平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

平成29年司法試験 公法系第1問の感想(3)

 

【注意】読みたくない司法試験受験生の方々は,以下の文書を読まないで下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平成29年司法試験 公法系第1問の感想(2)」(平成29年5月20日ブログ)の続きである。引き続き少しずつ書き進めることとしたい。

 

1 序 ― 特労法と国家戦略特別法 ―

 

 前回のブログのとおり,司法試験論文式試験公法系科目第1問すなわち論文憲法の問題は,その時々の社会問題がその背景にあり,平成29年では,今日における国家戦略特区への外国人の受入れ問題(国家戦略特別法)を意識したと思われる架空法令(特労法)が出題された。事案の背後には,2020東京オリンピックパラリンピックの時事問題があるものと思われ[1],また,上記架空法令は,シンガポールの法制度を参考にしたものと思われる[2]

 

 つまり,平成29年司法試験論文公法系のテーマは,オリンピック・パラリンピックの(政治利用ならぬ)司法試験利用であったものといえよう。

 

 さて,前置きはこのくらいにして,そろそろ問題の中身の検討に入ることとする。

 

2 答案構成の骨子

 (1) 2つの法令違憲の主張

 まず,答案構成の骨子につき問題文3頁の「設問」の前の最終行には,「特労法の規定が憲法違反であるとして」とあるため,法令違憲のみとなる。

 なお,「設問1」のところで「憲法第14条違反については論じなくてよい。」と指定があるため,憲法(以下,基本的には法名を略す。)14条を論じるわけにはいかないが,24条については論じても良いという点に注意する必要がある。

 

 また,問題文3頁1~3行目などからすると,2本立ての構成となる。すなわち,①滞在中の妊娠・出産を禁止行為とする特労法(以下「法」と略すことがある。)15条8号が自己決定権(13条後段)を侵害し,違憲であるという主張と,②警察官限りの判断により直ちに外国人の身柄を拘束(収容)し(法18・19条),強制出国(法20条)させる法の諸規定は,適正手続に関する憲法の規定(33条又は31条,あるいは13条後段)に違反し,違憲であるという主張がメインとなる。

 ちなみに,①も②も根拠条文は13条と後段いう構成を採ったとしても,項目立ては①と②とで明確に分けた上で論じるべきであろう。

 

(2) 国賠法の違法の主張(あくまでサブの主張)

 設問1は,Bが「国家賠償請求訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか」というものであるから,国家賠償法(以下「国賠法」と略すことがある。)1条1項の「違法」性の主張は,あくまでサブであると考えるべきであり,私は最悪(特に時間がなければ)一切書かなくてもそれだけで不合格となるような致命傷にはならないと思われる。

 平成22年司法試験論文憲法(選挙権侵害)の立法不作為の場合には,国賠法1条1項の「違法」性の論点にも相当程度の配点(全体の2割くらいか)があったものと分析しうるが,同じく国家賠償請求訴訟が問題となった平成18年(21条1項違反等)については,上位答案等を分析する限り,国賠法1条1項の「違法」性の論点につき厚く書いているものは少ないものといえる。

 おそらく,司法試験では,立法行為の作為の場合については,立法不作為の場合とは異なり,国賠法1条1項の「違法」性(その他の同法の要件)に関する配点はかなり少ないものされているのではなかろうか。これは,著名な在外国民選挙権訴訟の最高裁判例の国賠法上の違法性についての判示(規範部分)とは必ずしも整合しないとの批判もあるかもしれないが,同規範部分につき,作為の場合には明白性の要件のみの検討だけで済む(他方で不作為は3要件必要)との立場に立つことが(司法試験で)許されているとすると,作為の方が配点が低くなることにつき(一応)説明がつくだろう(この点についての詳細は次回以降のブログで述べたい)。

 

(3) 各主張の分量の目安

 以上より,上記①の主張を(5~)6割ほど,②の主張を(4~)3割ほど書き,③残りの1割ほどを国賠法1条1項の「違法」の話に充てるという構成になろう。

 この点に関し,①と②とは同じ割合で書くべきではないかとも思うかもしれない。しかし,後述するように,(a)外国人の在留権(否定)の論点についても①のところで書く必要があること,(b)①の方については,設問1と設問2の私見とで規範を書き分けた方がよさそうであるとの考えや,(c)マクリーン事件との関係の論述等,②よりも書くことが多くなると思われるため,上記の割合で書くべきと思われる。

 なお,②については,受験生は特に勉強が手薄と思われ,相対試験であることに加え,採点に際して調整がなされるなどする(であろう)結果,①を7割近く書いても十分合格となるものと考えられる。もっとも,「手続的保障」(問題文3頁3行目)に関する主張が一切ないというのは結構大きなミスであるものと思われる。

