平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

Twitterによる政府広報が違法となる場合 ―平成15年東京高裁判決(O-157食中毒調査結果公表事件)は令和2年のクライシス・コミュニケーションのあり方を「予言」していた。厚労省・内閣官房等による羽鳥慎一モーニングショー等名指しツイートの法的問題点を憲法学と行政法学に照らし分析する。

さて、『フォーリン・アフェアーズ』の論文は「ウィルス」という言葉を使って、イリベラル・デモクラシーが言うなればウィルスのように広がっていくことを、憂慮するのです。[1]

 

 

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(本ブログ記事の概要)

本ブログ記事は、厚労省内閣官房等による羽鳥慎一モーニングショー等名指しツイートの法的問題点につき、憲法学と行政法学の観点から、弁護士・研究者である筆者が分析検討したものである。

 

東京高判平成15年5月21日(大阪O-157食中毒調査結果公表(損害賠償)事件判決)に照らすと、政府のTwitterによる広報(番組名・個人名の公表)には国家賠償法上違法の疑いがある。また、違法とはいえない(適法な)場合でも、憲法29条3項に基づき、損失補償請求をなしうる余地がある。

 

この平成15年の高裁判決を書いた裁判官の中に、令和時代から平成時代にタイムスリップあるいは転生してきた裁判官がいるのではないか?…と思えてしまうほど、この判決は、今日におけるクライシス・コミュニケーションのあり方を予言していたような内容である。

 

 

(目次)

1 政府広報と「政府の言論の法理」―憲法学からのアプローチ

2 政府広報と氏名等の「公表」―行政法学からのアプローチ

3 政府広報と「損失補償」―憲法学及び行政法学からのアプローチ

4 東京高判平成15年5月21日(大阪O-157食中毒損害賠償事件判決)の“予言”

5 伊藤塾「明日の法律家講座」(4月4日(土)18:30~)のご案内 ―憲法行政法を扱う法曹の仕事の面白さについてお話しします

 

 

 

1 政府広報と「政府の言論の法理」―憲法学からのアプローチ

 

Twitterによる政府広報が問題ではないかということが、昨今Twitter上などのSNSを中心に議論されている。

 

 

リテラ編集部「安倍政権がコロナ対応よりも言論弾圧に必死!『モーニングショー』や岡田春恵教授を標的、デマと詐術を駆使して批判を封じ込め」(2020年3月7日9時55分)

https://lite-ra.com/2020/03/post-5296.html

 

 

この点に関し、政府としては、Twitterによる政府広報も、憲法学における「政府の言論」(政府言論)に当たるのであるから、その内容は自由であって、「問題ない」(○内閣官房長官を意識したわけではない)、と主張することが考えられる。

 

さて、「政府の言論」とは何だろうか?

政府の言論の法理の研究者の論考を引用しよう。

 

「民主主義のもとでの政府は、自らの掲げる政策理念を説明し、政策の是非を国民に問い、国民から同意を徴達することによってのみ、統治の正当性を獲得することができる存在であるから、自らの言論内容を自ら決する機能が保障されないとしたら、自己の存在根拠そのものを否定されることになる。そうであるとすれば、政府には、自ら行う表現活動に対しては、表現内容中立の要請を課されないことが保障される必要がある。かかる理解にもとづき、私人の表現活動を統制する場面での政府には表現内容中立性の要請が課されるけれども、言論市場において自ら表現活動に従事する場面での政府には表現内容中立性の厳格な要請は解除される、という考え方が生まれた。『政府の言論の法理』(government speech doctrine)と呼ばれる考え方……である。」[2](下線は引用者)

 

この法理の「射程」範囲は必ずしも明確ではない[3]が、Twitterによる政府広報も、この「政府の言論」に当たるということなると、政府としては、政府が自由な内容でのツイートをすることができ、それは民主主義に適合する行政作用であるから、違憲あるいは違法なものとならず、法的な問題はないといった主張を展開することも予想できるだろう。

 

そうすると、憲法学の知見に照らすと、正面から、放送事業者等の「放送の自由」[4]表現の自由憲法21条1項)の侵害や「検閲」(憲法21条2項前段)に該当するとして、憲法違反の主張をすることは基本的には難しいのではないかと思われる[5]

 

 

2 政府広報と氏名等の「公表」―行政法学からのアプローチ

 

次に、行政法の観点から検討してみたい。

 

厚労省内閣官房等による羽鳥慎一モーニングショー等の名指しツイートは、政府がTwitterによる政府広報に際して個々の番組名や氏名等を公表する行政活動をするものと捉えることができるだろう。

 

行政法学で、氏名等の「公表」は、①情報提供による国民の保護を主目的とするものと、②行政上の義務違反に対する制裁を主目的とするものとに区分される[6]

 

今回の政府広報としてのツイートは前者(①)に当たると考えられる。

 

そうすると、国民の保護を主な目的とする情報提供なのであるから、特に法的に問題はないということなのだろうか。

 

判例に照らすと、そうではない。

 

その裁判例とは、東京高判平成15年5月21日判例時報1835号77頁(大阪O-157食中毒損害賠償訴訟控訴審判決)である。以下、この判決を「本判決」という。

 

裁判所ウェブサイトでの検索結果の一部は以下のとおりである。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail3?id=20105

 

 

(判示事項)厚生大臣(当時)による集団食中毒の原因についての調査結果の公表が国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるとされた事例

 

(裁判要旨)厚生大臣(当時)が,貝割れ大根が集団食中毒の原因と断定するに至らない調査結果にもかかわらず,記者会見を通じ,食品関係者に「何について」注意を喚起するかなどについて所管行政庁としての判断等を明示せず,曖昧な調査結果の内容をそのまま公表し,かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ,市場における評価の毀損を招いたことは,国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たる。

 

 

本判決は、国が逆転敗訴したケースであり(第1審の東京地判平成13年5月30日判例時報1762号6頁は請求棄却で原告らが敗訴した)、政府による広報との関係でも重要な意味を持つ裁判例であると考えられる。

 

本件は大腸菌O-157による集団食中毒の原因食材として、特定の業者から出荷されたカイワレ大根の可能性が否定できないという公表[7]についての国家賠償法上の違法性が問われたケースである。

 

本判決は、主権国家が生命や身体の安全に対する侵害及びその危険から国民を守ることも国民に負託された任務の一つであることなどに照らし、公表行為の意義を認めつつも、次のとおり述べ、違法(国賠法1条1項)となる場合についての基準を示した。

 

「本件各報告の公表は,なんらの制限を受けないものでもなく,〔①〕目的,〔②〕方法,〔③〕生じた結果の諸点から,是認できるものであることを要し,これにより生じた不利益につき,注意義務に違反するところがあれば,国家賠償法1条1項に基づく責任が生じることは,避けられない。」(下線と①~③は引用者)

 

このように、本判決は、公表の違法性の判断基準(一般論)として、公表行為の①目的、②方法、③生じた結果の3点から、国家賠償法1条1項の違法性が認められ、国が損害賠償責任を負う場合があると述べている。

 

この判断基準の法的評価については、以下の宇賀克也東京大学教授(当時、現在は最高裁判事)の次の解説(本判決の判例解説)が特に参考になる。

 

「公表の違法性の判断基準については、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件をそのまま当てはめようとする裁判例が主流であったが、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件は、表現の自由と名誉権の調整を図るものであるのに対し、行政主体は表現の自由の享有主体ではなく、また、国民(住民)に対する説明責任を負う主体であるから、私人間の名誉毀損に係る不法行為の成立要件とは異なる基準で違法性が判断されるべきことは、かねてより少なからぬ学説の指摘するところであった。本件判決において、この学説の立場が支持されたとみることができると思われる。」(下線及び太字による強調は引用者)[8]

 

本判決は、このような判断基準に照らし、違法性を認定し、国の賠償責任を肯定したのである。

 

もちろん同じ事実関係ではないが、厚労省内閣官房等による「羽鳥慎一モーニングショー」などを名指ししてツイートする政府広報としての公表行為も、①目的、②方法、③生じた結果の3点を検討すべきではないかと思われる。

 

詳細な検討はここではしないが、他の番組や新聞記事などでも同様の内容の報道をしている事実が認められるとすると、①コロナ対策目的(被害や危険の拡大防止)は正当であるとしても、②その方法については、あえて「羽鳥慎一モーニングショー」など特定少数の番組名等を取り上げることがコロナ対策の目的を達成するために本当に必要であったのか疑問が残るといえるし、なぜ当該番組名だけなのか(不平等)分からないところがあり(見せしめ的な方法ともいえる)、さらに、③例えば、仮にテレビ局などにクレームの電話などが殺到した、視聴率が相当程度落ちたということになると、放送事業者の業務に具体的な支障が生じたといえることになるだろう。

 

ちなみに、番組名に含まれる羽鳥慎一アナウンサーや、岡田春恵教授(なお、岡田教授の名前は出さない場合でも特定できれば殆ど同じことである。)といった個人(公職者ではない個人)を名指しする政府のツイートは、さらに当該個人にとって③重大な結果を生じさせる危険があるといえる。

 

仮に国賠法上違法な政府広報(ツイート)だということになると、「言論弾圧」と比喩的に批判される記事を書かれたり、そのような番組を放送されたりしても、政府には反論の余地はないと言わなければならないだろう。そのような報道に対し、さらに政府が個々の番組名や個人を(再度)名指しする反論ツイートをすることなど言語道断ということになるわけである。

 

 

3 政府広報と「損失補償」―憲法学及び行政法学からのアプローチ

 

控訴人らは、控訴審において、損失補償請求憲法29条3項)に係る主張を追加したが、次の本判決の判示とおり、却下されている。

 

「5 争点(4)(損失補償の可否)について

 控訴人らが当審において追加的に併合して審理することを求める損失補償請求につい

ては,被控訴人が請求の追加に同意せず,当審において,この請求について審理することはできず(最高裁平成5年7月20日第三小法廷判決・民集47巻7号4627頁),損失補償に係る訴えは,不適法であり,却下を免れない。」

 

しかし、この手の事案で、違法性が仮に否定された場合で、損失補償請求(憲法29条3項に基づく直接請求)をなしうるとの主張を一審段階から行っていた場合には、請求が却下されるわけではなく、実体判断がなされることになる。

 

損失補償請求が認められるか否かは、実務的には、「特別の犠牲」と言えるか否かで判断される[9]

 

つまり、厚労省内閣官房等による「羽鳥慎一モーニングショー」などを名指ししてツイートする政府広報としての公表行為が、仮に国賠法上違法ではなく、適法なものであったとしても、例えば個人名を公表された者の損失が特別の犠牲に当たると認められる場合には、政府(国)は、その損失を補償しなければならない。違法ではないから法的に問題ないということにはならず、適法であっても、国が市民の損失を補填すべき場合があるのである。

 

ちなみに、損失補償は、憲法学でも行政法学でも扱われるテーマであり、司法試験の論文式試験でも憲法でその理解が問われた年もあれば、行政法で聞かれるという年もある。法律家の実務ではそれほど多くはみられない損失補償請求ではあるが、司法試験との関係ではかなりの重要度を占めているものといえる。

 

 

4 東京高判平成15年5月21日(大阪O-157食中毒損害賠償事件判決)の“予言”

 

本判決は、クライシスコミュニケーションのあり方が正面から問われた[10]訴訟であった。

 

以下のような判示も見られ、昨今の日本国の姿を予言した内容とすらいえよう

 

(以下、本判決の一部を引用(下線や太字強調は引用者))

 

