平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

大澤東京大学特任准教授に対する懲戒処分は、懲戒解雇の有効要件を満たすものか?

 「『機械の様に余り馬鹿にしないで』って云いたい」[1]

 

 

**************

 

 

東京大学の公式ウェブサイトによると、東京大学(本部広報課)は、2020年(令和2年)1月15日付けで、大澤昇平特任准教授に対する懲戒処分を公表した。

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z1304_00124.html

 

筆者は、主に次の3つの理由から本件の懲戒処分の件に関心を抱いた。

 

すなわち、〔1〕筆者は、公務員に対する懲戒処分を含む不利益処分の適法性等の法的問題につき、法律実務書や小論を公表しており[2]、そこでの(行政法の)議論は、労働法で議論される(民間の)懲戒処分の適法性の話と類似するところが多いため、本件の懲戒処分(民間同様、就業規則等に照らしなされるもの)にも興味を持ったこと、〔2〕実務(弁護士業務)で労働案件を担当した経験、〔3〕本件の懲戒処分の適法性につき、関連する裁判例に照らすと懲戒権濫用審査における相当性の原則等との関係で議論の余地があるように思われること、などの理由から本件に注目したのである。

以下、簡単に検討してみたい。

 

1 本件懲戒処分の概要

 

(1)懲戒処分の理由

 

本件の懲戒処分の理由は、以下のとおりとされている。

 

(以下、上記ウェブサイトを引用(下線・太字は引用者))

 

懲戒処分の公表について

 

 令和2年1月15日

 東京大学

 

 東京大学は、大学院情報学環 大澤昇平特任准教授(以下「大澤特任准教授」という。)について、以下の事実があったことを認定し、1月15日付けで、懲戒解雇の懲戒処分を行った。

<認定する事実>  大澤特任准教授は、ツイッターの自らのアカウントにおいて、プロフィールに「東大最年少准教授」と記載し、以下の投稿を行った。

(1) 国籍又は民族を理由とする差別的な投稿 (2) 本学大学院情報学環に設置されたアジア情報社会コースが反日勢力に支配されているかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿

(3) 本学東洋文化研究所が特定の国の支配下にあるかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿

(4) 元本学特任教員を根拠なく誹謗・中傷する投稿

(5) 本学大学院情報学環に所属する教員の人格権を侵害する投稿

 

 大澤特任准教授の行為は、東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則第85条第1項第5号に定める「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」及び同項第8号に定める「その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為があった場合」に該当することから、同規則第86条第6号に定める懲戒解雇の懲戒処分としたものである。

 

<添付資料>

東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則(抄)

東京大学における懲戒処分の公表基準

 

 東京大学理事(人事労働担当)

 里見 朋香

 

 東京大学では、大学の依って立つべき理念と目標を明らかにした「東京大学憲章」の前文で、『構成員の多様性が本質的に重要な意味をもつことを認識し、すべての構成員が国籍、性別、年齢、言語、宗教、政治上その他の意見、出身、財産、門地その他の地位、婚姻上の地位、家庭における地位、障害、疾患、経歴等の事由によって差別されることのないことを保障し、広く大学の活動に参画する機会をもつことができるように努める。』と明記しています。この東京大学憲章の下、東京大学は「東京大学ビジョン2020」を策定し、誰ひとり取り残すことのない、包摂的(インクルーシブ)でより良い社会をつくることに貢献するため、全学的に教育・研究に取り組んでまいりました。

 

 東京大学の構成員である教職員には、東京大学憲章の下で、それぞれの責任を自覚し、東京大学の目標の達成に努める責務があります。そのような中で、対象者により、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)上で、「東大最年少准教授」の肩書きのもとに国籍・民族を理由とする差別的な投稿がなされたこと、また本学の元構成員、現構成員を根拠なく誹謗・中傷する投稿がなされたこと、それによって教職員としての遵守事項に違反し、ひいては東京大学の名誉又は信用を著しく傷つけたことは誠に遺憾です。このような行為は本学教職員として決して許されるものではなく、厳正な処分をいたしました。

 

 東京大学としては、その社会的責任にかんがみ、今回の事態を厳粛に受け止めております。今後二度とこのような行為がおこらないよう、倫理規範を全教職員に徹底するとともに、教員採用手続や組織運営の在り方を再検証するなど、全学を挙げて再発防止に努めます。また、世界に開かれた大学として、本学の教職員・学生のみならず、本学に関わる全ての方々が、国籍や民族をはじめとするあらゆる個人の属性によって差別されることなく活躍できる環境の整備を、今後も進めていく所存です。

