令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法 解説速報(3) 答案例その2
「真実からは嘘を
嘘からは真実を
夢中で探してきたけど」[1]
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前々回のブログの続きである。
1 司法試験実施後のニュース記事の紹介
「フェイクニュース対策、有識者会議が本格議論」(読売新聞オンライン,2019年5月25日 7時16分)
(以下,記事を引用)
総務省の有識者会議は24日、インターネット上の偽ニュース(フェイクニュース)対策について本格的な議論を始めた。
今後、「表現の自由」に配慮しながらネット上のニュースの信頼性を高めるための具体策の検討を進め、年内に方向性を示す予定だ。
会議では、偽ニュースかどうかを独自に調べる「ファクトチェック」の普及に取り組む非営利団体から聞き取りを行った。「多種多様なファクトチェック団体の活動が国内で活性化するための環境整備をしてほしい」といった意見が出た。
欧米では、SNSなどのプラットフォーム事業者を通じ、偽ニュースが拡散することが深刻化している。欧州連合の執行機関・欧州委員会は、2018年9月に偽情報に関する行動規範を公表するなど対策に乗り出している。有識者会議は今後、欧米の取り組みを参考に国内での対応策を検討する。
(記事の引用終わり)
ところで,本秀紀名古屋大学教授は,次の通り述べる。
「説明責任の放棄、公文書の改震・隠蔽など、通常の立憲民主主義国家では想定できないような事態があいつぎ、立憲主義や民主主義の基盤が根底から覆されようとしている。(中略)
目を世界に転じると、一国の『最高責任者』がフェイク・ニュースを吹聴し、排外主義的な言説で『自国ファースト』を煽っている。」[2]
日本においても,「最高責任者」が政府言論としての「フェイク・ニュース」を吹聴していないだろうか。
立憲主義及び民主主義の基盤を守るために,フェイクニュースの対策以前に,政府として,やるべきことがあるように思われる。
2 令和元年司法試験論文の答案の「一例」(前々回の続き)
(第1(立法措置①の合憲性)・2(実体審査関係)については,前々回のブログをご笑覧いただきたい。)
第2 立法措置②の合憲性
1 法案の明確性
(略)
2 SNS利用者の選挙運動の自由
(1)法案9条は, SNS事業者が選挙運動の期間中等に「特定虚偽表現」があることを知ったときは,速やかに当該表現を削除しなければならないとし,SNS事業者に削除義務を課しており(1項),また,削除の措置がなされない場合には,フェイク・ニュース規制委員会(以下「規制委」という。)が削除命令をなしうるとして(2項),SNSのサイトに一定の投稿内容を表示し続ける行為を禁止し,その違反があった場合には刑事罰による強制措置をとるとしている(法案26条・27条)。そこで,SNS利用者は,特定虚偽表現をSNS上で公表した場合,上記法案の仕組みにより,自身の表現がSNSのサイトから削除されうることとなることから,法案9条等は,SNS利用者の選挙運動の自由(21条1項)を侵害し,法令違憲とならないか。[3]
(2)まず,表現の自由は民主政の運営を支える基礎的な人権であり,議会制民主主義において議員の選挙は民主政の運営における重要な契機であるから,選挙運動の自由は,21条1項により保障されると考える[4]。また,前述したとおり,SNSで虚偽表現を行う自由も,同項により保障される。
したがって,SNSを利用して選挙運動の期間中等に「特定虚偽表現」に係る情報を他のSNS利用者に伝達[5]して選挙運動を行う自由も,「(その他一切の)表現の自由」として,同項により保障される。
(3)上記のとおり,削除義務や削除命令は直接にはSNS事業者宛てのものではあるが,法案9・26・27条等の仕組みにより,特定虚偽表現がSNS事業者によってSNSのサイトから削除されることとなると,他のSNS利用者という情報の受け手に情報が届かなくなるため,同自由の制約も認められる[6]。
(4)判断枠組み
同自由は,前述したとおり,民主政の運営を支える点で高い自己統治の価値を有するとともに,選挙運動に際しての意見交換等を通じて自己の人格を発展[7]させることにも資するから,自己実現の価値もある。
他方で,選挙運動の規制については選挙の公正を確保すべく「選挙に関する事項」(47条)に関して広い立法裁量が認められる場合がある[8]。そのため,法案9条等についても,個別訪問を禁止する公選法の規定[9]を合憲とした最高裁判例の緩やかな判断枠組み(規制目的の正当性,目的と手段との合理的関連性及び利益衡量の審査)[10]が妥当するようにも思える。
しかし,SNSには散在する少数派の声を結びつけるという特性がある[11]ことにも照らすと,SNSを多数の国民が日常的に利用する今日においてはSNS利用者の選挙運動の自由は特に手厚く保障されるべきである。
したがって,同判例の判断枠組みは法案9条等の違憲審査には妥当せず,中間審査基準[12]か,あるいは,選挙のルールであるため立法裁量があることを前提とするとしても,少なくとも立法の判断過程を慎重に審査する手法によるべきである[13]。