 ア 主権国家は,生命や身体の安全に対する侵害及びその危険から国民を守ることも国民に負託された任務の一つで,国民も,これを理解し,納税等により必要な負担をすることを了解する。自国民の生命や身体の安全の確保に関心を払わない国家及び政府は,自国民の信頼を得ることはなく,他国の侮りと干渉に翻弄されるに至るのが常で,国際社会における名誉ある地位(憲法前文)を得ることもない。

 イ 有毒ガスにより自国民を虐殺したとされる他国政府の例に加え,有毒ガスにより無差別殺戮を実行した我が国のカルト集団等の例に接しては,無法国家やテロ組織による生物化学兵器による攻撃も,杞憂とばかり言い切れず,昨今の原因不明の疾病の蔓延という異常事態の発生(公知の事実)を目の当たりにすると,我が国の国家としての危機管理の有り様が問われている感を強くする。生物化学兵器等の人為的なもの,又は疾病の蔓延等の人為的でないもの,いずれであれ,国民の生命,身体に危険を及ぼす異常事態に対しては,国家及び政府は,国民に負託された任務の遂行として,事態を科学的に解明し,これに基づく適切な対策を講ずることが求められる。事実の隠ぺいは,事態の悪化を招くに終わるのが常である。殊に,疾病の場合においても,法制上,患者を隔離し,治療と病気の蔓延の防止に実効のある措置を講じることの困難な我が国においては,事態の悪化を防ぐ方策は,原因が究明され,有効な対策が講じられるまで,国民に正確な情報を開示して事態を理解させ,その理性的な対処に待つ他ないのが実情である

 ウ 国民の生命及び身体の安全の確保に関し,厚生省が,第2次世界大戦後の我が国の復興,発展とこれによりもたらされた国民生活の向上に絶大な寄与をして来たことは,国民の等しく認めるところである。一方において,この約40年の間サリドマイド,スモン,クロロキン,コラルジル及びHIVによる薬剤による被害が争われた訴訟において,厚生省は,薬剤の危険に関する情報に接しながら,利用者の生命,身体の安全より,製造者の利益を重視し,適切な対処又は情報の開示をしなかったとして,被害者から追及を受けて来たことも,公知の事実である

 

(中略)

 

 6 まとめ

 以上のとおり,控訴人らの請求は,取り扱う商品について違法に市場評価及び信用を毀されたことに基づき,本判決により,市場評価及び信用が回復されることをも考慮し,各100万円(一部の者は,請求額)及び遅延損害金の限度において認容する。中間報告の公表後,貝割れ大根の生産及び販売が受けた苛酷な影響は,前記認定の事実からも,その一端を窺うことができる。控訴人らの貝割れ大根の生産及び販売が,今もなお,当時の販売量を回復しない(控訴人らの主張)ことを考慮すると,控訴人らの怒りの程は察するにあまりあるが,当裁判所は,この判決において判断した以上の解決を見出すことはできない。控訴人らが突きつける怒りは,この訴訟を契機として,被控訴人において,非常時に遭遇してから対処するのではなく,将来の危機に備え,国民の利益をどのように調整し,確保するかについての技能を高める契機とすることによって解消されることを期待すべきものと考える

 

(以上、本判決の一部を引用(下線や太字強調は引用者))

 

 

本判決を書いた裁判官3名(江見弘武氏・白石研二氏・土谷裕子氏)の中に、令和時代から平成時代に(判決時は平成15年)タイムスリップあるいは転生してきた裁判官がいるのではないか?……と思うほどの内容といえるだろう。

 

政府は「先手先手」とは真逆の「後手後手」の対応をし続けており、その様子が日々報道されている。新聞記事や放送等の報道は、少なくとも客観的な事実を述べたり妥当な範囲内で客観的事実に評価を加えたりするものであれば、「デマ」「フェイク」などと称されるべきものでは決してない。

 

あえて繰り返すが、本判決は「疾病の蔓延等の人為的でないもの,いずれであれ,国民の生命,身体に危険を及ぼす異常事態に対しては,国家及び政府は,国民に負託された任務の遂行として,事態を科学的に解明し,これに基づく適切な対策を講ずることが求められる。事実の隠ぺいは,事態の悪化を招くに終わるのが常である。」(下線及び太字による強調は引用者)と警告している。

 

寺田学衆議院議員(選挙区は秋田一区(秋田市))がTwitter(2020年3月7日18:05、長島昭久衆議院議員のニュース記事の引用リツイートをさらに引用したリツイート)で「クルーズ船で陽性になった方が、都内で入院後に秋田に戻られたことが、県には一切伝えられていませんでした。また、搭乗した便名も航空会社の了解が得られないから公表しないと、濃厚接触者も自覚できていません。困っております。国と自治体の情報共有は課題と思います。」と述べている。極めて正当な指摘であり、国(厚労省等)は,ウィルスの危険に関する情報に接しながら,利用者の生命,身体の安全より,航空会社の利益を重視し,適切な対処又は情報の開示をしないなどの対応に終始しているようであるが、直ちに開示しすべきである。

 

また、Twitterを用いて不必要不相当に個人や番組名等の氏名等を公表したり、客観的事実を捻じ曲げたり、報道や表現の自由を不当に萎縮させるような政府広報(ツイート)することも、今後はやめるべきである。

「官邸の意向」を「忖度」してやったというのも、もちろん正当な理由にはならない。公益に反する、言論弾圧と批判されても仕方のない所業であり、忖度に基づく違法(ないし不当)な行政活動を行う公務員も同罪である。

 

 

今からでも、現政府、公務員、政府関係者は、本判決の各指摘を大いに参考にしなければならない。

 

 

 

5 伊藤塾「明日の法律家講座」(4月4日(土)18:30~)のご案内 ―憲法行政法を扱う法曹の仕事の面白さについてお話しします

 

以上、厚労省内閣官房等による「羽鳥慎一モーニングショー」などを名指しするツイートの問題に関し、憲法行政法の双方(公法)からの簡素な分析を試みた。

 

「広報」の問題について「公法」の観点からアプローチしたが、同様に憲法行政法両方からの検討をすると良いと思われる問題が、文化芸術活動への政府の助成(補助金助成金等の給付)をめぐる問題である。

 

この問題に関しては、文化庁あいちトリエンナーレ2019の補助金不交付決定処分等につき、法学の世界では憲法学者を中心に様々な検討がなされているが、行政法行政法学)からの検討は多くないように思われる。

 

そこで、告知させていただくが、

 

伊藤塾・東京校(渋谷)にて、元伊藤塾の塾生(ただし基本的には中央大学駅前校に通っていました。)でもある本ブログの筆者が「明日の法律家講座」の講師を担当させていただきます。

https://www.itojuku.co.jp/itojuku/afterpass/kouenkai/tomorrowlaw/bn/tokyo294_200229.html

 

日時:2020年4月4日(土)

   18:30~20:30

   (同年2月29日(土)よりコロナ対策のため日程を変更しました)

 

場所:伊藤塾・東京校(渋谷)

https://www.itojuku.co.jp/itojuku/school/tokyo/index.html

 

講演タイトル:「公法系弁護士」の面白さ~近時の補助金不交付問題等を題材として~

 

 

・・・ということで、最後は宣伝になってしまいました。

 

4月頃にはコロナも収束しているといいのですが、「未知の」部分がまだ多い新型ウィルスですから何とも言えず予測は困難ですが、ご予約は不要ですので、また日程が近くなったときにでもご検討いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 

 

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現状を憲法の文言に書くだけだから心配はいらない、という説明が今ふうに言えば端的に「フェイク」な言説であることは明らかでしょう。[11]

 

 

 

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[1] 樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在―「ネオリベラル」と「イリベラル」のはざまで』(岩波書店、2019年)40頁。

[2] 蟻川恒正「政府の言論の法理」駒村圭吾鈴木秀美編『表現の自由 Ⅰ―状況へ』(尚学社、2011年)417頁(437~438頁)。

[3] 蟻川・前掲注(2)439頁参照。

[4] 芦部信喜高橋和之補訂)『憲法 第七版』(岩波書店、2019年)191頁。

[5] なお、政府広報としての政府のツイートが放送事業者の放送内容等に影響を及ぶことは、「検閲」(憲法21条2項前段)の最高裁最大判昭和59年12月12日民集38巻12号1308頁)の定義には当たらないと考えられる。

[6] 中原茂樹『基本行政法[第3版]』(日本評論社、2018年)47頁。

[7] 中原・前掲注(6)47頁。

[8] 宇賀克也「判批」(東京高判平成15年5月21日解説)廣瀬久和=河上正二編『消費者法判例百選』(有斐閣,2010年)174~175頁(175頁)。

[9] 田中二郎『新版 行政法 上巻 全訂第2版』(弘文堂、昭和49年)211頁、塩野宏行政法Ⅱ[第六版] 行政救済法』(有斐閣、2019年)385頁、芦部・前掲注(4)247頁参照。なお、特別の犠牲といえるかどうかの基準については、田中二郎・同214頁以下を参照されたい。

[10] 宇賀・前掲注(8)174頁。

[11] 樋口・前掲注(1)164頁。

 

弁護士会の総会運営と手続的正義について

 

 

「『自由の歴史は大部分手続的保障の歴史であった』と考える立場は、人権保障にとってきわめて重要な視点であることを看過してはならない。」*1

 

 

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明日(2020年3月2日)、東京弁護士会の臨時総会開催される予定とのことだが、感染症の予防上の措置が十分にとられているのか、取られていないとすると総会手続の瑕疵が生じると考えられることから、以下、簡単なメモを残すこととする。

 

 

202022716:12 日本経済新聞

「新型コロナウィルス 閉鎖空間で短時間浮遊の可能性」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56122330X20C20A2CC1000/

 

新型ウイルスは、せきやくしゃみでウイルスが直接口などに入る飛沫感染、せきなどで飛び散ったウイルスが手などを介して体内に入る接触感染が起きるとされていた」(同記事)が、「マスクや手袋をしていた医療関係者や検疫官らの感染も相次いでいる」(同記事)ことが指摘されている。

 

この点に関し、「日本感染症学会の舘田一博理事長によると、せきなどで生じる飛沫は水分を多く含み浮遊しないが、会話で生じるつばがウイルスを含んで飛び、ごく短時間空気中に浮遊している可能性があるという。飛沫よりも水分が少なく小さいため通常のマスクでは防げない。」(同記事)ということのようである。

 

 

ところで、このような事実も考慮しての判断をする自治体もあると思われるが、現在、多くの小学校・中学校・高校では、臨時休業を決めている。

 

学校保険安全法20条は「学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。」と規定しているところ、子どもには比較的感染しにくい、あるいは感染しても重篤化しにくいと言われているにもかかわらず、法令上「感染症の予防上必要があるとき」に当たると判断しているところも少なくないようである。

 

 

他方で、東京弁護士会の臨時総会の対応については、例えば、以下のような対応(あ)~(お)が考えられる。ただし、この5つは必要な対応ではあるが、これらすべてを実施したからといって決して十分な対応とはいえないと考えられる。

 

(あ)当日、熱のある方や風邪気味の方の出席はご遠慮いただく

(い)会場への入口などにアルコール消毒液を置く

(う)マスクを少なくとも参加者分は用意・提供する

(え)総会運営に関し、発言者用のマイクを離れた場所(例えば前方の両端等)に設置し、そのマイク周辺には席を設けず、発言があるごとにマイクをアルコール消毒するという対策を行う

(お)空調をよくきかせる

 

 

しかし、明日、4号議案(死刑廃止関連議案)まで当初の予定どおり扱うとなると、審議時間(裁決までの時間)が相当長時間になることが予想されるため(2~3時間、あるいはそれ以上か)、少なくとも以下の26の事項を指摘することができるだろう。他にもある(漏れはある)とは思うが、とりあえず書き出してみたい。