 

(以上、引用終わり)

 

(2)寄付講座(寄付停止の方針)に関して

東京大学東京大学大学院情報学環長・学際情報学府長)は、2019年12月13日付けで、「大澤昇平特任准教授による2019.12.12付のSNS書込みに対する見解」を公表しており(次のウェブサイト)、「情報学環としては、今回各社からの寄付停止の方針となったのは、当該教員〔=大澤特任准教授〕のSNSにおける不適切な書込みが原因であると認識しており」、「この書込みが、東大憲章の理念に反し、情報学環の原則に照らして許容できない差別に該当することはこれまでも述べてき」たと述べている。

 

http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/news/2019121311096

しかし、上記(1)のとおり、今回の懲戒解雇の理由には、この「寄付停止の方針」との結果となったことについては明確な記載がない

 

上記サイトでは、東京大学の寄付講座は、東京大学寄付講座等要項に基づき、「個人又は団体の寄附による基金をもってその基礎的経費を賄うものとして、学部及び研究科等の大学院組織等に置かれる講座」のことをいうとされ、寄付講座の基金国立大学法人である東京大学が受け取るものであり、特定個人が受け取るものではないと説明され、また、情報学環に設置された寄付講座の実施内容と大澤氏のDAISY社の事業内容とは関係していないと説明されている。

そして、かかる寄付講座の停止は大学や受講者にとって不利益な結果と考えられ、以下のとおり、「故意または過失により大学法人に損害を与えた場合」(懲戒事由につき定めた就業規則85条1項3号)のような規定もある(同号の場合に当たる余地もあろう)。

 

にもかかわらず、東京大学としては、懲戒解雇の理由として、「寄付講座」の停止の件にあえて触れなかったように読め、やや不自然な感じがするのである。この点については後程また検討する。

 

東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則(平成16年4月1日東大規則第34号)第85条1項(以下引用)

 短時間勤務有期雇用教職員が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処する。

(1) ~ (2) (略)

(3) 故意又は重大な過失により大学法人に損害を与えた場合

(4) (略)

(5) 大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合

(6) ~ (7) (略)

(8) その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行

為があった場合

(以上、引用終わり)

 

 

2 懲戒権の濫用の審査における相当性の原則

 

以上要するに、本件は、教員(大澤氏)によるツイッターTwitter)の書き込みが懲戒事由を基礎づけるものとされ、大学による当該教員への懲戒解雇がなされた事案である。

では、この懲戒解雇は違法・無効か。適用される規定や審査方法が問題となる。

 

(1)懲戒解雇の場合に適用される規定

懲戒解雇は、懲戒処分としての有効性と同時に、解雇でもあり、労働契約法(労契法)は懲戒権濫用(労働契約法15条)の規定と解雇権濫用(同法16条)の規定を置いているところ、懲戒解雇については、同法15条によってなされると整理すべきとの見解(A説)もある[3]。しかし、同法15条と16条とは判断の内容が同一ではないこと[4]などから、両規定は重畳的に適用されるものと解すべきであり(B説)[5]、期間の定めのある労働契約の場合(同法17条)の場合も、B説と同様に、同法15条と17条とが重畳的に適用されるべきであろう。

 

(2)懲戒解雇の有効要件としての相当性原則

労契法15条は、懲戒解雇を含む懲戒処分につき、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には懲戒権の濫用として、当該懲戒処分が無効となると定めている。

 

そして、懲戒権の濫用の判断に際して考慮されるのは次の3点である。

すなわち①相当性の原則違反行為の程度に照らして均衡のとれた懲戒処分でなければならないという原則)。②平等取扱い原則(同等の義務違反(非違行為)については(従前の先例に比して)同等の処分がなされるべきとの原則)、③適正手続の要請(懲戒を行うに際しては、本人に弁明の機会を与える必要があること)である。[6]

 

(3)有期雇用の場合には懲戒解雇のハードルが上がること

期間の定めのある場合は、期間の定めのない場合よりも懲戒解雇を正当化する事由としてより重大な事由であることが求められる。無期労働契約における解雇の場合の客観的に合理的で社会的に相当な理由に加えて、期間満了を待たずに直ちに雇用を終了させざるを得ない特段の重大な事由が存在することが必要となると解すべきである。[7]


有期雇用の場合には解雇するためのハードルが上がり、より慎重な審査がなされる(つまり解雇が違法になりやすい)ということである。

 

 

3 東京高判平成29年9月7日との関係

 