(5)判例の立場の問題点
仮に同判例の判断枠組みが妥当するとしても,同判例の立場には問題があると考える[14]。すなわち,①同判例は,個別訪問の禁止は,意見表明そのものの制約を目的とする直接的制約ではなく,意見表明の手段方法のもたらす弊害防止を目的とする間接的・付随的制約にとどまることを理由として挙げるが,判例の区分については前者が過度に狭く不当であり[15],内容に着目した規制である[16]から,個別訪問の禁止も規制態様の強い直接的な内容制約とみるべきである。また,②関連性審査において,戸別訪問が選挙腐敗の温床となりうることにつき,立法事実に基づく論証がなされているわけではない[17]という問題もある。[18]
そこで,やはり,中間審査基準によるか,立法の判断過程を慎重に審査すべきである。
(6)個別的・具体的検討[19]
ア 中間審査基準による場合,選挙の公正確保という規制目的は重要であるとしても[20],手段が実質的関連性を欠くものといえないか。
この点につき,法案を合憲とする立場から,法案9条1項1号が虚偽表現であることの明白性を,同項2号が選挙の公正が著しく害されるおそれがあることの明白性をそれぞれ要求しており,特定虚偽表現の規制が限定的であるため,実質的関連性がある旨主張されることが予想される。
しかし,SNS事業者やその関係者が,刑罰,特に両罰規定(27条)をおそれるあまり,また経費を節約するためにも,法案9条1項1号・2号についての厳密な判断を放棄し,特定虚偽表現ではない内容の投稿まで安易に削除するようになる蓋然性が高い[21]。そこで,SNS事業者のより慎重な判断を促すべく,これらの要件に加え,少なくとも苦情の件数が一定数(例えば100件以上)ある要件が規定されるべきであるから,法案9条は規制の相当性を欠くものといえる。また,下記イの事情からそもそも十分な立法事実があるとはいえない。ゆえに,目的と手段との実質的関連性があるとはいえない。
イ ①立法の判断過程を慎重に審査して立法裁量を統制する判断枠組みによるとしても,乙県の知事選挙の1件の事象のみ,しかも選挙の公正が害されたのではないかと「議論が生じた」にとどまることを考慮ないし重視しているといえ,立法過程に他事考慮ないし事実の過大評価がみられる。また,②かかる1件や他の県の選挙につき,虚偽のニュースと候補者落選との因果関係等につき詳細な検証がされたという事情もみられないことから,考慮不尽があるといえる。さらに,③個別訪問の場合のように,買収・利害誘導等の不正行為の温床となること,選挙人の生活の平穏を害すること,候補者の出費が多額となることなどの弊害は,本法案では生じないか,その程度が低いといえるため,これらの事情も考慮されるべきである(考慮不尽)。
したがって,立法の判断過程は不合理であり,その結果,法案9条等は社会通念上著しく妥当性を欠くものというべきである。[22]
(7)以上より,法案9条等は,SNS利用者の選挙運動の自由を侵害し,違憲である。
3 SNS事業者の自由
(次回以降のブログで答案例を示す予定である。)
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「今 僕のいる場所が 探してたのと違っても
間違いじゃない いつも答えは一つじゃない」[23]
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[1] Mr.Children(作詞 桜井和寿)「Any」(2002年)。
[2] 本秀紀編『憲法講義第2版』(日本評論社,2018年)ⅰ頁「第2版へのはしがき」〔本秀紀〕。下線引用者。
[3] (1)の部分は,冒頭部分(書き出し)である。この冒頭部分の答案の枠組みについては,2017年10月9日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その3 憲法答案の『冒頭パターン』」や,2017年10月20日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その5 出題趣旨から探究する『答案枠組み』」を参照されたい。
[4] 曽我部真裕「判例の流れ 参政権(1) 選挙権・選挙運動規制」淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)317~318頁(318頁)参照。同318頁は,「選挙運動や政治活動に対する規制について…これらの活動の自由は表現の自由(21)に含まれると考えられる。周知のように,二重の基準論の有力な根拠の1つとして,表現の自由は民主政の運営を支える基礎的な基本権であるというものがあるが,議会制民主主義において議員の選挙は,民主政の運営における重要な契機であり,上記のような議論からは,選挙運動や政治活動の自由はもっとも手厚く保障されなければならないということになりそうである。」とする。
[5] 木村草太『司法試験論文過去問 LIVE解説講義本 木村草太 憲法』(辰已法律研究所,2014年)(以下「木村・LIVE本」という。)159頁(平成20年新司法試験論文憲法につき検討している章の頁)は,「大きく論じる必要はありませんが,表現の自由の保護範囲には,情報が受け手に届くことまでが含まれることを,意識的に論じましょう。」(下線引用者)とする。