 

 

(A)会場に入場する人の体温を図ることを強制できない(実は熱があったりするのに来てしまう方もいる可能性)こと

(B)長い時間(少なくとも4~5時間でしょうか)会場(クレオ)にとどまること

(C)アルコール消毒を入口で強制する措置が取られないだろうこと(その措置を取るとの事前のアナウンスはない)こと

(D)マスクは通常のものであって医療従事者がするようなマスクではないと考えられる(医療従事者がするようなマスクであるとの事前のアナウンスはない)こと

(E)マスク着用義務を果たしていない者(正しく付けていない者を含む)に対する対応が取られない可能性があること(その措置を取るとの事前のアナウンスはない)こと

(F)会場内でも会話が多少はなされる可能性があるにもかかわらず、2メートル間隔をとって座る準備ができていない(そのアナウンスはない)こと

(G)アルコール消毒をする担当の東弁職員あるいは東弁会員(弁護士)への感染リスクは考慮できていない(その対策は不十分である)こと

(H)アルコール消毒をする時間などがあるため、運営がいつもよりも長くかかってしまうこと(それだけ長時間拘束される)

(I)空調をよくきかせたことがかえってアダとなる可能性(エアコン・空調機器の風が強いと感染リスクが上がる可能性)

(J)風邪気味の方が仮に全員欠席しても、症状のない方も感染している可能性があること(特に若者には症状が出にくいこと)

(K)首相の2020年2月29日18時からの記者会見でも明らかになったとおり、全国的に検査が十分に受けられていない状況があること

(L)十分に検査を受けられない状況であるため、実は感染しているのに(間違って)会場に来る方もいること

(M)検査を十分受けられない状況にもかかわらず、インフルエンザなどに比べると、重篤化した場合、死に至るまでの時間が速いとの報道もあること

(N)新しいウィルスなので未知の問題がなおあること(重篤化の速度、陽性→陰性→陽性となることなど)

(O)政府のいう、ここ1~2週間が勝負、のその期間内(というか、1~2週間と言いだした24日あたりからカウントすると、そのど真ん中の日)での開催であること

(P)公的団体・公益団体である弁護士会としては、職員・会員の生命健康への配慮はもちろん、ウィルスの感染拡大をできる限り防止するという社会的責任を果たすべきであるにもかからず、その責任を果たす総会運営となっているか疑問が残ること

(Q)(P)に関し、現時点で日本を入国制限する国が複数あることから、感染拡大防止の社会的要請は極めて高いこと

(R)2020年3月1日の京都コングレス関係の公開シンポジウムが中止となっており、京都コングレスとの関連性に配慮する必要性が低減したこと

(S)京都コングレス本体の中止や延期あるいは縮小開催の可能性は否定できないこと(ゆえに(R)と同じ事情あり)

(T)WHOが2月29日に世界的危険度を最高レベルのものに引き上げたこと

(U)上記の各事項に照らすと、当初は出席予定であって方も、欠席となる可能性もあり、そうなると手続的な不当性が指摘されうること、現実に欠席を表明した会員が出ていること

(V)(U)に照らし、手続的な不当にとどまらず手続的に違法となった場合には、事後に総会決議無効確認訴訟がなされた場合、決議が無効となる可能性も否定できないこと

(W)年齢的に基礎疾患のある年代の先生方も例年多く出席されており、小学校などよりリスクが極めて高いこと(他方で小学校は臨時休業の所が多い)

(X)基礎疾患のある会員も、殆どの会員は、公共交通機関あるいはタクシーなどを利用しなければ総会の会場に来られないが、特に電車が混む帰宅時(総会終了予定時刻の夕方)に感染リスクが(さらに)高まること

(Y)他会(一弁、二弁等)が総会をやっているから、というのは上記各事項からすると合理的な理由にならないこと

(Z)東京弁護士会は、2015年7月16日、安保関連法案の「強行採決」に抗議する旨の会長声明(伊藤茂明会長)を出しているが、明日、4号議案を上程・可決した場合、(A)~(Y)の各事項に照らすと、同議案の「強行採決」をしたとの批判をされかねないこととなり、自己矛盾した公的団体であると内外から言われかねず、ひいては対外的及び内部の会員や職員からの信用・信頼を失ってしまうおそれがあり、それがひいては弁護士自治を壊すおそれにつながりかねないこと

 

 

他方で、4号議案は扱わず、1~3号議案までで終わらせるということに変更するのであれば、30分程度で明日の臨時総会が終わるのではないかと予想されるが、この場合、生命健康・感染拡大リスクは低減するものと思われる。

 

 

なお、以上は、死刑廃止の結論(賛成・反対)にかかわらず、その総会・議決の手続に関して思うところを簡単な覚書きとして述べたものである。

 

明日、手続的正義に適う総会運営(適宜一部ないし全部を中止する判断を含む)がなされることを一法曹として期待したい。

 

 

*1:芦部信喜高橋和之補訂)『憲法 第七版』(岩波書店、2019年)252頁。

伊藤塾「明日の法律家講座」4月4日(土)で配布予定の問題(令和2年司法試験論文行政法対策)と答案例の一部を公開します

本来は本日予定されていました以下の講座は,新型コロナウィルス感染症対策関係で,以下のとおり4月4日に延期となりました。

  

伊藤塾 明日の法律家講座 東京校(渋谷)第294回

2020年4月4日(土)18:30~20:30  ※2/29より変更(2/26)

「公法系弁護士」の面白さ~近時の補助金不交付問題等を題材として~

講師:平 裕介 (弁護士・日本大学法学部助教・元伊藤塾塾生)

講師プロフィール・講師からのメッセージは↓以下↓のとおりです。

https://www.itojuku.co.jp/itojuku/afterpass/kouenkai/tomorrowlaw/bn/tokyo294_200229.html

 

ということで,本日(2月29日)は実施できませんでしたが,参加予定であったという方もいらっしゃると伺っておりますので,本日の講演のために準備していた問題(司法試験タイプのもの)と答案例の一部を公開いたします!

 

多くの受験性が令和2年司法試験論文式試験行政法で出題されそうな論点として取消(抗告)訴訟の処分性を挙げると思いますが,処分性といってもいくつかの類型があるため(例えば,中原茂樹『基本行政法[第3版]』(日本評論社,2018年)316~319頁等参照),処分性が出たと言っても特定の類型・タイプ(事案)まで当てないと,とても的中とは言えません。

 

そこで,その類型の1つであり,前掲中原先生の基本行政法・第3版の307~311頁の「給付に関する決定」のタイプが出ると予想するという趣旨で,以下のとおり,問題と設問2(1)の答案例を本ブログで示します。

 

前掲中原先生の基本行政法・第3版の307~311頁などを参照しつつ,答案例を参考になさっていただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 

 

〔以下,問題)

 

次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。

 

 20××年2月10月,美術・芸術の専門家らで構成される団体「Aトリエンナーレ実行委員会」(以下「実行委員会」という。)は,実施期間を同年10月1日から同年12月10日までとする国際芸術祭「Aトリエンナーレ20××」(以下「本件芸術祭」という。)を行う目的で,B県の公の施設であるB県美術館のギャラリー展示室(室内)や展示スペース(屋外)の利用許可を申請し,同年4月11日,B県美術館長は,その利用を許可した。なお,同美術館は,博物館法に基づき設置された施設である。

 本件芸術祭はB県やB県内の自治体C市の後援を受けて実施されるものであった。すなわち,本件芸術祭の総事業費は12億円であり,B県が6億円,C市が1億円を負担することが決まっていたが,本件芸術祭の協賛団体等の支援・協力を受けても実行委員会らによって残りの事業費全額を負担することは極めて困難な状況であった。

 そこで,B県は,文化庁に対し,同年4月8日,本件芸術祭の事業費の一部として使用する目的で,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」または「法」という。)5条により,文化庁の所管する国の文化資源活用推進事業の補助金の交付を申請したところ(以下この申請を「本件申請1」という。),同年5月10日,同事業としての補助金7800万円の交付を受けることが採択された。この「採択」は,補助金の交付申請に対する交付決定(法6条1項)それ自体ではなく,同決定の前の時点で慣行上なされている手続ではあるが,外部の文化芸術の有識者により構成される審査委員会の審議を経てなされるものであり,また,採択における交付予定金額とその後の交付決定における実際の交付金額が異なることは稀であり,採択段階で同事業の補助金を交付するとの決定がなされたにもかかわらず文化庁長官により同事業の補助金の交付決定が行われなかったという例は,同事業の補助金が同事業以外の目的に不正に流用されるおそれが交付決定前に発覚した場合を除いて,これまで1件もなかった。

 実行委員会の委員でもあり,過去に同規模の国際芸術祭の芸術監督を務めたこともあるDは,日本と外国との文化の交流に関する講演会,研究会,セミナー,芸術祭等の開催・参加・支援等を目的とする一般社団法人Eの代表者であった。そこで,Eは,同年4月11日,日本と外国との国際文化芸術の知的交流・研究等を目的とし,日本と外国との国際文化芸術の交流等に関する事業に対する助成金の交付事業(独立行政法人基金法(以下「基金法」という。)14条1項1号イに係る事業)を実施している独立行政法人F会に対し,Eの事業の1つである本件芸術祭への参加及び支援に係る事業について,独立行政法人F会法13条により準用される補助金適正化法5条により,助成金の交付を申請したところ(以下この申請を「本件申請2」という。),同年5月15日,助成金1200万円の交付を受けることが採択された。この「採択」も,上記文化庁による採択の場合と同じく,外部有識者による審査委員会の審議を経てなされるものであり,助成金の交付申請に対する交付決定(法6条1項)それ自体ではないものの,同決定に先立ち慣行上常に実施される手続であり,これまで,上記のような不正流用が発覚した場合を除き,採択後に不交付とされた例は1件もなかった。

 同年10月1日,予定どおり本件芸術祭が開催され,合計20の企画展が同時に実施された。その企画展の1つとして,キリスト,ムハンマドブッダ天照大御神などの肖像群が燃えるように見える映像を含む映像作品「無宗教の世界 ~神々の成仏~」(1回の上映時間は約3分,以下この作品を「本件映像作品」という。),大学生と見られる女性の胸部を大きく強調して描いた現代的な美術作品「鵜澤ちゃんも遊びたい!」など,過去に美術館から撤去されたり報道等で問題があるのではないかと言われたりしたことのある作品を含む美術作品や芸術作品を約25点展示した企画展「滅私奉『公共』・その後」(以下「本件企画展」という。)も予定どおり開催された。本件芸術祭開催日初日は,特に本件企画展を含むすべての企画展に対する抗議の電話等はなかったが,翌日の同年10月2日午後,C市長Gが,ツイッターで「本件企画展は内容が不適切であるから,直ちに中止すべきである!」と述べ(以下,「本件ツイート」という。なお,C市長Gのツイッターをフォローしている者は約30万人いた。),また,翌日の午前には本件企画展の会場の入り口付近で座り込みをして「公益に反する表現!即刻中止!!」と書かれたポスターを掲げ,抗議活動を展開したことから,このC市長Gの活動が新聞報道やインターネットのニュース等の記事等を通じて広く取り上げられることとなった。そして,本件ツイートの後,同月2日午後から翌3日にかけ,インターネット上を中心に本件企画展を非難したり,本件企画展に美術作品・芸術作品を出展した作者らを誹謗中傷したりする市民らのツイートが多数なされるようになり,また,同月2日には合計200件の,同月3日には合計1000件の抗議の電話がB県や実行委員会の苦情受付窓口になされ,同日午後4時頃にはB県の市民窓口課に「ガソリン缶と花火を持って本件企画展の会場にお邪魔しますんで。すべて燃やすよ。愛国者より」というFAXが送られるという事件(以下「本件脅迫事件」という。)まであった。

