平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

宇崎ちゃん×日赤の献血ポスターと行政法学における「公共性」

「頽廃 裸体 安全圏

既にもう女として生まれた才能は発揮しているのだけど

脱がせて欲しい」*1

 

 

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「宇崎ちゃんは遊びたい!」×日本赤十字社献血コラボキャンペーンのポスターの件が最近Twitter等で話題である。

 

「公共」の場では問題があるなどの批判的コメントがあるのに対し、そこにいう「公共」が結局のところ批判的コメントをする者に都合の良い恣意的なものとないっていないか、といった反論もある。

 

いわゆるオタクの方々の感性など、私には十分に理解できないところもあるが、意見が対立し、また議論が錯綜しているのは、この「公共」の意義の難しさが一因となっているものと思われる。

 

 

そもそも、「公共」とは、何なのか。

このことに関して、行政法(公法)の見地から若干のコメントをしてみたい。

 

 

1991年の日本公法学会・第ニ部会のシンポジウム*2の討論要旨によると、宮崎良夫会員(東京大学教授)は、「公共」と「公共性」の概念の違いに留意する必要があるとした上で、次のように述べている。

 

「行政の公共性とは、行政が公的なことがらをつかさどる資格の属性、あるいは、行政の妥当性・合理性・公正さ」である。」*3

 

 

また、最近(今月1日発行の法律雑誌)の御玉稿であるが、亘理格・中央大学教授は、次の通り「公共性」の意味合いに関して指摘する。

 

「『公共性』は、一定の規範や政策の採否が争われる場合において、採択を決定づける根拠として援用される場合があり、その中には、通常は否定又は排除される可能性の高い新たな提案を正当なものと認定するための根拠として、『公共性』が援用される場合も含まれる。後者の場合、『公共性』には、排除から受容への転換を図るために超えなければならないバリアという意味合いがあ」*4る。

 

 

宮崎教授の述べる「公共性」には、(行政の)妥当性・合理性・公正さという3要素が含まれており、法律による行政の原理に照らすと、いずれも適法性合憲性を前提にするものと読める一方で、それだけにはとどまらない専門的・政策的見地等からの妥当性をも含む概念といえ、その意味を捉えることが極めて難しいことを示しているように思われる。*5

 

また、亘理教授によると、『公共性』には、行政決定等において、ある提案が、否定・排除されず、受容されるものとなる場合のハードル的なものという面があるといえよう。

 

 

以上を今回の宇崎ちゃん×日赤のポスターの件についてみると、①女性の差別されない権利、フェミニズムゾーニング規制の必要性等、献血・広告の必要性等、表現(広告)の自由、漫画家等の表現の自由・営業の自由、他のポスターとの平等性、逆差別ないしレッテル貼りの問題などなど、さまざまな考慮すべき、あるいは検討する事項があり、議論がかみ合わない状況が生じているのは殆ど必然的ともいえるだろう。

 

また、今回の件で、公共性は、②一定の表現(図画)が不特定多数人の者が閲覧可能な場に置かれるためのハードルないし超えなければならないバリアとしての面を持つものといえ、一定の表現(図画)を支持する側からの反発の対象にもなりうるものとなってしまっている。

 

 

結局のところ、この問題は、行政法学や憲法学を含む法学の知見だけで解決することは(おそらく)不可能な問題といわなければならないだろう。

 

法学の知見は問題解決に有益ではあるが、この問題には、合憲性・適法性だけではなく、妥当性に係る考慮事項が併存するため、法学の知見だけでは、問題を解決することはできないということである。

宇崎ちゃんと日赤がコラボしたように、法学における知見と他の領域における知見とのコラボが問題解決の鍵となるのではなかろうか。

 

 

当たり前のことであろうが、法学は万能ではない

 

ゆえに、法曹・法律家は、この問題については、特に慎重に考えるべきであるように思われる。

 

 

 

 

*1:椎名林檎「病床パブリック」同『勝訴ストリップ』(2000年)。

*2:なお、司会は、室井力会員、藤田宙靖会員、そして宇賀克也会員の3会員である。

*3:法研究54号(1992年)235頁。

*4:亘理格「『公共性』の意味をどのように解すべきか」法律時報91巻11号(2019年)7頁(9頁)。

*5:行政の妥当性の点に関し、行政法行政不服審査)における妥当・不当の基準について考察を加えた主な拙稿として、①平裕介「行政不服審査法活用のための『不当』性の基準」公法研究78号(2016年)239~248頁、②同「行政不服審査における不当裁決の類型と不当性審査基準」行政法研究28号(2019年)167~199頁がある。なお、②は、公法研究81号(2019年)の「学会展望」(行政法、291~292頁)でも紹介されている。