平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成29年司法試験採点実感(行政法)の感想 その1 司法試験の採点でマイナー判例を重視することに関するリスク

久しぶりの更新である。

 

受験生の皆様には本ブログの存在を忘れられてしまったかもしれないし,「忘れられない権利」は憲法上及び法律上保障・保護されないものと解されるが,細々と続けていきたい。なお,「忘れらんねえよ」の元ドラムの酒田さんは,本ブログ筆者の大学時代の先輩(同じバンドサークル)である。

 

 

さて,司法試験法(以下「法」という。)によると,司法試験は,「裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする」(法1条1項,下線は引用者)試験であり,また,「論述式による筆記試験」は,「裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析,構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的とする」(法3条2項柱書,下線は引用者)ものである。

 

では,この「必要な(専門的な)学識」とは具体的に何を意味し,そしてどのような学習によって習得すべきものなのか。

 

このことに関し,平成18年新司法試験終了後に公表された新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要3頁で,行政法の新司法試験考査委員(行政法)は,「判例百選等の基本的な判例をきちんと読込むことなどに重点を置いてほしい。さらに,余裕があれば判例雑誌や裁判所のホームページで行政事件の最新の裁判例を読み,具体的に生起する事象に対する行政訴訟による対応を考察してほしい。」(下線は引用者)という指摘をした(他の)考査委員がいることに言及し,さらに,このような学習方法・態度等は「法科大学院に求めるものである」としている。

 

これらのコメントや,法科大学院における教育が限られたコマ数で実施されていること,司法試験は8科目あり一つの科目だけに充てられる時間は(研究者が自分の専門分野の研究をする場合とは異なり)現実には相当程度限られていることなどを考慮すると,法曹三者に「なろうとする者に必要な(専門的な)学識」のうち,判例の知識については,「判例百選等」の基本判例で足り,また,「最新の裁判例」は基本判例を活用・応用できるかということを(基本判例を十分に理解しているかを)確認するためにできる限り読んだ方が良いものと位置付けられるものというべきである。

 

そうすると,上記の「基本判例」は,大半の基本書及び大半の判例集,特に判例百選(百選とはいっても扱われる判例の数は100を大幅に超え,行政法では2冊で263選となってはいるが…)に掲載されているものである必要があるというべきである。

 

さらに,以上のことから, 司法試験の採点(積極の・プラスの事項)において,

(あ)基本判例を知っている(正確に理解し記憶している)ことは,重視ないし考慮される事項となるべきものであるが,他方で,

(い)基本判例以外の判例を知っていることは,重視ないし考慮されることが禁止されるべきであり,少なくとも,多くの基本書や判例集,特に判例百選で取り上げられていないようなマイナーな判例を知っていることは,重視される事項となるべきではなく,考査委員もそのことを十分に念頭において問題を作り,かつ採点を行うべきであろう。

 

そのようにしなければ,ひいては「漏洩」(問題文や考査委員作成の模範答案そのものなどではなく,論点レベル・判例レベルの漏洩を含む)のリスクが高まるからである。

 

例えば,マイナー判例に係る秘密を知る者が法科大学院や学部の授業や課外講座等で一定程度あるいは詳しく扱うことによって一部の受験者が不当に得をする結果となり,司法試験の公正が害されるという事態が生じやすくなるからである(この漏洩リスクに関しては,次回以降のブログで詳しく述べたい)。

 

 

さて,以上のような見地から,「平成29年司法試験の採点実感(公法系科目第2問)」(以下,「29年採点実感行政法」という。)において登場する最判昭和62年11月24民集登載判例ではない。以下「昭和62年判例」ということがある。)が,上記「基本判例」にあたるか否かなどにつき,検討してみたいと思う。

 

29年採点実感行政法において,昭和62年判例は,次の2箇所で登場する。

 

「・・・本件フェンスの除却に加えて原状回復まで求めることなどが述べられており,・・・里道の近くに居住する者が当該里道の用途廃止処分の取消しを求めるにつき原告適格を有しないと判断した最高裁判所昭和62年11月24日判決(集民152号247頁)に言及して適切に論じている答案は,優秀な答案と判断した。」(29年採点実感行政法1頁)

 

「・・・本件市道を生活上不可欠な道路として利用していた通行者の生活に著しい支障が生ずる場合があるという観点から,前記⑴の最高裁昭和62年判決に言及している答案は,優秀な答案と判断した。 」(同2頁)

 

このように,29年採点実感行政法は,昭和62年判例に「言及」したか否かを考慮ないし重視していることから,受験者が昭和62年判例を知っているか否かという点を(当該論点に関して)優秀な答案とするか否かの考慮事項ないし重視事項としているのである。

おそらくであるが,主に「里道」というキーワードが書かれているか否かで「言及」したか否を判定したものと推察される。

 