 B県は,本件脅迫事件があったことなどから,同月4日から同月24日まで,本件企画展を中止し,本件企画展をより安全に安心して開催できるよう準備期間を設け,本件企画展会場内及びその周辺の警備体制を強化したり,本件企画展の閲覧を希望する者に対して本件企画展の趣旨を説明する10分程度の説明会への参加を義務付けたりするなどの対策を講じた。B県は,本件芸術祭の開催に当たって事前にB県警と協議するなど本件企画展を含む企画展の各会場周辺における通常の警備体制を整えていたため,比較的速やかに警備体制を強化することができた。なお,同月4日以降はB県や実行委員会の苦情受付窓口への電話は平均して10件程度に減少した。同月8日,本件脅迫事件の被疑者Hが逮捕され,また,本件企画展以外の企画展等は特に中止されることなく予定通り平穏に開催されていた。

 同月25日,本件企画展が再開された。同日のみB県や実行委員会の苦情受付窓口への電話が60件あったものの,同月26日以降は平均して10件程度に減少した。

 同月26日,文化庁は,本件申請1の審査をしたところ,補助金適正化法6条等に基づき,全額不交付とする決定をした(以下,この決定を「本件処分」という)。文化庁が本件処分を行うと同時にB県に交付した文書によると,本件処分の理由は,補助金申請者であるB県が,展覧会の開催に当たり,来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識しえたにもかかわらず,それらの事実を文化庁から問合せを受けるまで文化庁に申告しなかったことにより,実現可能な内容になっているか及び事業の継続が見込まれるかについての適正な審査が行えなかったことであった。

 他方,F会は,本件申請2につき審査をした上で,同年10月6日,Eに対し,助成金全額の交付決定をしたが,同月8日,本件映像作品の制作者の一人であるIが麻薬及び向精神薬取締法違反の疑いで逮捕され,12月22日,懲役1年6月,執行猶予3年の有罪判決を受けたことから,翌23日,同交付決定を取り消す決定(以下「本件取消決定」という。)をした。本件取消処分を行うと同時にF会がEに交付した文書には,「本件映像作品については,麻薬及び向精神薬取締法違反により有罪が確定した者であるIがその制作にかかわっていることから,助成金の交付は公益性の観点から適当ではないため,独立行政法人基金法第17条,補助金適正化法第17条第1項により,本件取消処分を行った」と記載されていた。

  

〔設問1(憲法)〕

 あなたは,司法修習における実務修習の選択型プログラム「公法系訴訟の実務」を選択した司法修習生J(以下「修習生J」という。)として,本件処分に関する憲法上の問題について,意見を述べることになった。

 その際,同プログラムの指導担当弁護士Kからは,参考とすべき判例があれば,それを踏まえて論じるように,そして,判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている。また,当然ながら,本件処分が,いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にする必要があるし,自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は,それについても論じる必要がある。

 以上のことを前提として,【参考資料】を参照しつつ,あなた自身の意見を述べなさい。

 

〔設問2(行政法)〕

(1) Eは,F会に対して本件取消決定の取消訴訟(行訴法3条2項)(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討しているが,本件訴訟を適法に提起することができるか。同項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」という訴訟要件に絞って,F会が行う反論を踏まえて,修習生Jの立場から,【法律事務所の会議録】及び【参考資料】を参照しつつ検討しなさい。

 

(2) 本件取消決定には補助金適正化法に反する違法があるとのEの主張として,どのようなものが考えられるか。F会が行う反論を踏まえて,修習生Jの立場から,【法律事務所の会議録】及び【参考資料】を参照しつつ検討しなさい。

 

 

【法律事務所の会議録】

修習生J:「公法系の法律や憲法と関係する公法系の事件の面白さって何ですか?」

弁護士K:「それはですね,今度の伊藤塾で私が講師を担当させていただく『明日の法律家講座』でもお話することなのですが,まず挙げられるのが(中略)。ですから公法系の事件等に関する法律実務は面白いわけです。」

修習生J:「その講座,4月4日(土)に延期になったんですよね。行けるか検討してみます。」

弁護士K:「有難うございます。本件訴訟も公法系の事件である行政訴訟ですよね。一緒に検討してみましょう。Eは,本件訴訟を適法に提起できるでしょうか。助成金交付給付行政における行為は,その性質上,本来的には契約上の行為と解されるという見解が有力ですから,訴訟要件である処分性の肯否を検討しておきましょう。」

修習生J:「元司法試験考査委員をされていた中原茂樹先生の『基本行政法』に数頁にわたって書いてあった論点ですね。今,ちょうど持っていますが,第3版だと307頁以下です。司法試験の勉強でも十分対策しましたので任せてください。」

弁護士K:「よく勉強されていますね。Jさんには,まず,本件取消決定の処分性の問題を検討していただきますが,その際には,本件の助成金基金法との関係や,取消の対象である助成金の交付決定の性質についても検討してください。」

修習生J:「かしこまりました。」

弁護士K:「次に,本案の問題ですが,本件取消決定は違法でしょうか。違法事由があるとしてどの規定に違反して違法となるか,関係法令なども考慮しながら検討してみましょう。」

(以下略)

  

続きは,2020年4月4日(土)の伊藤塾東京校(渋谷)の『明日の法律家講座』で!

 

 

 

【参考資料】(各法令(抄)の関係条文の一部を掲載(追ってその全部を掲載予定))

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30年法律第179号)

補助金等の交付の申請)

第5条 補助金等の交付の申請(契約の申込を含む。以下同じ。)をしようとする者は、政令で定めるところにより、補助事業等の目的及び内容、補助事業等に要する経費その他必要な事項を記載した申請書に各省各庁の長が定める書類を添え、各省各庁の長に対しその定める時期

までに提出しなければならない。

補助金等の交付の決定)

第6条 各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額

の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定(契約の承諾の決定を含む。以下同じ。)をしなければならない。

2~4 (略)

(決定の取消)

第17条 各省各庁の長は、補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基く各省各庁の長の処分に違反したときは、補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すこと

ができる。

(理由の提示)

第21条の2 各省各庁の長は、補助金等の交付の決定の取消し、補助事業等の遂行若しくは一時停止の命令又は補助事業等の是正のための措置の命令をするときは、当該補助事業者等に対してその理由を示さなければならない。

(行政手続法の適用除外)

第24条の2 補助金等の交付に関する各省各庁の長の処分については、行政手続法(平成5年法律第88号)第2章及び第3章の規定は、適用しない。

(不服の申出)

第25条 補助金等の交付の決定、補助金等の交付の決定の取消、補助金等の返還の命令その他補助金等の交付に関する各省各庁の長の処分に対して不服のある地方公共団体(中略)は、政令で定めるところにより、各省各庁の長に対して不服を申し出ることができる。

2~3 (略)

 

補助金適正化法施行令

(追って掲載予定)

 

独立行政法人基金法(平成14年法律第×××号)

(業務の範囲)

第14条 振興会は、第3条の目的を達成するため、次の業務を行う。

一 次に掲げる活動に対し資金の支給その他必要な援助を行うこと。

イ 芸術家及び芸術に関する団体が行う芸術の創造又は普及を図るための公演、展示等の活動

ロ~ハ (略)

 二~六 (略)

2 (略)

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律の準用)

第17条 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30年法律第179号)の規定(罰則を含む。)は、第14条第1項第1号の規定により振興会が支給する資金について準用する。この場合において、同法(中略)中「各省各庁」とあるのは「独立行政法人基金」と、「各省各庁の長」とあるのは「独立行政法人基金の理事長」と、同法第2条第1項(第2号を除く。)及び第4項、第7条第2項、第19条第1項及び第2項、第24条並びに第33条中「国」とあるのは「独立行政法人基金」(中略)と読み替えるものとする。

 

○文化芸術基本法

(追って掲載予定)

 

○博物館法

(追って掲載予定)

 

○博物館法施行令

(追って掲載予定)

 

 

 

〔以下,答案例(設問2(1))〕

 

第1 設問1

 

(略)→ 2020年4月4日(土)の伊藤塾東京校(渋谷)の『明日の法律家講座』で!

 

第2 設問2

1 小問(1)

(1) 本件取消決定は,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」すなわち取消訴訟の対象となる処分(行訴法3条2項)に当たるか。

(2) 処分とは,①公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち(公権力性),②その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが(直接法効果性)③法律上認められているもの(法律上の根拠)をいう。

(3) 確かに,給付行政に関する行為については,本来的には非権力的な性質のものであるため,具体的な給付請求権は,贈与の申込み(法5条参照)と承諾(法6条1項参照)により成立する贈与契約を原因として発生するものとも思える。ゆえに,交付決定には①公権力性がなく,その取消しも契約の解除ないし解約であるから,①公権力性がないという反論が考えられる。

 しかし,給付の根拠となる法律が,申請権を付与し,行政庁が申請に対し受給権の存否を判断して応答するという手続を採用したものと解される場合には,当該応答としての交付決定やその取消決定は,処分に当たると考える。そして,(ⅰ)基金法17条は,本件助成金につき,補助金等の交付「申請」法5条)や交付決定(法6条1項)の各規定を準用しているから,上記のような申請に対する応答という手続が採用されているといえる。ゆえに,本件助成金の交付決定は申請に対する処分といえ,事後に生じた瑕疵を理由にこの処分を取り消す決定(法17条1項)は講学上の撤回行為であり,処分性があるものといえる。また,(ⅱ)基金法17条は,行政手続法上の不利益処分(同法2条4号柱書本文)に係る理由提示の規定(14条1項本文)と同趣旨の規定(法21条の2)も準用している。(ⅲ)法24条の2補助金等交付決定に係る行政手続法の適用除外規定が置かれた趣旨も,本来は交付決定が申請(同法2条3号)に対する処分に当たるものだからである。さらに,(ⅳ)基金法17条は,不服の申出につき規定した法25条1項を準用しており,同条は,補助金等の交付決定等に不服のある私人による行政処分に対する審査請求(行政不服審査法1条1項・2項,2条)を認める趣旨の規定と解されるから,これも処分性肯定の理由となる。

また,(ⅴ)本件助成金の交付決定は,統一的・画一的・迅速・公平な判断をする要請や,行政上の法律関係の早期確定の要請が高いものといえ,優先的地位に基づく一方的・公権的判断を行う性格の強い行政作用といえる。

したがって,①公権力性が認められる。なお,上記のとおり,②本件取消決定は不利益処分と解されるため、直接法効果も認められ,③法律上の根拠も認められる(基金法17条,法24条の2・25条1項)。

(4) よって,本件取消決定は,取消訴訟の対象となる処分に当たる。

 

2 小問(2)

 

(略)→ 2020年4月4日(土)の伊藤塾東京校(渋谷)の『明日の法律家講座』で!

