平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成29年司法試験 公法系第1問の感想(5)

「平成29年司法試験 公法系第1問の感想(4)」(平成29年5月22日ブログ)の続きである。前回までの補足をするにとどまる短い内容であるが,少しずつ書き進めていきたい。

 

yusuketaira.hatenablog.com

 

さて,一年前の話に遡るが,平成28年司法試験論文憲法では,将来における害悪発生を予防するために現時点において個人の行為に制限を課す,いわゆる「規制の前段階化」と呼ばれる傾向の権力行使の憲法上の正当性が問われていた(出題趣旨・第5段落参照)。

そして,「規制の前段階化」というキーワードが,「江戸川区子ども未来館アカデミー「法律ゼミ」その3(憲法編) 法教育フォーラム」(講師:西原博史教授(早稲田大学),テーマは「恐怖の『閉じ込め施設』~どこまで『見込み』で人権制限できるの?~」)でも言及されていたこと[1]や,西原教授が法学教室の演習(連載)でGPS発信機」を「手術」で人の体内に埋め込む法案の合憲性を問う問題を作成していること(西原博史「演習」法学教室320号196~197頁(2007年))などから、平成28年は西原教授が問題の原案(いわゆる叩き台)を作ったのではないかと思われる。

 

そうすると,論理必然とは言えないが,平成29司法試験論文憲法では,西原教授(引き続き考査委員)は(もとより問題作成には関係するものの)問題の原案までは作らず,他の2名の考査委員(研究者・学者の考査委員)が原案を作る蓋然性が高かったのではないかと考えられる。

 

この2名のうち,まず,曽我部真裕教授は,多くの受験生が持っていると思われる判例解説集『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(以下「判プラ」と略す。)で,マクリーン事件を含む外国人の人権に関する判例解説を担当されており[2],問題の原案の作成に深く関わられたのではないかと思われる。

 

また,もう1名の尾形健教授は,『憲法判例百選Ⅱ〔第6版〕』で堀木訴訟の解説を担当されていること[3]から,社会権(特に生存権)のイメージが強い受験生も多いかもしれないが,他にも(というか生存権とも関連する話なのだが),例えば,『憲法の争点』で「労働と自己決定」というテーマの解説を担当されており[4],自己決定(権)に関する研究もされていることがわかる。

平成29年論文憲法における架空の個別法が「特労法」であり,同法の目的が外国人の「特定労働における労働力の円滑な供給を実現」する点などにあったこと(法1条)と,「自己決定権」(問題文3頁1行目)が問われていたことからすれば,尾形教授も曽我部教授同様,深く原案の作成に関係したことものといえよう。

 

なお,この2名うち,どちらがメインで原案を作ったのかということは判らないが,国家戦略特別法を意識した問題であるため,もしかしたら法務省側の考査委員が事案の大枠を設定し,次に,曽我部教授がマクリーン事件を活用すべきケースで「入国・在留に関わる場面」の具体的な事案等[5]を考え,さらに,尾形教授が「自己決定権」という人権の制約が問題となる事実関係等を考えたのではないだろうか。

 

ちなみに,曽我部教授も尾形教授も判プラの著者であることから,問題作成に際して比較的連携がとりやすかったのではないかと想像する。

 

 

と,ここで疑問が生じる。

「直ちに外国人の身柄を拘束すること」についての「手続的保障」(問題文3頁3行目)の点,すなわち,自己決定権とともに,もう一つの違憲主張の柱を構成する身柄の拘束に対する手続的保障(憲法33条[6])であるが,(1)これはどこから降ってきた論点なのか?という疑問であり,さらには,(2)33条をメインに論じて良いのか?という疑問も浮かぶ。

 

ここでやや脱線するが,確かに,プレテストでは適正手続,令状主義が問われており,成田新法事件・川崎民商事件は,憲法だけでなく行政法でも重要な判例とされているが,これまで本試験(平成18年以降の(新)司法試験)では,一度も出ていなかったため,適正手続関係は出ないのではという(誠に勝手ではあるが)「信頼」が少し生まれてしまっていたように思われる。

もちろん,信頼が法的に保護されるためには,行政法学や関係判例で問題とされる厳格な要件を満たす必要があり,(新)司法試験では,人権からしか出しませんとか,適正手続は出題しませんという公的な見解を表示しているわけではなく,むしろプレテストで適正手続等の論点を出しているため,信頼が保護されないことは明白である。