 

(4) 憲法24条に関して

 ちなみに,24条は,①の主張の中で触れることはできるだろうが,どの位置で書くか(設問1から書くか,設問2の段階から書くか)については近時の最高裁判例[3]との関係等から,中々難しいものと思われる。

 

(5) 憲法22条に関して

 まず,在留権(在留の権利)を肯定する主張は,マクリーン事件[4]の立場に反し,かつ,在留権については事案の類型による同判例の射程の限定という議論も難しいことからすれば,答案に書くべきではなかろう。

 また,職業の自由の侵害という主張も,問題文3頁1~3行目の記載からすると優先順位が低い上,書いている時間もないだろうから,答案に書くべきではなかろう。

 

(6) 法15条7号に関して

 法令中の他の規定(第三者に適用され得る規定)を援用する主張は,違憲主張の適格性の問題の一内容として論じられることがある[5]。ただし,このことを書いている時間もないだろうから,答案政策上,あえて触れないか,あるいは,①の主張を補強するものとして設問1で規範定立以前の段階で触れるとよいと思われる(詳細は次回のブログで述べる予定である)。

 

3 自己決定権侵害と適正手続違反の両主張の要点(設問1の一部)

 やや長くなってきたので,最後に,上記①の主張(自己決定権侵害の主張)と,上記②の主張(適正手続違反の主張)のそれぞれの要点に関して,設問1の構成のポイント(と考えた点)の,しかもその一部だけ,簡単に述べておくこととする。

 

(1) 法15条8号が自己決定権(13条後段)を侵害するとの主張

 ア 保障段階の要点

 自己決定権につき,佐藤幸治教授は,「最狭義の『人格的自律権』であって,通常「自己決定権」といわれるものにほぼ相当する」[6]とした上で,「①自己の生命・身体の処分にかかわる事柄,②家族の形成・維持にかかわる事柄,③リプロダクションにかかわる事柄」[7]等に分類し,このうち③について「遺伝的素質を子孫に伝え,あるいは娠・出産といった事柄にかかわるもの」(下線は筆者),「③は,もとより,①と②とも密接に関連している」[8]と解説する[9]

 このような記載にも照らすと,妊娠・出産の権利・自由は,一般的には服装や髪形等の日常的なライフスタイルの自由に比してより人格的生存に必要不可欠なものといえ,また,後述する人権としての重要性から,13条後段の「幸福追求」権の一内容たる自己決定権として保障される。

 そして,学説において支配的とされる(そのように平成29年司法試験考査委員自身が言及する)権利性質説[10]からすると,その性質上Bのような外国人にも保障されると解される。

 

 イ 制約段階の要点

 法務大臣による認証(法4条1項柱書)の申請につき,法15条各号に該当する行為をしない旨の誓約書が必要書類とされること(法5条5号),そして,法15条8号が本邦滞在中に「妊娠し又は出産すること」を禁止行為としていることから,上記Bの人権は全面的に制約される。

 

 ウ 正当化理由の有無を判定する段階の要点

 上記Bの人権制約は正当化されるか。我が国の農業及び製造業に必要な労働力の確保という労働政策等(法1条)からの規制であり,制約根拠(公共の福祉,13条後段)はあるとしても,その制約が許されるものかが問題となる。

 この点については,確かに,外国人の在留権(在留の権利)は,国際慣習法上,保障されているものではないと解されている(マクリーン事件)。とすると,(同事件の判示に照らせば,)外国人の妊娠・出産の権利・自由の保障も,法における特定労務外国人制度の枠内で与えられているにすぎないもののようにもみえる。

 しかし,特労法は入管法の外国人在留制度と比べて在留の要件を限定しており(法4条1項),帰化・永住を希望しないことがその要件となっていること(同項4号),認証は原則として3年のみで効力を失うことなどからすると,特労法における外国人の人権行使が,長期の定住が認められないものであることから日本国民の人権や公益(国益)と衝突することは比較的少ないといえる。そのため,入管法上の在留更新等の場合よりも,手厚い人権保障が要請されるものというべきである。

 また,妊娠・出産という人生の選択をする自由は,その者の日々の生活や生き方,ものの見方・思想などを大きく変えうるものであり,自身の子に,遺伝的素質を伝承するという意味でも,人間の人格的生存の根幹に密接にかかわるものといえる。このような意味で,妊娠・出産の権利・自由は,例えば表現の自由における自己実現の価値等の大前提たる極めて重要な意義を有する。加えて,例外を許さず,妊娠・出産の権利・自由が全面的に制約されており,その意味で比較的強い規制といえる。