 

 

 以上、問題と答案例が参考になれば幸いです。4月4日、皆様とお会いできることを楽しみにしています。

 

ご参加をご検討いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 

検疫法と政府の新型コロナウィルス対策の法的問題点

1 新型コロナウィルス感染症と検疫法の準用

 

新型コロナウィルス感染症は、検疫法(以下「法」と略す場合がある。)34条の政令で指定する「感染症」(令和2年政令第28号、令和2年2月14日施行、指定期間1年)として指定された。

 

このことから、新型コロナウィルス感染症には、法2条の2(第2項を除く。)、第2章(法7条、16条1項並びに18条2項及び3項を除く。)及び第4章(法34条から40条までを除く。)の規定(これらの規定に基づく命令の規定を含む。)が準用され、所要の読み替えがなされ適用されることとなった(健発0213第4号令和2年2月13日付け都道府県知事等宛て厚生労働省健康局長通知)。

 

 

2 感染が疑われる者への停留措置と「国民の生命及び健康に重大な影響」要件の認定

 

「検疫」に関して定める法第2章は、法4条から条23条の2までの規定を含む章であることから、法14条1項2号が準用されるので、所定の要件を満たす場合には、新型コロナウィルス感染症の「病原体に感染したおそれのある者」については、その者を「停留し、又は検疫官をして停留させる」ことが「できる」とされている。

 

その要件のうち新型コロナウィルスにとの関係で特に問題となるものは、法14条1項2号の「外国に当該各号に掲げる感染症が発生し、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めるときに限る」の該当性である。

 

この部分にはいわゆる要件裁量が認められると解されるところ、停留措置をとった時点で(政府は停留措置をとったと考えられる)、政府は、「病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めたのである。

 

ただし、この「停留」措置には、時間的制約があり(法34条後段)、新型コロナウィルス感染症の停留の期間は336時間とされている(令和2年政令第28号)。すなわち、14日、2週間である。

 

 

 

3 政府の対応の法的問題点

 

しかし、政府の対応には問題がある。主だった問題は次の2点と考える。

 

1点目は、下船者との法的な交渉等が不十分であったと思われることである。

 

「病原体に感染したおそれのある者」については、船内が汚染されたレッドゾーンとそうではないグリーンゾーンとに明確に区分されていなかったこと(岩田教授の動画投稿や、橋本厚生労働副大臣のツイートで明らかとなった船内写真等に照らせばことのことは明白である。以下このことを「コネクティングルーム状態」という。)からすれば、数日前に検査をしていたとしても、検査後下船時までに罹患する蓋然性は相当程度あると考えられることから、下船者一人一人に対し、行政指導をしたり行政契約を締結する(下船後からの移動時や潜伏期間の日々の生活において他者との接触をできる限り防ぐようにしてもらう環境等を政府側が提供し、行動等が制限される特別の犠牲の代償として政府側が当該個々人の損失を手厚く補償する合意をする)などし、またそのための予算を付けるなど、できるだけ一般市民(他者)に接触させないような手法を採るよう最大限努力すべきであったように思われる。なお、実務的にはなお有力な侵害留保説によると、これらは、給付行政であるから、法律による行政の原理の法律の留保の原則は妥当しないものとなっている(もちろん予算の制約はあるが、テレビCM等の政府広報に予算を沢山割けるくらいであるから、当該個々人の補償ができないわけではなかろう)。

 

しかし、報道されている情報をみる限り、政府が上記のような努力を行っている様子はなさそうであるから、問題がある。

 

 

2点目は、厚生労働省の広報内容(20日)の問題である。

 

厚労省は、令和2年2月20日、公式サイトで、「イベントの開催に関する国民の皆様へのメッセージ」と題する文書を公表した。このメッセージで、厚労省は、「新型コロナウィルス感染症の今後の感染の広がりや重症度を見ながら適宜見直すこととしています」としながらも、「イベント等の開催については、現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではありません」としている。

 

しかし、政府は、停留措置をしたのであるから、法的にみて、「病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある」(法14条1項2号)と現実に認めているわけなので、そのような極めて重大なリスクを認識しておきながら、イベント等の一律の自粛要請すらしないというのには問題があるというべきである。

ましてや、前述したとおり、船内が‘コネクティングルーム状態’にあり、汚染されたゾーンとそうでないゾーンが明確に分かれていなかったのであるから、下船者が検査後下船までに感染している(発症していなくても)リスクは相当程度ある状況なのであって、政府の対応は不十分というほかない。

 

なお、政府は、自ら政令で設定した336時間という停留措置の時間的制約の点も考慮し、なお感染が疑われる(繰り返しになるが、検査後下船までに発熱等の症状がなくても感染した者がいる蓋然性は相当程度あるといえる)多くの者(被停留者)を下船させたのかもしれない(ただしこのあたりの事実関係はよくわからない部分がある)が、336時間という期間設定の妥当性もさることながら、いずれにせよ、水際対策は大失敗におわったわけである。

 

したがって、上記のような下船者の数が多いことも踏まえると、近いうちに日本でパンデミックが起きつつあるという見方もかなり現実味を帯びてきているわけで、少なくとも「新型コロナウィルス感染症の今後の感染の広がりや重症度を見ながら適宜見直すこととしています」としてのであるから、可及的速やかに、イベント等の開催については、政府として一律の自粛要請くらいは最低限行っておくべきであろう


政府には、国民の生命・健康を守る法的義務があり、すでに新型コロナウィルス感染症により、基礎疾患のないとされた方まで亡くなっているのであるから、迅速な対応がなされなければならない。

 

もちろん、政府のメッセージといっても、あくまで「自粛要請」であるから、強制力を持つものではないので、どうしても実施しなければならない行事等は実施することができるので、イベント開催の規制とまではいえないだろう(参加者が減ることにより、事実上の制限となる面がある場合もありうることは否定できないかもしれないが、イベントを開催する側の憲法上の権利との合理的調整は図れているだろう)。

 

 


現状、ウィルスが「先手先手」、政府は「後手後手」であることは明白である。

 

これを政府が逆転させない限り、パンデミックが発生した後、「ロンドン」オリンピック・パラリンピック2020開催というシナリオが現実化する未来は、そう遠くないかもしれない。

 

 

 

(以下、特に参照した法律の抜粋)

 

○検疫法(昭和26年法律第201号)(各下線・太字は引用者)

 

(汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等についての措置)

第14条 検疫所長は、検疫感染症が流行している地域を発航し、又はその地域に寄航して来航した船舶等、航行中に検疫感染症の患者又は死者があつた船舶等、検疫感染症の患者若しくはその死体、又はペスト菌保有し、若しくは保有しているおそれのあるねずみ族が発見された船舶等、その他検疫感染症病原体に汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等について合理的に必要と判断される限度において次に掲げる措置の全部又は一部をとることができる

一 第2条第1号又は第2号に掲げる感染症の患者を隔離し、又は検疫官をして隔離させること。

二 第2条第1号又は第2号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者停留し、又は検疫官をして停留させること(外国に当該各号に掲げる感染症が発生し、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認めるときに限る。)。

三 検疫感染症の病原体に汚染し、若しくは汚染したおそれのある物若しくは場所を消毒し、若しくは検疫官をして消毒させ、又はこれらの物であつて消毒により難いものの廃棄を命ずること。

四~七 (略) 

2 検疫所長は、前項第1号から第3号まで又は第6号に掲げる措置をとる必要がある場合において、当該検疫所の設備の不足等のため、これに応ずることができないと認めるときは、当該船舶等の長に対し、その理由を示して他の検疫港又は検疫飛行場に回航すべき旨を指示することができる

 

(隔離)

第15条 前条第1項第1号に規定する隔離は、次の各号に掲げる感染症ごとに、それぞれ当該各号に掲げる医療機関に入院を委託して行う。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、当該各号に掲げる医療機関以外の病院又は診療所であつて検疫所長が適当と認めるものにその入院を委託して行うことができる。

一 第2条第1号に掲げる感染症 特定感染症指定医療機関感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に規定する特定感染症指定医療機関をいう。以下同じ。)又は第一種感染症指定医療機関同法に規定する第一種感染症指定医療機関をいう。以下同じ。)

二 (略)

2 検疫所長は、前項の措置をとつた場合において、第2条第1号又は第2号に掲げる感染症の患者について、当該感染症の病原体を保有していないことが確認されたときは、直ちに、当該隔離されている者の隔離を解かなければならない。

3~5 (略)

 

(停留)

第16条 第14条第1項第2号に規定する停留は、第2条第1号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者については、期間を定めて、特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関に入院を委託して行う。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であつて検疫所長が適当と認めるものにその入院を委託し、又は船舶の長の同意を得て、船舶内に収容して行うことができる

2 (略)

3 前2項の期間は、第2条第1号に掲げる感染症のうちペストについては144時間を超えてはならず、ペスト以外の同号又は同条第2号に掲げる感染症については504時間を超えない期間であつて当該感染症ごとにそれぞれの潜伏期間を考慮して政令で定める期間を超えてはならない

4 検疫所長は、第1項又は第2項の措置をとつた場合において、当該停留されている者について、当該停留に係る感染症の病原体を保有していないことが確認されたときは、直ちに、当該停留されている者の停留を解かなければならない。

5~7 (略)

 

(検疫感染症以外の感染症についてのこの法律の準用)

第34条 外国に検疫感染症以外の感染症(中略)が発生し、これについて検疫を行わなければ、その病原体が国内に侵入し、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるときは、政令で、感染症の種類を指定し、1年以内の期間を限り、当該感染症について、第2条の2、第2章及びこの章(次条から第40条までを除く。)の規定の全部又は一部を準用することができる。この場合において、停留の期間については、当該感染症の潜伏期間を考慮して、当該政令で特別の規定を設けることができる。

 

【4/4(土)←2/29(土)@伊藤塾(渋谷)】明日の法律家講座(講師:弁護士 平 裕介)のご案内と事例問題

【追記】新型コロナウィルス対策のため、2020年4月4日(土)の同じ時間帯に延期となりました。よろしくお願いいたします。


(以下は、延期決定前のブログ記事です。)


 2020年2月29日(土)18:30~20:30,本ブログ筆者が講師を担当させていただく「明日の法律家講座」を伊藤塾東京校(渋谷)で実施いたします!

 

「講師プロフィール」と「講師からのメッセージ」は↓の伊藤塾のポスター・チラシのとおりです。

伊藤塾ですでに掲載していただいているものです(東京校では実際に筆者自身も見ました)。


 

 f:id:YusukeTaira:20200209142524j:plain

 


当日の流れ(予定)は次の通りです。


・18:30~18:35 伊藤塾の司会者による講師紹介

・18:35~19:55 講演(80分)

・19:55~20:05 休憩・質問用紙の回収

 (質問用紙は予め受付の際に配付いたします)

 ・20:05~20:30 質問に対する回答

 

さて, ↑のポスター・チラシ の「講師からのメッセージ」で言及している「講師作成の事例問題」の一部を,上記講座実施に先立ち,以下のとおり,本ブログで公開いたします。

 

司法試験受験生や予備試験受験生の方々や司法試験・予備試験の受験を検討されている方々が多く受講される可能性が高いと伺いましたので,どのような事例問題を取り上げるのか,事前に知りたいという方々向けに問題のイメージを持っていただきたいという趣旨から公開するものです。

 

もっとも,事前にご検討いただく必要はありません。全く読んでいなくても全く問題なく本講座を受講することができますし、司法試験・予備試験受験生ではない方々(他士業の先生方や、憲法あるいは行政法と関係のある社会問題にご興味のある方々)でも、十分に楽しんでいただける講演にしたいと考えていますので、ぜひ安心して今月29日の夜、お誘い合わせの上(もちろんお一人でも)渋谷の伊藤塾にいらしてください。

 


ぜひとも多くの方々にご参加をご検討いただけると嬉しく思います。

 

よろしくお願いいたします!