本件との関係で参照すべき判例・裁判例はいくつかあるものと考えられるが、さしあたり、次の裁判例東京高判平成29年9月7日判タ1444号119頁、以下「本判決」という。)が参考になると思われる。本判決は、大学教員による電子掲示板への書き込みが懲戒事由とされ、大学による当該教員への懲戒解雇が懲戒権の濫用として無効とされた一種の事例判決である(120頁)。

本判決の事案の概要と判旨を簡単に紹介しよう。

 

(1)事案の概要

ア 当事者

 控訴人Yは、私立大学である甲大学及び甲短期大学を設置・運営する学校法人である。

 被控訴人Xは、平成7年に東京大学大学院薬学系研究科修士課程を修了し、平成7年から平成22年まで厚生労働省厚労省)において、厚生労働技官として、薬事行政、審査、研究等に従事し、平成22年11月1日から甲大学薬学部薬学科において准教授として勤務し、薬学入門、臨床薬学特論等の講義を担当していた。

 

イ Xによる電子掲示板サイトへの投稿

 Xは、平成27年3月30日から同年6月15日までの間、電子掲示板サイトである「2ちゃんねる」(以下、単に「2ちゃんねる」という。)内の掲示板「〈省略〉【転載禁止】〔C〕2ch.net」(本件掲示板)に、甲大学の准教授であるA及び同人が子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関して執筆した「〈題名略〉」という論文(本件論文)について、匿名で、原判決別紙3記載の10件の投稿(本件投稿)をした。

 

ウ AによるYの人権委員会に対する申立て、自主退職の勧奨及び懲戒解雇

 Aは、訴訟等を通じて、本件掲示板に本件投稿をしたのが、Xであることを知り、平成28年1月4日、Yの人権委員会に対し、本件投稿がYのハラスメント等防止規程2条(4)所定のハラスメントに当たるとして、人権侵害の調査と処罰に関する申立て(本件申立て)をした。

 Yの人権委員会及び懲罰委員会(本件懲罰委員会)は、Xの弁明を聴き、その結果、本件懲罰委員会は、Xに対し、平成28年2月15日午後5時までに退職願を提出すれば、これを受理するとして、自主退職を促したが、Xは、期限までに自主退職をしなかった。

 そこで、Yは、平成28年2月16日、被控訴人の本件投稿がYの就業規則4条(1)(学園の名誉を毀損し、学園及び職員としての信用を傷つけるような行為)及び同条(6)(学園の指示に反する行為)に該当し、就業規則31条(2)(第4条各号に掲げる行為があったとき)及び同条(9)(前各号に準ずる行為があったとき)の懲戒事由に該当するとして、被控訴人を懲戒解雇処分とした。

 

(2)判旨

 原審(東京地判平成29年2月13日判例タイムズ1444号128頁)は、被控訴人Xの請求のうち、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求及び賃金の支払請求につき、一部認容判決をし、控訴審(本判決)も、控訴棄却し、X勝訴部分(控訴人Y敗訴部分)を維持する判断が下された。

 

 本判決は、主に上記相当性の原則の当てはめに関して参考になる裁判例といえよう。

 

(以下、本判決の一部を引用(下線・太字は引用者))

 

 本件投稿は、2ちゃんねるの匿名の電子掲示板になされたものであるところ、匿名の電子掲示板における書き込みは、無責任で根拠のない書き込みもしばしば見られる一方で、真実の書き込みがあることもあり(公知の事実)、これらを踏まえて、一般の読者は、各書き込みの内容、その具体性の程度及び表現振りを考慮して、その信用性を判断しつつ、掲示板を閲覧しているものと解される。  そうすると、本件投稿の内容は、Aの実名が書かれているものの、「相当やばい」「捏造」「被害者多数」などといずれも抽象的な表現振りであり、その根拠を具体的に示すものではないから、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、誹謗中傷の域を出ない投稿であると読解するものと認められる。このことは、Aの名誉感情の侵害の程度やハラスメントの程度を減ずるものではないが、Aの社会的評価の低下の程度を考える上では、斟酌されるべき事情に当たるということができる。  また、被控訴人は、遅くとも、平成28年2月8日の人権委員会及び懲罰委員会を開催するとの本件通知以後には、2ちゃんねるへの投稿を止めており、また、本件人権委員会において、謝罪する意思はないとしつつも、今後、2ちゃんねるへ投稿するつもりはないと述べている。……  これらの事情は、本件通知後も、2ちゃんねるへの投稿を継続していたとする場合と比較すれば、たとえ、被控訴人が自発的に投稿を中止し、Aや控訴人に対し、謝罪の意思を表していなかったとしても、Aに対する被害発生が防止されているという点では、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるというべきである。  なお、仮に、被控訴人が、自ら専用スレッドを立ち上げるなどして殊更注目を集める方法で本件投稿をしたものではなかったとしても、そのことは、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるとはいえない。  また、被控訴人がAと別件反訴において、訴訟上の和解をした事実が認められるとしても……、その事実は、本件懲戒解雇後の事情であるから、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるとはいえない。  以上の事情のうち、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に加えて、認定事実(8)によって認められる、〔1〕被控訴人は、控訴人から、これまで懲戒処分や注意指導を受けたことはなかったこと、〔2〕被控訴人は、控訴人から本件懲戒解雇を受け、准教授としての身分を喪失すれば、他大学への転職は著しく困難となること、〔3〕被控訴人の本件投稿によって、本件大学において学生に対する指導や運営等において、現に具体的な支障が生じていることを認めるに足りないことも、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるというべきである。

