保障するための原理であり、この原理は、すべて児童に関する法令の施行にあたつて、常に尊重されなければならない。

 

第一節 国及び地方公共団体の責務

第3条の2 国及び地方公共団体は、児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう、児童の保護者を支援しなければならない。ただし、児童及びその保護者の心身の状況、これらの者の置かれている環境その他の状況を勘案し、児童を家庭において養育することが困難であり又は適当でない場合にあつては児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう、児童を家庭及び当該養育環境において養育することが適当でない場合にあつては児童ができる限り良好な家庭的環境において養育されるよう、必要な措置を講じなければならない。

 

第3条の3 市町村(特別区を含む。以下同じ。)は、児童が心身ともに健やかに育成されるよう、基礎的な地方公共団体として、第十条第一項各号に掲げる業務の実施、障害児通所給付費の支給、第24条第1項の規定による保育の実施その他この法律に基づく児童の身近な場所における児童の福祉に関する支援に係る業務を適切に行わなければならない。

2 都道府県は、市町村の行うこの法律に基づく児童の福祉に関する業務が適正かつ円滑に行われるよう、市町村に対する必要な助言及び適切な援助を行うとともに、児童が心身ともに健やかに育成されるよう、専門的な知識及び技術並びに各市町村の区域を超えた広域的な対応が必要な業務として、第11条第1項各号に掲げる業務の実施、小児慢性特定疾病医療費の支給、障害児入所給付費の支給、第27条第1項第3号の規定による委託又は入所の措置その他この法律に基づく児童の福祉に関する業務を適切に行わなければならない。

3 国は、市町村及び都道府県の行うこの法律に基づく児童の福祉に関する業務が適正かつ円滑に行われるよう、児童が適切に養育される体制の確保に関する施策、市町村及び都道府県に対する助言及び情報の提供その他の必要な各般の措置を講じなければならない。

 

第二節 定義

第4条 この法律で、児童とは、満18歳に満たない者をいい、児童を左のように分ける。

一 乳児満1歳に満たない者

二 幼児満1歳から、小学校就学の始期に達するまでの者

三 少年小学校就学の始期から、満18歳に達するまでの者

 

2 この法律で、障害児とは、身体に障害のある児童、知的障害のある児童、精神に障害のある児童(発達障害者支援法(平成十六年法律第百六十七号)第二条第二項に規定する発達障害児を含む。)又は治療方法が確立していない疾病その他の特殊の疾病であつて障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年法律第百二十三号)第四条第一項の政令で定めるものによる障害の程度が同項の厚生労働大臣が定める程度である児童をいう。

 

 

 

4 国際条約との関係 ~児童の権利に関する条約

 

さらに、児童の権利に関する条約(日本は1994年批准、後掲・抜粋)との関係でも問題があるだろう。

 

同条約24条は、締結国は(日本も)「到達可能な最高水準の健康を享受すること」についての「児童の権利を認める」としており(同条1)、この権利の「完全な実現を追求する」ものとし、特に「予防的な保護」に関するサービスを発展させることなどのための「適当な措置」をとる、とされている(同条2(f))。

 

自治体や政府は、上記のような措置をとるべき(あるいはその趣旨に沿う行政活動をすべき)と解されることから、同条約との関係でも、変異種感染イベントもとい五輪観戦イベントへの動員(同イベントへの誘導)をすることは許されないというべきであろう。

 

移動・観戦の場に児童を近づけないことこそが「予防的」な措置というべきであり、「到達可能な最高水準の健康を享受すること」についての児童の権利の「完全な実現を追求する」行政作用というほかないだろう。

 

 

 

第24条 締約国は、到達可能な最高水準の健康を享受すること並びに病気の治療及び健康の回復のための便宜を与えられることについての児童の権利を認める。締約国は、いかなる児童もこのような保健サービスを利用する権利が奪われないことを確保するために努力する。

2 締約国は、1の権利の完全な実現を追求するものとし、特に、次のことのための適当な措置をとる。

(a) 幼児及び児童の死亡率を低下させること。

(b) 基礎的な保健の発展に重点を置いて必要な医療及び保健をすべての児童に提供することを確保すること。

(c) 環境汚染の危険を考慮に入れて、基礎的な保健の枠組みの範囲内で行われることを含めて、特に容易に利用可能な技術の適用により並びに十分に栄養のある食物及び清潔な飲料水の供給を通じて、疾病及び栄養不良と闘うこと。

(d) 母親のための産前産後の適当な保健を確保すること。

(e) 社会のすべての構成員特に父母及び児童が、児童の健康及び栄養、母乳による育児の利点、衛生(環境衛生を含む。)並びに事故の防止についての基礎的な知識に関して、情報を提供され、教育を受ける機会を有し及びその知識の使用について支援されることを確保すること。

(f) 予防的な保健、父母のための指導並びに家族計画に関する教育及びサービスを発展させること。

 

 

  

5 子どもの「最善の利益」のための議論を

 

本ブログは、各項目についての詳細な検討は行っていないが、コロナ禍における憲法記念日において「児童」が「酷使」されそうになっているのではないかという危惧感から、東京五輪“学徒動員”のニュース憲法行政法・条約すなわち憲法27条3項(児童酷使の禁止の規定)、児童福祉法児童の権利に関する条約の関係規定との関係について、問題提起を行ったものである。

 

本ブログで挙げた規定以外にも関係する規定があるかもしれないが、いずれにせよ、<自治体や政府が「子どもに手を出す」政策・計画を着々と遂行しようとしていることが憲法行政法・国際条約との関係で大きな問題があるのではないか?>という論点の検討、国民的・市民的議論が、今、児童・子どもの「最善の利益」のために必要であるように感じているのである。

 

 

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「子どものため」と言いながら、大人にとっての「管理の都合」ばかりが優先されているのではないか、と感じてしまう場面が多々あるのです。[3]

 

 

 

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[1] 木村草太「子どもの権利を考える——現場の声と法制度をつなぐために」木村草太編『子どもの人権をまもるために』(晶文社、2018年)336頁。

[2] 長谷部恭男編『注釈日本国憲法(3)』(有斐閣、令和2年)59頁〔駒村圭吾〕。

[3] 木村草太「はじめに」木村・前掲注(1)『子どもの人権をまもるために』5頁。

 

 

 

*このブログでの(他のブログについても同じです)表現は,あくまで私個人の意見,感想等を私的に述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。