 とすると,マクリーン事件(外国人在留制度)で問題となった外国人の表現の自由の場合とは異なり,特労法との関係では,妊娠・出産の権利・自由は,同法の制度の枠内で保障されるという弱い保障にとどまらず,より手厚く保障されるものというべきである[11]。具体的には,マクリーン事件の採ったような裁量権の逸脱濫用審査に係る審査密度の低い[12]審査枠組みではなく,①立法目的が重要であり,かつ②立法目的と手段との間に実質的関連性があるといえる場合でなければ違憲とされる審査基準によるべきである[13]

 なお,このあてはめは,次回のブログで書くこととする。

 

(2) 身柄拘束・強制出国(法18~20条)の諸規定の適正手続(33条等)違反の主張

ア 根拠条文 ― 13条説,31条説,そして33条説?―

 もう疲れてきたので,適正手続(33条等)の主張については,基本的には根拠条文の点だけ簡単に書くこととして今回は終わりとする[14]。続きは次回のブログで書きたい。

 

 行政手続による身体の拘束について,憲法上根拠条文については,13条説か31条説によるべきというのが学説の立場であろうが,33条説もありえなくはなかろう。

 というのも,佐藤幸治教授は,憲法33条につき,「本条は,直接には刑事手続上の抑留・拘禁に関するものである。行政手続による身体の自由の拘束については,13条(ないし31条)との関係で手続的保障のあり方が問題とされることになる。が,さらに,本条が英米法のHabeas Corpus的発想を背景としていることを考慮すれば,行政手続による身体の拘束にもできる限り本条の趣旨が及ぼされることが期待されているというべきであろう」[15](下線は筆者)と解説している。

 この記述や,31条・35条・38条に関する最高裁判例(川崎民商事件,成田新法事件)の立場,そして31条(や35条・38条)については,その趣旨が行政手続にも準用されるなどとする学説の立場[16]にも鑑みると, 33条についても,行政手続つき,その趣旨が準用すべき場合があると解される。このような見解は,おそらくあまり一般的な見解ではなく,やや正確性が落ちるものかもしれないが,司法試験の現場で答案に書くものとしては通用する(司法試験の答案への利用に耐えうる)ものであるように思われるし,33条準用説で書いても合格レベルの答案は書きうるものと考えられる。

 

イ 判例の規範の活用

 規範は,(あ)35条に関する川崎民商事件又は成田新法事件の規範を33条版とするか,あるいは,(い)31条に関する成田新法事件の規範を活用することが考えられる。とはいえ,多くの受験生にとっては,(あ)までは(短答式試験レベルの知識はあっても)論文で判例の規範を書くことは難しく,(い)の規範を何とか書くので精一杯であったのではなかろうか。

 

 このように,平成29年司法試験論文憲法は,つくづく受験生泣かせの問題であったといえる。平成27年平成28年も難問であったと思うが,個人的には,平成29年がここ5年くらいでは一番難しい問題であったように思う。

 

 

以上の続きは次回。

 

 

 

 

[1] 日本商工会議所「国家戦略特区に対する意見」(平成27年4月9日)1頁は,国家戦略特区に指定された全国6区域のうち,東京圏につき,「東京オリンピックパラリンピックも視野に、世界で一番ビジネスのしやすい環境を整備」するなどの目標に言及する。なお,この文献はウェブ上で公表されている。

[2] 日本商工会議所・前掲注(1)11頁参照。竹内ひとみ「シンガポールの外国人雇用対策」日本労働研究雑誌564号99頁(2007年)。なお,この文献もウェブ上で公表されている。

[3] 最大判平成27年12月16日民集69巻8号2586頁。

[4] 最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁。

[5] 野中俊彦ほか『憲法Ⅱ〈第5版〉』(有斐閣平成24年)299頁以下参照。

[6] 佐藤幸治日本国憲法論』(成文堂,2011年)188頁。

[7] 佐藤・前掲注(6)188頁。

[8] 佐藤・前掲注(6)191頁。

[9] 佐藤幸治教授のテキストを引用した理由ないし動機は,①やや昔の話ではあるが,佐藤教授が講演(法学講演)で「司法試験受験生」(K氏)との質疑応答を行っていることが(講演内容のみならず)個人的には印象に残っていること(佐藤幸治日本国憲法と『自己決定権』―その根拠と性質をめぐって―」法学教室98号6頁以下(19頁)(1988年)参照)や,②2015年(平成27年)10月に開催された日本公法学会・第80回総会のテーマが「現代公法学における権利論」であり,第一日目の総会報告において駒村圭吾教授(会員)が報告をされ(「学会記事」公法研究78号332頁(2016年)),同報告において佐藤幸治教授(会員)の人格的自律権構想に関する検討をされ(駒村圭吾「人格的自律権構想を振り返る―憲法とその外部―」公法研究78号1頁以下,私も会場の同志社大学でその講演を拝聴していたことなどにある。ちなみに,この駒村教授の講演内容が平成29年司法試験の自己決定権(13条後段)という論点に影響した可能性もあろう。