 

(中略)

 

 控訴人は、本件懲戒解雇が社会通念上相当な理由として、要旨、次のように主張する。すなわち、被控訴人には、本件投稿がAの名誉を毀損し、ハラスメントに当たるとの認識がなく、また、反省が認められず、謝罪もないのであるから、被控訴人に対する反省の機会を与えるための軽い処分には、実効性がなく、減給や停職といったより軽い懲戒処分を選択することにより被控訴人に反省の機会を与える必要はない上、被控訴人が、控訴人から懲戒処分や注意指導を受けたことがないとしても、控訴人において、被控訴人による本件投稿以外の投稿を把握して注意処分等をすることは困難であり、さらに、控訴人は、掲示板に対する書き込みに対する注意等を喚起してきたのであるから、かねてより注意し警鐘を鳴らしていた事項について違反行為があれば、懲戒解雇をすることもやむを得ないものであるなどの事情を考慮すれば、本件懲戒解雇は社会通念上相当な処分である旨主張する。 しかし、……被控訴人にとって有利・不利に働く一切の事情を総合考慮すれば、被控訴人に対して本件懲戒解雇を行うことは、重きに失して客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない(なお、控訴人は、被控訴人が、控訴人と真摯に本件に伴う今後の処遇について話合いをしようとしても、それをすることができない状況を作った旨主張するが、被控訴人が本件投稿の正当性を主張すること自体は妨げられないから、そのことをもって、被控訴人が控訴人と話し合えない状況を作り出したものと評価することはできない。)。

 

(以上、引用終わり)  

(3)本判決と大澤特任准教授の懲戒解雇との関係(本判決の射程が及ぶか)

 

本判決の事情と大澤特任准教授の懲戒解雇の事情とは異なる部分も少なくないようにもみえるし、そもそも後者の事情の詳細を把握していないので具体的な検討はできないが、少なくとも以下のことが指摘できるだろう。

 

すなわち、(A)ウェブサイトへの書き込みにつき、大学がかねてより注意喚起していたにも関わらず、それに対する違反行為がなされたことや、(B)被懲戒者本人の反省が認められないこと、(C)被懲戒者が投稿行為の正当性を主張することといった事情は、これらだけでは懲戒解雇の相当性を基礎づけるには弱いものといえる。なお、上記(C)のことから、大学と被懲戒者とが話し合えない状況が作り出されたと評価することは適当ではない。

 

また、(D)被懲戒者がこれまで懲戒処分や注意指導を受けたことがあったか否かや、(E)懲戒解雇を受け、准教授としての身分を喪失した場合に、他大学への転職は著しく困難となることなども被懲戒者に有利な事情として考慮する必要があるだろう。

 

大澤特任准教授の懲戒解雇の件については、本判決とは異なる点として、(F)2ちゃんねるへの投稿ではなく、本人名義のアカウントでのツイッターへの投稿(ツイート)であること、(G)同アカウントのプロフィールに「東大最年少准教授」と所属する大学との関係を記載していたこと[8]、(H)問題の発端が特定の教員や学生個人への誹謗中傷ではなく、国籍又は民族を理由とする差別的な投稿にあったこと[9]などが挙げられ、これらの点をどのように評価するか、あるいは大学側に有利な事情をどの程度考慮・重視するかなどにより、大澤特任准教授への懲戒解雇が解雇権濫用とされる否かが変わってくるように思われる。

 

したがって、上記(A)~(H)の事情その他の考慮すべき事情を考慮検討した上で、例えば、大澤特任准教授への懲戒解雇の件が本判決の射程が及ぶような事案といえる場合には、本件の(大澤特任准教授への)懲戒解雇は、懲戒権濫用により無効となると考えられる。