では,この昭和62年判例は,「基本判例」だろうか。

 

結論を先に述べると,決して基本判例」などではない

 

それどころか,少なくとも司法試験では(行政法(公法)の研究者・学者の間では,という意味ではない)「マイナー判例」と称されるべきものである。

 

ゆえに,上記のような採点方法には,問題があったものと指摘せざるを得ない。

過去の司法試験の採点ではみられないものと思われる(この点についても,次回以降のブログで詳しく述べたい。)

 

以下,本ブログ筆者が調べた限りのものであり,不十分な調査とは思うが,昭和62年判例が掲載されている基本書等と,逆に掲載されていない基本書等を挙げておくこととする。

 

様々なテキストを使う司法試験受験生がいることを考慮し,受験生の皆様が読みそうな書籍についてはできる限り挙げることとしたが,学者の論文集やコンメンタールなどについては,原則として除外している。

 

 

1 昭和62年判例が掲載されている基本書・判例集・演習書等

 

A.基本書

(1)阿部泰隆(※)『行政法解釈学Ⅱ』(有斐閣,2009(平成21)年)122頁,149頁(全623頁)・関係記載は2行(122頁)+4行(149頁)=6(※「隆」は「生」の上に「一」が入る)

(2)宇賀克也『行政法』(有斐閣,2012(平成24)年)298頁,306頁(全472頁)・関係記載は6行(298頁)+5行(306頁)=11

(3)宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法〔第5版〕』(有斐閣,2015(平成27)年)194頁,207頁(全572頁)・6行(194頁)+5行(207頁)=11

(4)大橋洋一行政法Ⅱ 現代行政救済論[第2版]』(有斐閣,2015(平成27)年)115頁(全508頁)・関係記載は32行(115~116頁)

(5)小早川光郎行政法 上』(弘文堂,1999(平成11)年)231頁(全321頁)・関係記載は3行(又は5行)

(6)高木光=常岡孝好=橋本博之=櫻井敬子『行政救済法[第2版]』(弘文堂,2015(平成27)年)330頁(全446頁)・関係記載は2

B.判例集・判例解説書

(7)稲葉馨=下井康史=中原茂樹=野呂充編『ケースブック行政法[第5版]【弘文堂ケースブックシリーズ】』(弘文堂,2014(平成26)年)337頁(全610頁)・関係記載は5行(又は8行)・もっとも,個別に掲載される12の取消訴訟原告適格判例(12-1~12-12)には選ばれていない。

(8)山本隆司判例から探究する行政法』(有斐閣,2012年)448~449頁(全641頁)・関係記載は7行(又は11行)

C.演習書・実務書等

(9)中川丈久=斎藤浩=石井忠雄=鶴岡稔彦編著『公法系訴訟の実務の基礎〔第2版〕』(弘文堂,2015(平成23)年)574頁(全656頁)・関係記載は7行(又は9行)であり,同じ頁で,平成29年司法試験論文行政法に掲載されていた最判昭和39年1月16民集18巻1号1頁も紹介(関係記載3行)されている

(10)藤山雅行=村田斉志編『新・裁判実務体系 第25巻 行政争訟〔改訂版〕』(青林書院,2012(平成24)年)476頁,478頁,480頁〔齊木敏文〕(全665頁)・関係記載は4行(476頁)+4行(478頁),480頁(11行)=19

 

 

2 昭和62年判例が掲載されていない基本書・判例解説書・演習書等

 

(1)阿部泰隆(※)『行政法再入門(上)』(信山社,2015(平成27)年)全398頁(※「隆」は「生」の上に「一」が入る)・阿部泰隆(※)『行政法再入門(下)』(信山社,2015(平成27)年)全340頁(※「隆」は「生」の上に「一」が入る)

(2)市橋克哉=榊原秀訓=本多滝夫=平田和一『アクチュアル行政法〔第2版〕』(法律文化社,2015(平成27)年)全356頁

(3)稲葉馨=人見剛=村上裕章=前田雅子『行政法 第3版』(有斐閣,2015(平成27)年)全376頁

(4)宇賀克也『ブリッジブック行政法〔第2版〕』(信山社,2012(平成24)年)全306頁

(5)神橋一彦『行政救済法〔第2版〕』(信山社,2016(平成28)年)全425頁

(6)小早川光郎行政法講義〔下Ⅱ〕』(弘文堂,2005(平成17)年)全124頁(117~240頁)(同〔下Ⅰ〕(全115頁)及び同〔下Ⅲ〕(全112頁(241~352頁))にも記載なし)

(7)櫻井敬子『行政救済法のエッセンス〈第1次改訂版〉』(学陽書房,2015(平成27)年)全242頁・櫻井敬子『行政法のエッセンス〈第1次改訂版〉』(学陽書房,2016(平成28)年)全222頁