[10] 曽我部真裕「判批」淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)5頁。

[11] 曽我部真裕「判批」淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例プラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)7頁は,マクリーン事件の採る(ものと解される)「出入国システム優位説」が妥当する領域があることは否定できないとしつつも,その範囲については,「基本的人権との関係で慎重に判断する必要があろう」(下線は筆者)とし,マクリーン事件の規範の射程を限定すべき旨述べている。この部分に関する説明(同文献6~7頁〔曽我部真裕〕)は,重要であり,平成29年考査委員が考える重要な視点が示されているものといえよう。答案例は,この視点に完全に沿うものではないかもしれないが,(一応)事案にくらいつき,「基本的人権優位説」(同文献7頁〔曽我部真裕〕)の立場から,そして,①他社の人権等や公益を制約する弊害的な(いわば人権のマイナス面)が小さいこと(すなわち当該人権の制約の本来的可能性が低いこと),②制約される人権の重要性(いわば人権のプラス面),③規制態様の強さ(本問では③は余計かもしれないが)に照らし,論述することを試みたものである(以上の①・②につき,青柳幸一『憲法』(尚学舎,2015年)87頁参照)。

[12] 宍戸常寿『憲法解釈論の応用と展開 第2版』(日本評論社,2014年)76頁参照。

[13] 高橋和之立憲主義日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)137頁参照。なお,同文献96頁は,マクリーン事件の判示に関し,「安易に裁量論に委ねるべきではない」とする。

 また,指紋押捺制度の合憲性について判断した最三小判平成7年12月15刑集49巻10号842を活用し,立法目的の合理性,必要性,相当性が認められれば合憲とする判断枠組みを活用することも考えられる。しかし,①設問1で採る審査枠組みとしてはやや緩やかであること,②折角マクリーン事件の射程が及ばないとしたのであるからより厳格な審査基準によってもあまり問題はないと考えること,③平成29年の事案のように「入国・在留に関わる場面」(曽我部・前掲注(11)7頁)では(同じ13条後段関係の外国人の人権の判例とはいえ),マクリーン事件を基軸とした論述をした方が良いと考えたことなどから,私としては,上記平成7年の判例の審査枠組みにはよらない方針を採っている。

 なお,小山剛「判批」佐藤幸治=土井真一編『判例講義 憲法Ⅰ 基本的人権』(悠々社,2010年)は,マクリーン事件の判示に関し,国家の授益的措置に対する憲法上の制約の問題に言及し,(a)「違憲な条件」の法理や(b)「政府言論」の問題,あるいは(c)国家の中立性の要請から導き出される法理の問題として捉え,検討を加えている。この立場からすると,中間審査基準のような目的・手段審査の違憲審査枠組みを採ることにはならないだろうが,このような考え方は,設問2の私見のところで採ると良い(よって設問1とは規範が変わることになる)のではないかと私は考える。

[14] 疲れてきたから書くのをやめるというのは,司法試験受験生の場合には(司法試験の答案では)事実上できないことである。気楽にブログを書いている者を罵倒したくなる受験生もいるかもしれない。ただ,私としては,少しでも有益な情報や考え方を受験生の方々(ただしこのブログを見たくない方は除く。)に提供したいという気持ちからこのブログを書いているので,ご容赦いただければ幸甚である。つまみ食い的でもよいので,受験生の皆様の参考になればと願っている。

[15] 佐藤・前掲注(6)339頁。

[16] 高橋・前掲注(13)286頁等も参照。

 

*このブログでの(他のブログについても同じです。)表現は,私個人の意見,感想等を述べるものであり,私の所属団体,関連団体のそれとは一切関係のないものです。そのため,例えば,私のブログにおける「受験生」とは,このブログの不特定少数又は不特定多数の読者に司法試験や予備試験の受験生がいる場合のその受験生を意味し,特定の大学等の学生(司法試験受験生)をいうものではありません。このブログは,あくまで,私的な趣味として,私「個人」の感想等を,憲法21条1項(表現の自由)に基づき書いているものですので,この点につき,何卒ご留意ください。