 

(4)懲戒理由として寄付講座停止の方針の件に触れていないことに関して

前記1(2)のとおり、東京大学は、大澤氏の懲戒理由として寄付講座停止の方針の件につき、明確な記載を避けたようにもみえる。

 

事案の詳細が分からないので感想めいた話ではなるが、直観的には、寄付講座の停止(の方針)という重大な結果が生じた点を考慮し、そのことに関する懲戒事由を別途懲戒解雇の理由としているというのであれば、懲戒解雇の有効要件は満たしやすかったのではないかと考えられる。

 

しかし、東京大学寄付講座等要項(以下のサイト参照)は、教員の不祥事による寄付の停止について想定した規定を置いていない(少なくとも明確にそれが読み取れる規定はない)ことから、大学側としても、懲戒処分の理由には寄付停止の件を明記したくはなかったのではないかと思われる。明記してしまうと、今回の一見が教員の不祥事(SNSの発言)による寄付講座停止という寄付講座要項の想定しない事由を事実上認める前例を作る結果となり、今後の寄付講座の運営に支障を来すおそれがあると判断したため、そのような結果やリスクを避けたものと推測されよう。

 

東京大学寄付講座等要項)

https://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/au07403811.html

 

とはいえ、上記のとおり、寄付講座停止の件を懲戒解雇の理由に加えなかったことは、今回の懲戒解雇の有効要件(相当性)を満たすかどうかという争点との関係では、大学にとって消極的な事情となるものと考えられる。

 

なお、使用者が認識しつつも懲戒の理由としなかった非違行為を追加主張することはできないものと解される[10]ことから、大学が上記寄付講座停止の方針の件を追加的に懲戒理由として主張することは難しいだろう。

 

(5)まとめ

 

今回の大澤氏の件については、判例・裁判例や学説に照らすと、労働者に重大な非違行為[11]があったことを示す理由しては、決して盤石のものではないとの印象を受ける。懲戒解雇の有効要件(特に相当性)を満たすかという点が、事実関係次第では、かなり微妙なものとなるのではなかろうか。

 

その主たる理由は、寄付講座停止の方針の件を懲戒解雇の理由として明記しなかった点にある。

 

   

 

_____________________________

[1] 椎名林檎「警告」同『無罪モラトリアム』(1999年)。

[2] 平裕介「公務員に対する不利益処分等の行政手続」山下清兵衛編著『法律家のための行政手続ハンドブック 類型別行政事件の解決指針』(ぎょうせい、令和元年)101頁、平裕介「君が代起立斉唱命令違反を理由とする教員に対する懲戒停職処分の裁量統制」自治研究93巻6号(2017年)123頁。関連する拙稿として、平裕介「行政不服審査法活用のための『不当』性の基準」公法研究78号(2016年)239頁、平裕介「地方公務員に対する分限免職処分の『不当』性審査基準に関する一考察」日本大学法科大学院法務研究14号(2017年)115頁。

[3] 荒木尚志『労働法〈第3版〉』(有斐閣、2016年)470頁等。解雇権は民法627条により一般に当然に発生するのに対し、懲戒権は就業規則等の線拠規定があって初めて発生するものであることなどがその根拠である。

[4] 懲戒解雇の有効要件と普通解雇のそれは異なる。山口幸雄=三代川三千代=難波孝一編『労働事件審理ノート[第3版]』(判例タイムズ社、2011年)13頁。

[5] 水町勇一郎『詳解 労働法』(東京大学出版会、2019年)566頁。レイズ事件・東京地判平成22年10月27日労判1021号39頁参照。

[6] 荒木・前掲(3)471頁。

[7] 水町・前掲(5)387頁。

[8] なお、個人への名誉棄損が組織への名誉棄損になるかという問題に関し、松尾剛行『最新判例にみるインターネット上の名誉棄損の理論と実務』(勁草書房、2016年)128頁以下が参考になる。

[9] 何らかの集団全般を対象とする表現による名誉棄損の成否に関し、松尾・前掲注(8)124頁以下。また、不法行為ヘイトスピーチにつき、梶原健佑「不法行為としてのヘイトスピーチ」別冊法学セミナー260号(2019年)67頁以下参照。

[10] 三浦隆志「懲戒解雇」白石哲編著『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』(商事法務、2018年)394頁。山口観光事件・最一小判平成8年9月26日判タ922号201頁参照。

[11] 水町・前掲(5)387頁。