 

 

さて,話を戻すと,(1)手続的保障の論点は,どこから降ってきたかという点は,これは曽我部教授であると想像する。

やや根拠としては弱いかもしれないが,曽我部教授は,大石眞先生還暦記念の書籍『憲法改革の理念と展開(上・下)』(信山社,2012年)の編者であるところ,この大石教授が刑事手続(憲法的刑事手続)を研究されている[7](もちろん他にも様々なテーマを研究されているが)からである。

 

 

また,(2)の疑問である,33条をメインに論じて良いのか?という点であるが,

 

答えは,YES[8] である

 

 

この点については,問題文3頁3行目のキーワード(誘導文言)といえる「外国人の身体を拘束することは手続的保障の観点から問題」という部分と,判プラ244頁〔宍戸常寿〕の33条についてのキーワード(といえる)「身体の拘束に対する保障」(下線は筆者)という文字が殆ど一致するということがかなり大きいと思われる(もちろん問題文の内容が一番大きいが)。

 

想像の域を出ないが,曽我部教授も,この判プラ244頁〔宍戸常寿〕の「身体の拘束に対する保障」という部分を確認した上で,問題文3頁3行目を作成したのではないだろうか。

 

なぜなら,33条は,①「逮捕令状主義」[9],②「不法な逮捕…からの自由」[10],③「『不法な逮捕からの自由』の保障」[11],④「不当逮捕からの自由」[12],⑤「被疑者の権利」・「33条の令状主義」[13],⑥「現行犯以外の場合,司法官憲=裁判官の令状なしに逮捕されない権利」[14],⑦「逮捕・勾留に関わる権利」[15]などといったキーワードで表わされることが多く,「身柄の拘束」というキーワードは(おそらくだが)かなり少数派ではないかと思われるからである。

 

もちろん,同じ判プラの著者である尾形教授による文面という可能性もあるが,上記憲法改革の理念と展開の編者ではない(著者の一人ではあるが)ため,その可能性は比較的低くなるのではないかと(大変勝手な話かもしれないが)思われる。

 

 

ということで,平成29年司法試験論文憲法では,31条や13条後段よりも,まずは(少なくとも設問1では),33条を論じて欲しかったというのが,問題文(司法試験考査委員)及び関係文献(というか,主に判プラ)から読みとれるメッセージであったものと考えられるのであり,31条や13条後段は,厚く書くなら設問2からということになると思われる。

 

 

 

判プラ凄すぎィ!! 続きは次回。

 

 

 

 

[1] http://www.houkyouiku.jp/14082101 参照。「近未来SFのようなシナリオを通じて、『規制の前段階化』と呼ばれる規制動向に対してどう向き合うかを考えてもらう、現代法学の最先端の企画です」との西原教授(平成28年司法試験の考査委員)のコメントにおいて,「規制の前段階化」というキーワードについての言及がある。

[2] 淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)4~17頁〔曽我部真裕〕。

[3] 尾形健「判批」長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ〔第6版〕』(有斐閣,2013年)294~295頁(137事件)。

[4] 尾形健「労働と自己決定」大石眞=石川健治編『憲法の争点』(有斐閣,2008年)(以下,「争点」と略す。)100~101頁。なお,尾形健「『自律』をめぐる法理論の諸相」菊池薫実編著『自律支援と社会保障』(日本加除出版,2008年)43頁も参照されたい。

[5] 曽我部真裕「判批」判プラ7頁。

[6] これ以外にも31条や13条後段が問題となるが,今回のブログでは,33条に話を絞ることとする。

[7] さしあたり,争点158~161頁等参照。

[8] なお,当職は,何かと話題の○○クリニックとは関係がない。

[9] 大石眞=大沢秀介『判例憲法(第3版)』(有斐閣,2016年)102頁。

[10] 芦部信喜高橋和之補訂『憲法 第六版』(岩波書店,2015年)246頁。

[11] 佐藤幸治日本国憲法』(成文堂,2011年)335頁。

[12] 高橋和之立憲主義日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)288頁。

[13] 青柳幸一『憲法』(尚学舎,2015年)228頁。

[14] 渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1人権〔第6版〕』(有斐閣,2016年)36頁。

[15] 木下智史=伊藤建『基本憲法Ⅰ―基本的人権』(日本評論社,2017年)245頁。

 

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