(8)櫻井敬子=橋本博之『行政法〔第5版〕』(弘文堂,2016(平成28)年))全420頁

(9)塩野宏行政法Ⅱ[第五版補訂版]行政救済法』(有斐閣,2013(平成25)年)全389頁(Ⅰ・第六版(全410頁)及びⅢ・第四版(全406頁)にも掲載なし)

(10)芝池義一『行政法読本〔第4版〕』(有斐閣,2016(平成28)年)全463頁

(11)芝池義一『行政救済法講義〔第3版〕』(有斐閣,2007(平成19)年)全312頁

(12)下山憲治=友岡史仁=筑紫圭一『行政法』(日本評論社,2017(平成29)年)全228頁

(13)曽和俊文=山田洋=亘理格『現代行政法入門〔第3版〕』(有斐閣,2015(平成27)年)全402頁

(14)髙木光『行政法』(有斐閣,2015(平成27)年)全528頁

(15)高橋滋『行政法』(弘文堂,2016(平成28)年)全475頁

(16)高橋信行『自治体職員のための ようこそ行政法』(第一法規,2017(平成29)年)全226

(17)野呂充=野口貴公美=飯島淳子=湊二郎『行政法』(有斐閣,2017(平成29)年)全284頁

(18)橋本博之『現代行政法』(岩波書店,2017(平成29)年)全294頁

(19)原田尚彦『行政法要論(全訂第七版補訂二版)』(学陽書房,2012(平成24)年)全462頁

(20)原田大樹『例解行政法』(東京大学出版会,2013(平成25)年)全539頁

(21)藤田宙靖行政法総論』(青林書院,2013(平成25)年)(全641頁)

B.判例集・判例解説書

(22)宇賀克也=交告尚史=山本隆司編『行政判例百選Ⅰ・Ⅱ〔第6版〕』(有斐閣,2012(平成24)年)全554

(23)橋本博之『行政判例ノート[第3版]』(弘文堂,2013(平成25)年)全397頁

宇賀克也『判例で学ぶ行政法』(第一法規,2015(平成27)年)全393頁

C.演習書・実務書等

(24)石森久広『ロースクール演習行政法〔第2版〕』(法学書院,2015(平成27)年)全421頁

(25)大島義則『行政法ガール』(法律文化社,2014(平成26)年)全256頁

(26)大西有二編著『設例で学ぶ 行政法の基礎』(八千代出版,2016(平成28)年)全264頁

(27)大貫裕之『ダイアローグ行政法』(日本評論社,2015年)全412頁

(28)北村和生=深澤龍一郎=飯島淳子=磯部哲『事例から行政法を考える』(有斐閣,2016(平成28)年)全436頁

(29)小早川光郎=青栁馨編著『論点体系 判例行政法 2』(第一法規,2017(平成29)年) 全652頁・・・「本書は、行政事件に携わる法律実務家のための実務コンメンタールが必要であるとの認識に基づいて企画されたもの」(はしがき(1)頁)である。

(30)曽和俊文=野呂充=北村和生編著『事例研究行政法[第3版]』(日本評論社,2016(平成28)年)全515頁

(31)高木光=高橋滋=人見剛『行政法事例演習教材』(有斐閣,2009(平成21)年)全214頁

(32)土田伸也『基礎演習行政法 第2版』(日本評論社,2016(平成28)年)全298ページ

(33)中原茂樹『基本行政法[第2版]』(日本評論社,2015(平成27)年)全447頁

(34)橋本博之『行政法解釈の基礎―『仕組み』から解く』(日本評論社,2013(平成25)年)全282頁

(35)原田大樹『演習行政法』(東京大学出版会,2014(平成26)年)全542頁

(36)亘理格=大貫裕之編『Law Practice行政法』(商事法務,2015(平成27)年)全296

 

(37)辰已法律研究所『趣旨・規範ハンドブック1 公法系[第5版]』(辰已法律研究所,2015(平成27)年)全277頁

 

 

調査結果は,以上のとおりであるところ,多くの受験は「あ,私の使っている基本書/演習書/予備校本には載っていないんだ・・・」という感想を持たれるのではなかろうか。

 

 

ここで,あえて繰り返そう。

 

基本判例以外の判例を知っていることは,重視ないし考慮されることが禁止されるべきであり,少なくとも,多くの基本書や判例集,特に判例百選で取り上げられていないようなマイナーな判例を知っていることは,重視される事項となるべきではない

 

そのようにしなければ,不公正な疑いのある司法試験が実施されることになるし,場合によっては,またあのような忌まわしき悪夢が繰り返されることになる。

 

 

 

   全ての受験生,そして法曹が思っていることである。

 

      司法試験は公正に実施されるべきである。

      それに,あんな事件は,もうたくさんだ。

 

 

 

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