 

 

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 次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。

 

 20××年2月10月,美術・芸術の専門家らで構成される団体「Aトリエンナーレ実行委員会」(以下「実行委員会」という。)は,実施期間を同年10月1日から同年12月10日までとする国際芸術祭「Aトリエンナーレ20××」(以下「本件芸術祭」という。)を行う目的で,B県の公の施設であるB県美術館ギャラリー展示室の利用許可を申請し,同年4月11日,B県美術館長は,その利用を許可した。

 本件芸術祭はB県やB県内の自治体C市の後援を受けて実施されるものであった。すなわち,本件芸術祭の総事業費は12億円であり,B県が6億円,C市が1億円を負担することが決まっていたが,本件芸術祭の協賛団体等の支援・協力を受けても実行委員会らによって残りの事業費全額を負担することは極めて困難な状況であった。

 そこで,B県は,文化庁に対し,同年4月8日,本件芸術祭の事業費の一部として使用する目的で,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」または「法」という。)5条により,文化庁の所管する国の文化資源活用推進事業の補助金の交付を申請したところ(以下この申請を「本件申請1」という。),同年5月10日,同事業としての補助金7800万円の交付を受けることが採択された。この「採択」は,補助金の交付申請に対する交付決定(法6条1項)それ自体ではなく,同決定の前の時点で慣行上なされている手続ではあるが,外部の文化芸術の有識者により構成される審査委員会の審議を経てなされるものであり,また,採択における交付予定金額とその後の交付決定における実際の交付金額が異なることは稀であり,採択段階で同事業の補助金を交付するとの決定がなされたにもかかわらず文化庁長官により同事業の補助金の交付決定が行われなかったという例は,同事業の補助金が同事業以外の目的に不正に流用されるおそれが交付決定前に発覚した場合を除いて,これまで1件もなかった。

 実行委員会の委員でもあり,過去に同規模の国際芸術祭の芸術監督を務めたこともあるDは,日本と外国との文化の交流に関する講演会,研究会,セミナー,芸術祭等の開催・参加・支援等を目的とする一般社団法人Eの代表者であった。そこで,Eは,同年4月11日,日本と外国との国際文化芸術の知的交流・研究等を目的とし,日本と外国との国際文化芸術の交流等に関する事業に対する助成金の交付事業を実施している独立行政法人F会に対し,Eの事業の1つである本件芸術祭への参加及び支援に係る事業について,独立行政法人F会法13条により準用される補助金適正化法5条により,助成金の交付を申請したところ(以下この申請を「本件申請2」という。),同年5月15日,助成金1200万円の交付を受けることが採択された。この「採択」も,上記文化庁による採択の場合と同じく,外部有識者による審査委員会の審議を経てなされるものであり,助成金の交付申請に対する交付決定(法6条1項)それ自体ではないものの,同決定に先立ち慣行上常に実施される手続であり,これまで,上記のような不正流用が発覚した場合を除き,採択後に不交付とされた例は1件もなかった。

 同年10月1日,予定どおり本件芸術祭が開催され,合計20の企画展が同時に実施された。その企画展の1つとして,キリスト,ムハンマドブッダ天照大御神などの肖像群が燃えるように見える映像を含む映像作品「無宗教の世界 ~神々の成仏~」(1回の上映時間は約3分,以下この作品を「本件映像作品」という。),大学生と見られる女性の胸部を大きく強調して描いた現代的な美術作品「鵜澤ちゃんも遊びたい!」など,過去に美術館から撤去されたり報道等で問題があるのではないかと言われたりしたことのある作品を含む美術作品や芸術作品を約25点展示した企画展「滅私奉『公共』・その後」(以下「本件企画展」という。)も予定どおり開催された。本件芸術祭開催日初日は,特に本件企画展を含むすべての企画展に対する抗議の電話等はなかったが,翌日の同年10月2日午後,C市長Gが,ツイッターで「本件企画展は内容が不適切であるから,直ちに中止すべきである!」と述べ(以下,「本件ツイート」という。なお,C市長のツイッターをフォローしている者は約30万人いた。),また,翌日の午前には本件企画展の会場の入り口付近で座り込みをして「公益に反する表現!即刻中止!!」と書かれたポスターを掲げ,抗議活動を展開したことから,このC市長の活動が新聞報道やインターネットのニュース等の記事等を通じて広く取り上げられることとなった。そして,本件ツイートの後,同月2日午後から翌3日にかけ,インターネット上を中心に本件企画展を非難したり,本件企画展に美術作品・芸術作品を出展した作者らを誹謗中傷したりする市民らのツイートが多数なされるようになり,また,同月2日には合計200件の,同月3日には合計1000件の抗議の電話がB県や実行委員会の苦情受付窓口になされ,同日午後4時頃にはB県の市民窓口課に「ガソリン缶と花火を持って本件企画展の会場にお邪魔しますんで。すべて燃やすよ。愛国者より」というFAXが送られるという事件(以下「本件脅迫事件」という。)まであった。

 B県は,本件脅迫事件があったことなどから,同月4日から同月24日まで,本件企画展を中止し,本件企画展をより安全に安心して開催できるよう準備期間を設け,本件企画展会場内及びその周辺の警備体制を強化したり,本件企画展の閲覧を希望する者に対して本件企画展の趣旨を説明する10分程度の説明会への参加を義務付けたりするなどの対策を講じた。なお,同月4日以降はB県や実行委員会の苦情受付窓口への電話は平均して10件程度に減少した。同月8日,本件脅迫事件の被疑者Hが逮捕され,また,本件企画展以外の企画展等は特に中止されることなく予定通り平穏に開催されていた。

 同月25日,本件企画展が再開された。25日のみB県や実行委員会の苦情受付窓口への電話が60件あったものの,同月26日以降は平均して10件程度に減少した。

 同月26日,文化庁は,本件申請1の審査をしたところ,補助金適正化法6条等に基づき,全額不交付とする決定をした(以下,この決定を「本件処分」という)。文化庁が本件処分を行うと同時にB県に交付した文書によると,本件処分の理由は,補助金申請者であるB県が,展覧会の開催に当たり,来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識しえたにもかかわらず,それらの事実を文化庁から問合せを受けるまで文化庁に申告しなかったことにより,実現可能な内容になっているか及び事業の継続が見込まれるかについての適正な審査が行えなかったことであった。

 他方,F会は,本件申請2につき審査をした上で,同年10月6日,Eに対し,助成金全額の交付決定をしたが,同月8日,本件映像作品の制作者の一人であるIが麻薬及び向精神薬取締法違反の疑いで逮捕され,12月22日,懲役1年6月,執行猶予3年の有罪判決を受けたことから,翌23日,同交付決定を取り消す決定(以下「本件取消決定」という。)をした。本件取消処分を行うと同時にF会がEに交付した文書には,「本件映像作品については,麻薬及び向精神薬取締法違反により有罪が確定した者であるIがその制作にかかわっていることから,助成金の交付は公益性の観点から適当ではないため,独立行政法人基金法第17条,補助金適正化法第17条第1項により,本件取消処分を行った」と記載されていた。

 

 

〔設問1(憲法)〕 

 あなたは,司法修習における実務修習の選択型プログラム「公法系訴訟の実務」を選択した司法修習生J(以下「修習生J」という。)として,本件処分に関する憲法上の問題について,意見を述べることになった。

 その際,同プログラムの指導担当弁護士Kからは,参考とすべき判例があれば,それを踏まえて論じるように,そして,判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている。また,当然ながら,本件処分が,いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にする必要があるし,自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は,それについても論じる必要がある。

 以上のことを前提として,【参考資料】を参照しつつ,あなた自身の意見を述べなさい。

 

 

〔設問2(行政法)〕

(1) Eは,F会に対して本件取消決定の取消訴訟(行訴法3条2項)(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討しているが,本件訴訟を適法に提起することができるか。同項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」という訴訟要件に絞って,F会が行う反論を踏まえて,修習生Jの立場から,【法律事務所の会議録】及び【参考資料】を参照しつつ検討しなさい。

 

(2) 本件取消決定には補助金適正化法に反する違法があるとのEの主張として,どのようなものが考えられるか。文化庁が行う反論を踏まえて,修習生Jの立場から,【法律事務所の会議録】及び【参考資料】を参照しつつ検討しなさい。

 

 

【法律事務所の会議録】

修習生J:「公法系の法律や憲法と関係する公法系の事件の面白さって何ですか?」

弁護士K:「それはですね・・・(中略)。ところで,Eは,本件訴訟を適法に提起できるでしょうか。助成金交付給付行政における行為は,その性質上,本来的には契約上の行為と解されるという見解が有力ですから,訴訟要件である処分性の肯否を検討しておきましょう。」

修習生J:「元司法試験考査委員をされていた中原茂樹先生の『基本行政法』に数頁にわたって書いてあった論点ですね。今,ちょうど持っていますが,第3版だと307頁以下です。司法試験の勉強でも十分対策しましたので任せてください。」

弁護士K:(以下,追って掲載)

 

 

【参考資料】(各法令等(抄)の関係条文は追って掲載)

補助金適正化法

  

補助金適正化法施行令

  

独立行政法人基金

 

 ○文化芸術基本法

  

○博物館法

 

○文化芸術振興費補助金交付要領

 


*************************

 

 


それでは、皆様、今月末(2月29日)の土曜日、渋谷でお会いしましょう!

 

皆様とお会いできることを楽しみにしています。

 


大澤東京大学特任准教授に対する懲戒処分は、懲戒解雇の有効要件を満たすものか?

 「『機械の様に余り馬鹿にしないで』って云いたい」[1]

 

 

**************

 

 

東京大学の公式ウェブサイトによると、東京大学(本部広報課)は、2020年(令和2年)1月15日付けで、大澤昇平特任准教授に対する懲戒処分を公表した。

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z1304_00124.html

 

筆者は、主に次の3つの理由から本件の懲戒処分の件に関心を抱いた。

 

すなわち、〔1〕筆者は、公務員に対する懲戒処分を含む不利益処分の適法性等の法的問題につき、法律実務書や小論を公表しており[2]、そこでの(行政法の)議論は、労働法で議論される(民間の)懲戒処分の適法性の話と類似するところが多いため、本件の懲戒処分(民間同様、就業規則等に照らしなされるもの)にも興味を持ったこと、〔2〕実務(弁護士業務)で労働案件を担当した経験、〔3〕本件の懲戒処分の適法性につき、関連する裁判例に照らすと懲戒権濫用審査における相当性の原則等との関係で議論の余地があるように思われること、などの理由から本件に注目したのである。

以下、簡単に検討してみたい。

 

1 本件懲戒処分の概要

 

(1)懲戒処分の理由

 

本件の懲戒処分の理由は、以下のとおりとされている。

 

(以下、上記ウェブサイトを引用(下線・太字は引用者))

 

懲戒処分の公表について

 

 令和2年1月15日

 東京大学

 

 東京大学は、大学院情報学環 大澤昇平特任准教授(以下「大澤特任准教授」という。)について、以下の事実があったことを認定し、1月15日付けで、懲戒解雇の懲戒処分を行った。

<認定する事実>  大澤特任准教授は、ツイッターの自らのアカウントにおいて、プロフィールに「東大最年少准教授」と記載し、以下の投稿を行った。

(1) 国籍又は民族を理由とする差別的な投稿 (2) 本学大学院情報学環に設置されたアジア情報社会コースが反日勢力に支配されているかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿

(3) 本学東洋文化研究所が特定の国の支配下にあるかのような印象を与え、社会的評価を低下させる投稿

(4) 元本学特任教員を根拠なく誹謗・中傷する投稿

(5) 本学大学院情報学環に所属する教員の人格権を侵害する投稿

 

 大澤特任准教授の行為は、東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則第85条第1項第5号に定める「大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合」及び同項第8号に定める「その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行為があった場合」に該当することから、同規則第86条第6号に定める懲戒解雇の懲戒処分としたものである。

 

<添付資料>

東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則(抄)

東京大学における懲戒処分の公表基準

 

 東京大学理事(人事労働担当)

 里見 朋香

 