[6] 木村・LIVE本159頁は,情報が削除されるわけではなく,一定の手続を踏まなければ閲覧できなくするフィルタリングソフトの事案(平成20年新司法試験論文憲法・出題趣旨第2段落参照)についての解説ではあるが,「フィルタリングによりホームページを閲覧できなくするわけですから,受け手に情報が届かなくなってしまいます。制約は問題なく認定できるでしょう。」(下線引用者)とする。
[7] 芦部信喜,高橋和之補訂『憲法 第七版』(岩波書店,2019年)(以下「芦部・憲法」という。)180頁。
[8] 曽我部真裕「判批」(個別訪問の禁止を合憲とした最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(327頁)参照。
[9] ちなみに,主要8か国(G8…日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・カナダ・イタリア・フランス・ロシア)で個別訪問の規制についての規定があるのは,日本だけである(安念潤司ほか編著『憲法を学ぶための基礎知識 論点 日本国憲法[第二版]』(東京法令出版,2014年)174頁〔青井未帆〕)。
[10] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(326頁)参照。
[11] 曽我部真裕「インターネット選挙運動の解禁―初の実践例を経て見えてきたもの」法学セミナー708号(2014年)8頁(12頁)参照。
[12] 芦部・憲法221頁,渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1人権〔第7版〕』(有斐閣,2019年)217頁〔渋谷〕,渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法2統治〔第7版〕』(有斐閣,2019年)290頁〔赤坂〕等参照。
[13] 曽我部・前掲注(11)12~13頁参照。同13頁は,「選挙の公正の概念は多義的であり、立法者の判断の余地があることは確かであるから、いわゆる判断過程審査のような手法が可能かどうか検討する必要があるだろう。」(下線引用者)としている。
[14] ここは,問題文3頁「設問」第2段落の「判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている。」という点に対応した部分である。
[15] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁参照。
[16] 長谷部恭男「教科書の読み方」『続・Interactive 憲法』(有斐閣,2011年)46頁(50頁・4~5行目)参照。
[17] 高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)351頁,曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(327頁)参照。
[18] 判例の間接的・付随的制約論と個別訪問の弊害論に対して,学説は総じて批判的である(横大道聡「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ[第6版]』(有斐閣,2013年)348~349頁(349頁))。
[19] 過去の採点実感の関係コメント(平成23年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)7は,「あしき答案の象徴となってしまっている「当てはめ」という言葉を使うこと自体をやめて,平素から,事案の特性に配慮して権利自由の制約の程度や根拠を綿密に検討することを心掛けて欲しい。」とする。)に照らし,「当てはめ」という語を避けている。また,平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)2頁・2(2)ア(「事案の内容に即した個別的・具体的検討」(下線引用者))も参照した。
[20] 立法措置②については,規制目的の重要性につき,スルーするという答案政策を採った。目的の重要性を否定することは難しいと思われるからである。
[21] 鈴木秀美「ドイツのSNS対策法と表現の自由」メディア・コミュニケーション68号(2018年)1頁(4頁)によると,ドイツのSNS対策法のSNS事業者の「報告義務」についてではあるが,同義務につき,「100件以上の苦情を受け付けた」いう限定が付されていることに照らすと,法案9条1項1号・2号の要件とともに,このような苦情件数要件を設けることがLRAとなるものいえる(規制の実効性もある)という立論が成り立つように思われる。
[22] 立法の判断過程を慎重に審査して立法裁量を統制する判断枠組みに関し,「裁量権行使の過程に着目する」審査(裁量過程統制型の審査)について解説した小山剛『「憲法上の権利」の作法 第3版』(尚学社,2016年)183~187頁等参照。
[23] Mr.Children・前掲注(1)「Any」。