 東京大学では、大学の依って立つべき理念と目標を明らかにした「東京大学憲章」の前文で、『構成員の多様性が本質的に重要な意味をもつことを認識し、すべての構成員が国籍、性別、年齢、言語、宗教、政治上その他の意見、出身、財産、門地その他の地位、婚姻上の地位、家庭における地位、障害、疾患、経歴等の事由によって差別されることのないことを保障し、広く大学の活動に参画する機会をもつことができるように努める。』と明記しています。この東京大学憲章の下、東京大学は「東京大学ビジョン2020」を策定し、誰ひとり取り残すことのない、包摂的(インクルーシブ)でより良い社会をつくることに貢献するため、全学的に教育・研究に取り組んでまいりました。

 

 東京大学の構成員である教職員には、東京大学憲章の下で、それぞれの責任を自覚し、東京大学の目標の達成に努める責務があります。そのような中で、対象者により、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)上で、「東大最年少准教授」の肩書きのもとに国籍・民族を理由とする差別的な投稿がなされたこと、また本学の元構成員、現構成員を根拠なく誹謗・中傷する投稿がなされたこと、それによって教職員としての遵守事項に違反し、ひいては東京大学の名誉又は信用を著しく傷つけたことは誠に遺憾です。このような行為は本学教職員として決して許されるものではなく、厳正な処分をいたしました。

 

 東京大学としては、その社会的責任にかんがみ、今回の事態を厳粛に受け止めております。今後二度とこのような行為がおこらないよう、倫理規範を全教職員に徹底するとともに、教員採用手続や組織運営の在り方を再検証するなど、全学を挙げて再発防止に努めます。また、世界に開かれた大学として、本学の教職員・学生のみならず、本学に関わる全ての方々が、国籍や民族をはじめとするあらゆる個人の属性によって差別されることなく活躍できる環境の整備を、今後も進めていく所存です。

 

(以上、引用終わり)

 

(2)寄付講座(寄付停止の方針)に関して

東京大学東京大学大学院情報学環長・学際情報学府長)は、2019年12月13日付けで、「大澤昇平特任准教授による2019.12.12付のSNS書込みに対する見解」を公表しており(次のウェブサイト)、「情報学環としては、今回各社からの寄付停止の方針となったのは、当該教員〔=大澤特任准教授〕のSNSにおける不適切な書込みが原因であると認識しており」、「この書込みが、東大憲章の理念に反し、情報学環の原則に照らして許容できない差別に該当することはこれまでも述べてき」たと述べている。

 

http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/news/2019121311096

しかし、上記(1)のとおり、今回の懲戒解雇の理由には、この「寄付停止の方針」との結果となったことについては明確な記載がない

 

上記サイトでは、東京大学の寄付講座は、東京大学寄付講座等要項に基づき、「個人又は団体の寄附による基金をもってその基礎的経費を賄うものとして、学部及び研究科等の大学院組織等に置かれる講座」のことをいうとされ、寄付講座の基金国立大学法人である東京大学が受け取るものであり、特定個人が受け取るものではないと説明され、また、情報学環に設置された寄付講座の実施内容と大澤氏のDAISY社の事業内容とは関係していないと説明されている。

そして、かかる寄付講座の停止は大学や受講者にとって不利益な結果と考えられ、以下のとおり、「故意または過失により大学法人に損害を与えた場合」(懲戒事由につき定めた就業規則85条1項3号)のような規定もある(同号の場合に当たる余地もあろう)。

 

にもかかわらず、東京大学としては、懲戒解雇の理由として、「寄付講座」の停止の件にあえて触れなかったように読め、やや不自然な感じがするのである。この点については後程また検討する。

 

東京大学短時間勤務有期雇用教職員就業規則(平成16年4月1日東大規則第34号)第85条1項(以下引用)

 短時間勤務有期雇用教職員が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処する。

(1) ~ (2) (略)

(3) 故意又は重大な過失により大学法人に損害を与えた場合

(4) (略)

(5) 大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合

(6) ~ (7) (略)

(8) その他この規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる不都合な行

為があった場合

(以上、引用終わり)

 

 

2 懲戒権の濫用の審査における相当性の原則

 

以上要するに、本件は、教員(大澤氏)によるツイッターTwitter)の書き込みが懲戒事由を基礎づけるものとされ、大学による当該教員への懲戒解雇がなされた事案である。

では、この懲戒解雇は違法・無効か。適用される規定や審査方法が問題となる。

 

(1)懲戒解雇の場合に適用される規定

懲戒解雇は、懲戒処分としての有効性と同時に、解雇でもあり、労働契約法(労契法)は懲戒権濫用(労働契約法15条)の規定と解雇権濫用(同法16条)の規定を置いているところ、懲戒解雇については、同法15条によってなされると整理すべきとの見解(A説)もある[3]。しかし、同法15条と16条とは判断の内容が同一ではないこと[4]などから、両規定は重畳的に適用されるものと解すべきであり(B説)[5]、期間の定めのある労働契約の場合(同法17条)の場合も、B説と同様に、同法15条と17条とが重畳的に適用されるべきであろう。

 

(2)懲戒解雇の有効要件としての相当性原則

労契法15条は、懲戒解雇を含む懲戒処分につき、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には懲戒権の濫用として、当該懲戒処分が無効となると定めている。

 

そして、懲戒権の濫用の判断に際して考慮されるのは次の3点である。

すなわち①相当性の原則違反行為の程度に照らして均衡のとれた懲戒処分でなければならないという原則)。②平等取扱い原則(同等の義務違反(非違行為)については(従前の先例に比して)同等の処分がなされるべきとの原則)、③適正手続の要請(懲戒を行うに際しては、本人に弁明の機会を与える必要があること)である。[6]

 

(3)有期雇用の場合には懲戒解雇のハードルが上がること

期間の定めのある場合は、期間の定めのない場合よりも懲戒解雇を正当化する事由としてより重大な事由であることが求められる。無期労働契約における解雇の場合の客観的に合理的で社会的に相当な理由に加えて、期間満了を待たずに直ちに雇用を終了させざるを得ない特段の重大な事由が存在することが必要となると解すべきである。[7]


有期雇用の場合には解雇するためのハードルが上がり、より慎重な審査がなされる(つまり解雇が違法になりやすい)ということである。

 

 

3 東京高判平成29年9月7日との関係

 

本件との関係で参照すべき判例・裁判例はいくつかあるものと考えられるが、さしあたり、次の裁判例東京高判平成29年9月7日判タ1444号119頁、以下「本判決」という。)が参考になると思われる。本判決は、大学教員による電子掲示板への書き込みが懲戒事由とされ、大学による当該教員への懲戒解雇が懲戒権の濫用として無効とされた一種の事例判決である(120頁)。

本判決の事案の概要と判旨を簡単に紹介しよう。

 

(1)事案の概要

ア 当事者

 控訴人Yは、私立大学である甲大学及び甲短期大学を設置・運営する学校法人である。

 被控訴人Xは、平成7年に東京大学大学院薬学系研究科修士課程を修了し、平成7年から平成22年まで厚生労働省厚労省)において、厚生労働技官として、薬事行政、審査、研究等に従事し、平成22年11月1日から甲大学薬学部薬学科において准教授として勤務し、薬学入門、臨床薬学特論等の講義を担当していた。

 

イ Xによる電子掲示板サイトへの投稿

 Xは、平成27年3月30日から同年6月15日までの間、電子掲示板サイトである「2ちゃんねる」(以下、単に「2ちゃんねる」という。)内の掲示板「〈省略〉【転載禁止】〔C〕2ch.net」(本件掲示板)に、甲大学の准教授であるA及び同人が子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に関して執筆した「〈題名略〉」という論文(本件論文)について、匿名で、原判決別紙3記載の10件の投稿(本件投稿)をした。

 

ウ AによるYの人権委員会に対する申立て、自主退職の勧奨及び懲戒解雇

 Aは、訴訟等を通じて、本件掲示板に本件投稿をしたのが、Xであることを知り、平成28年1月4日、Yの人権委員会に対し、本件投稿がYのハラスメント等防止規程2条(4)所定のハラスメントに当たるとして、人権侵害の調査と処罰に関する申立て(本件申立て)をした。

 Yの人権委員会及び懲罰委員会(本件懲罰委員会)は、Xの弁明を聴き、その結果、本件懲罰委員会は、Xに対し、平成28年2月15日午後5時までに退職願を提出すれば、これを受理するとして、自主退職を促したが、Xは、期限までに自主退職をしなかった。

 そこで、Yは、平成28年2月16日、被控訴人の本件投稿がYの就業規則4条(1)(学園の名誉を毀損し、学園及び職員としての信用を傷つけるような行為)及び同条(6)(学園の指示に反する行為)に該当し、就業規則31条(2)(第4条各号に掲げる行為があったとき)及び同条(9)(前各号に準ずる行為があったとき)の懲戒事由に該当するとして、被控訴人を懲戒解雇処分とした。

 

(2)判旨

 原審(東京地判平成29年2月13日判例タイムズ1444号128頁)は、被控訴人Xの請求のうち、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求及び賃金の支払請求につき、一部認容判決をし、控訴審(本判決)も、控訴棄却し、X勝訴部分(控訴人Y敗訴部分)を維持する判断が下された。

 

 本判決は、主に上記相当性の原則の当てはめに関して参考になる裁判例といえよう。

 

(以下、本判決の一部を引用(下線・太字は引用者))

 

 本件投稿は、2ちゃんねるの匿名の電子掲示板になされたものであるところ、匿名の電子掲示板における書き込みは、無責任で根拠のない書き込みもしばしば見られる一方で、真実の書き込みがあることもあり(公知の事実)、これらを踏まえて、一般の読者は、各書き込みの内容、その具体性の程度及び表現振りを考慮して、その信用性を判断しつつ、掲示板を閲覧しているものと解される。  そうすると、本件投稿の内容は、Aの実名が書かれているものの、「相当やばい」「捏造」「被害者多数」などといずれも抽象的な表現振りであり、その根拠を具体的に示すものではないから、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、誹謗中傷の域を出ない投稿であると読解するものと認められる。このことは、Aの名誉感情の侵害の程度やハラスメントの程度を減ずるものではないが、Aの社会的評価の低下の程度を考える上では、斟酌されるべき事情に当たるということができる。  また、被控訴人は、遅くとも、平成28年2月8日の人権委員会及び懲罰委員会を開催するとの本件通知以後には、2ちゃんねるへの投稿を止めており、また、本件人権委員会において、謝罪する意思はないとしつつも、今後、2ちゃんねるへ投稿するつもりはないと述べている。……  これらの事情は、本件通知後も、2ちゃんねるへの投稿を継続していたとする場合と比較すれば、たとえ、被控訴人が自発的に投稿を中止し、Aや控訴人に対し、謝罪の意思を表していなかったとしても、Aに対する被害発生が防止されているという点では、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるというべきである。  なお、仮に、被控訴人が、自ら専用スレッドを立ち上げるなどして殊更注目を集める方法で本件投稿をしたものではなかったとしても、そのことは、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるとはいえない。  また、被控訴人がAと別件反訴において、訴訟上の和解をした事実が認められるとしても……、その事実は、本件懲戒解雇後の事情であるから、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるとはいえない。  以上の事情のうち、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に加えて、認定事実(8)によって認められる、〔1〕被控訴人は、控訴人から、これまで懲戒処分や注意指導を受けたことはなかったこと、〔2〕被控訴人は、控訴人から本件懲戒解雇を受け、准教授としての身分を喪失すれば、他大学への転職は著しく困難となること、〔3〕被控訴人の本件投稿によって、本件大学において学生に対する指導や運営等において、現に具体的な支障が生じていることを認めるに足りないことも、被控訴人に有利に斟酌されるべき事情に当たるというべきである。

 

(中略)

 

 控訴人は、本件懲戒解雇が社会通念上相当な理由として、要旨、次のように主張する。すなわち、被控訴人には、本件投稿がAの名誉を毀損し、ハラスメントに当たるとの認識がなく、また、反省が認められず、謝罪もないのであるから、被控訴人に対する反省の機会を与えるための軽い処分には、実効性がなく、減給や停職といったより軽い懲戒処分を選択することにより被控訴人に反省の機会を与える必要はない上、被控訴人が、控訴人から懲戒処分や注意指導を受けたことがないとしても、控訴人において、被控訴人による本件投稿以外の投稿を把握して注意処分等をすることは困難であり、さらに、控訴人は、掲示板に対する書き込みに対する注意等を喚起してきたのであるから、かねてより注意し警鐘を鳴らしていた事項について違反行為があれば、懲戒解雇をすることもやむを得ないものであるなどの事情を考慮すれば、本件懲戒解雇は社会通念上相当な処分である旨主張する。 しかし、……被控訴人にとって有利・不利に働く一切の事情を総合考慮すれば、被控訴人に対して本件懲戒解雇を行うことは、重きに失して客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない(なお、控訴人は、被控訴人が、控訴人と真摯に本件に伴う今後の処遇について話合いをしようとしても、それをすることができない状況を作った旨主張するが、被控訴人が本件投稿の正当性を主張すること自体は妨げられないから、そのことをもって、被控訴人が控訴人と話し合えない状況を作り出したものと評価することはできない。)。

 

(以上、引用終わり)  

(3)本判決と大澤特任准教授の懲戒解雇との関係(本判決の射程が及ぶか)

 

本判決の事情と大澤特任准教授の懲戒解雇の事情とは異なる部分も少なくないようにもみえるし、そもそも後者の事情の詳細を把握していないので具体的な検討はできないが、少なくとも以下のことが指摘できるだろう。

 

すなわち、(A)ウェブサイトへの書き込みにつき、大学がかねてより注意喚起していたにも関わらず、それに対する違反行為がなされたことや、(B)被懲戒者本人の反省が認められないこと、(C)被懲戒者が投稿行為の正当性を主張することといった事情は、これらだけでは懲戒解雇の相当性を基礎づけるには弱いものといえる。なお、上記(C)のことから、大学と被懲戒者とが話し合えない状況が作り出されたと評価することは適当ではない。

 

また、(D)被懲戒者がこれまで懲戒処分や注意指導を受けたことがあったか否かや、(E)懲戒解雇を受け、准教授としての身分を喪失した場合に、他大学への転職は著しく困難となることなども被懲戒者に有利な事情として考慮する必要があるだろう。

 

大澤特任准教授の懲戒解雇の件については、本判決とは異なる点として、(F)2ちゃんねるへの投稿ではなく、本人名義のアカウントでのツイッターへの投稿(ツイート)であること、(G)同アカウントのプロフィールに「東大最年少准教授」と所属する大学との関係を記載していたこと[8]、(H)問題の発端が特定の教員や学生個人への誹謗中傷ではなく、国籍又は民族を理由とする差別的な投稿にあったこと[9]などが挙げられ、これらの点をどのように評価するか、あるいは大学側に有利な事情をどの程度考慮・重視するかなどにより、大澤特任准教授への懲戒解雇が解雇権濫用とされる否かが変わってくるように思われる。

 

したがって、上記(A)~(H)の事情その他の考慮すべき事情を考慮検討した上で、例えば、大澤特任准教授への懲戒解雇の件が本判決の射程が及ぶような事案といえる場合には、本件の(大澤特任准教授への)懲戒解雇は、懲戒権濫用により無効となると考えられる。

 

(4)懲戒理由として寄付講座停止の方針の件に触れていないことに関して

前記1(2)のとおり、東京大学は、大澤氏の懲戒理由として寄付講座停止の方針の件につき、明確な記載を避けたようにもみえる。

 

事案の詳細が分からないので感想めいた話ではなるが、直観的には、寄付講座の停止(の方針)という重大な結果が生じた点を考慮し、そのことに関する懲戒事由を別途懲戒解雇の理由としているというのであれば、懲戒解雇の有効要件は満たしやすかったのではないかと考えられる。

 

しかし、東京大学寄付講座等要項(以下のサイト参照)は、教員の不祥事による寄付の停止について想定した規定を置いていない(少なくとも明確にそれが読み取れる規定はない)ことから、大学側としても、懲戒処分の理由には寄付停止の件を明記したくはなかったのではないかと思われる。明記してしまうと、今回の一見が教員の不祥事(SNSの発言)による寄付講座停止という寄付講座要項の想定しない事由を事実上認める前例を作る結果となり、今後の寄付講座の運営に支障を来すおそれがあると判断したため、そのような結果やリスクを避けたものと推測されよう。

 

東京大学寄付講座等要項)

https://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/au07403811.html

 

とはいえ、上記のとおり、寄付講座停止の件を懲戒解雇の理由に加えなかったことは、今回の懲戒解雇の有効要件(相当性)を満たすかどうかという争点との関係では、大学にとって消極的な事情となるものと考えられる。

 

なお、使用者が認識しつつも懲戒の理由としなかった非違行為を追加主張することはできないものと解される[10]ことから、大学が上記寄付講座停止の方針の件を追加的に懲戒理由として主張することは難しいだろう。

 

(5)まとめ

 

今回の大澤氏の件については、判例・裁判例や学説に照らすと、労働者に重大な非違行為[11]があったことを示す理由しては、決して盤石のものではないとの印象を受ける。懲戒解雇の有効要件(特に相当性)を満たすかという点が、事実関係次第では、かなり微妙なものとなるのではなかろうか。

 

その主たる理由は、寄付講座停止の方針の件を懲戒解雇の理由として明記しなかった点にある。

 

   

 

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[1] 椎名林檎「警告」同『無罪モラトリアム』(1999年)。

[2] 平裕介「公務員に対する不利益処分等の行政手続」山下清兵衛編著『法律家のための行政手続ハンドブック 類型別行政事件の解決指針』(ぎょうせい、令和元年)101頁、平裕介「君が代起立斉唱命令違反を理由とする教員に対する懲戒停職処分の裁量統制」自治研究93巻6号(2017年)123頁。関連する拙稿として、平裕介「行政不服審査法活用のための『不当』性の基準」公法研究78号(2016年)239頁、平裕介「地方公務員に対する分限免職処分の『不当』性審査基準に関する一考察」日本大学法科大学院法務研究14号(2017年)115頁。

[3] 荒木尚志『労働法〈第3版〉』(有斐閣、2016年)470頁等。解雇権は民法627条により一般に当然に発生するのに対し、懲戒権は就業規則等の線拠規定があって初めて発生するものであることなどがその根拠である。

[4] 懲戒解雇の有効要件と普通解雇のそれは異なる。山口幸雄=三代川三千代=難波孝一編『労働事件審理ノート[第3版]』(判例タイムズ社、2011年)13頁。

[5] 水町勇一郎『詳解 労働法』(東京大学出版会、2019年)566頁。レイズ事件・東京地判平成22年10月27日労判1021号39頁参照。

[6] 荒木・前掲(3)471頁。

[7] 水町・前掲(5)387頁。

[8] なお、個人への名誉棄損が組織への名誉棄損になるかという問題に関し、松尾剛行『最新判例にみるインターネット上の名誉棄損の理論と実務』(勁草書房、2016年)128頁以下が参考になる。

[9] 何らかの集団全般を対象とする表現による名誉棄損の成否に関し、松尾・前掲注(8)124頁以下。また、不法行為ヘイトスピーチにつき、梶原健佑「不法行為としてのヘイトスピーチ」別冊法学セミナー260号(2019年)67頁以下参照。

[10] 三浦隆志「懲戒解雇」白石哲編著『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』(商事法務、2018年)394頁。山口観光事件・最一小判平成8年9月26日判タ922号201頁参照。

[11] 水町・前掲(5)387頁。

 

安田純平さん対する旅券発給拒否処分は違法か?

https://www-asahi-com.cdn.ampproject.org/v/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN1D7WWJN1DUTIL00Z.html?amp_js_v=a2&_gsa=1&usqp=mq331AQCKAE%3D#aoh=15789275978360&referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s&share=https%3A%2F%2Fwww.asahi.com%2Farticles%2FASN1D7WWJN1DUTIL00Z.html

朝日新聞デジタル2020年1月13日01時28分

 (以下引用)

シリアで武装勢力に3年4カ月にわたって拘束され、2018年10月に帰国したジャーナリスト安田純平さん(45)に対し、外務省が旅券(パスポート)を発給しなかったことは憲法違反だとして、安田さんが国を相手取り、発給を求めて東京地裁に提訴したことがわかった。

提訴は9日付。訴状によると、安田さんは旅券を拘束時に奪われたため、帰国後の昨年1月に再発給を申請したが、外務省は同年7月、発給を拒否する通知を出した。18年10月にトルコから5年間の入国禁止措置を受けたことが理由と記されていたという。申請時には渡航先として欧州やインド、北米を挙げており、トルコは含まれていなかった。

 訴状で安田さんは「『国境を越える移動・旅行の自由』が憲法で保障されている」などとして、発給拒否は違憲と主張。拒否した処分の取り消しと再発給などを求めている。

 (引用終わり)


このニュースは、憲法訴訟としても興味深いものがあるが、憲法違反の主張が認められるかどうかはさておき、旅券法違反すなわち(憲法ではなく)行政法上の違法が認められるか否かの方が、訴訟(争訟)実務では大きな問題となるように思われる。

 (旅券法、e-govのサイト)
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=326AC0000000267



そして、このニュースについて、昨日、以下のようなツイートをした。



このように、本件では、旅券法13条1項1号に係る違法事由として、同法5条2項の限定旅券すら発給しなかったことについての裁量権逸脱濫用(行政事件訴訟法30条)の違法の認否が問題となる可能性がある。



また、前掲記事によると、発給拒否処分取消し(行政事件訴訟法3条2項)に加え、発給処分の義務付け訴訟(申請型義務付け訴訟、同法3条6項2号)も提起しているようなので、以下のツイートのような、別の拒否事由が追加されることで(理由の追加あるいは理由の差替え)、新たに法的な争点(旅券法13条1項7号関係)が増える可能性もあるだろう。



もっとも、理由の追加あるいは理由の差替えというのは、一般的に、処分庁にとっては、いわば奥の手であり、当初の処分理由が維持できないことをほとんど認めるに等しい行為でもあるから、少なくとも当面は、旅券法13条1項7号ではなく、同項1号に係る違法事由の認否が争点とされるものと思われる。



ちなみに、上記「限定旅券」の発給についての裁量権の逸脱濫用が争点となった裁判例として、東京地判平成29年2月22日LEX/DB文献番号25553430がある。

本判決は、今回のニュースを法的に考える上で重要な判断を行っていると考えられる。


なお、本判決は東京地裁民事第3部の判決であるが、裁判長は古田孝夫裁判官であり、元司法試験考査委員(平成30年、科目は行政法)でもある。

元司法試験考査委員が担当しているということもあり、後輩の裁判官(特に東京地裁の現在の(令和2年)判事兼司法試験考査委員(行政法)…鎌野真敬判事、清水知恵子判事、福渡裕貴判事)も、例えば所内の勉強会などで検討した可能性もあると思われるため、司法試験受験生としても、この判決や今回のニュースには注意を払っておく必要があるだろう。


以上、参考になれば幸いである。