平 裕介(弁護士・公法研究者)のブログ

主に司法試験と予備試験の論文式試験(憲法・行政法)に関する感想を書いています。

令和元年(2019年)司法試験論文行政法 解説(1) 本問のコンセプト ~ 沖縄基地問題 / 実務vs学説 / 藤田説vs宇賀説 ~ 

「僕が初めて沖縄に行った時

 何となく物悲しく思えたのは

 それがまるで日本の縮図であるかのように

 アメリカに囲まれていたからです」[1]

 

 

 

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時機に後れた解説となるが,本日は,令和元年(2019年・平成31年)司法試験論文式試験公法系科目第2問(司法試験論文行政法)について総論的なコメントを述べる。

 

なお,令和元年司法試験論文憲法については,先月の4つのブログ↓を参照されたい(憲法についても続編を書きたいが,速やかに書けるかは微妙なところである)。

 

 

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1 はじめに ~元ネタ裁判例と背景事情(沖縄の米軍基地建設問題)~

 

すでに,2019年5月16日にツイートしたが,本問の事案の元ネタとなった裁判例は,東京地判平成30年4月27LEX/DB25553988である。この裁判例の裁判長は,古田孝夫裁判官(元調査官)であり,古田裁判官は平成30年司法試験の考査委員行政法)である(当時,東京地方裁判所判事。令和元年は考査委員ではない)。

  

 

 


もとより想像の域を出ないが,令和元年司法試験考査委員(行政法)のうち,特に東京地裁判事ら(朝倉佳秀判事・清水知恵子判事)は,同判決に注目し,考査委員の会議において同判決を下敷きとする事例問題の文案を提出したのではなかろうか。

 

 

ところで,本問が出題された背景には,沖縄県名護市辺野古の米軍基地建設問題が潜んでいるといわなければならない。

 

同基地建設問題に関する最近の重要判例として,最二小判平成28年12月28民集70巻9号2281頁[2](以下「平成28最判」という。)が挙げられるところ,この判例について,筆者は従前より,司法試験との関係でも重要である旨ツイートしてきた。




平成28年最判で問題となった個別法は公有水面埋立法であり,処分要件として同法4条1項1号・2号が問題となっている。このうち同法1号は「国土利用上適正且合理的ナルコト」(下線筆者)と規定しており,令和元年司法試験論文行政法で問題となる処分要件である土地収用法20条3号の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」(下線筆者)を彷彿とさせる。

 

同基地建設問題については,多くの行政法学者が注目しており[3],法曹実務家も,行政法学者(行政法研究者)の考査委員も,同じく注視してしたものと思われる[4]

 

このように辺野古問題が令和元年司法試験行政法の背景事情となっていると思われるところ,平成28年最判につき,衣斐瑞穂調査官元(平成30年)司法試験考査委員である。考査委員であった当時,東京地方裁判所判事)は,「実務上重要な意義を有する」[5]判例であるとし,概ね好意的な解説をしているように感じられるが,学説からは平成28年最判に対して多くの批判がある[6]

 

司法試験論文憲法については,少なくない受験生が,近時,現実に生じている問題憲法とを「切り結んで考えさせようという出題者のメッセージが込められている」[7]ものと感じるものと思われるが,令和元年司法試験論文行政法においても,同様の出題意図が読み取れるように感じられるのである。行政法についても,日々のニュースに関して法的問題点を探し出し,これを検討することが重要ということになっていく可能性がある。

 

ただし,「ある意味で国論を二分する問題で,かつ政府がそのうち一方の考え方に基づく政策を採用しているとすれば,このような問題は,受験生に『踏み絵』のような機能を果たし得るので,国家試験として出題することは不適切であるという批判を免れることはできないであろう」という平成27年司法試験論文憲法の問題への批判[8]が,令和元年司法試験論文行政法にも妥当する余地があるといわなければならないだろう。

 

現在,日本の国土面積の約0.6%にすぎない沖縄に,米軍専用施設面積の70.3%が存在しており,県民の方々ないし「うちなーんちゅ」は人権問題・環境問題等に苦しみ,悩まされ続けている[9]わけである。令和元年司法試験論文行政法が前述した「踏み絵」とならぬよう,そしてすべての受験者に対する公正な評価がなされることこそが実質的な法の支配にとって重要である。

 

 

2 近年の裁判例(東京地・高裁) vs 学説 という構図

 

さて,本年の問題の全体的な感想を述べると,設問ごとに,

近年の判例特に東京地裁・東京高裁のもの) 対 学説(多数説又は有力説)

という構図が見て取れるように思われる。

 

本ブログでは,各設問に関し,立ち入った解説をすることは控えるが,次回以降のブログで,それぞれの設問につき,もう少し詳しい解説ができればと考えている。

 

(1)設問1:違法性の承継 否定(東京地・高裁)vs肯定(学説・有力説)

 

設問1の論点は,土地収用法における事業認定(同法16条)収用裁決(同法47条の2)[10]との間の違法性の承継が肯否であるところ,従来はこれを肯定する裁判例が大勢であった[11]が,近年(平成13年(2001年)7月の土地収用法改正後)は,事業認定と収用裁決とのの違法性の承継を否定する裁判例もみられる[12]

 

他方,学説においては,否定説もある[13]が,同改正後においても[14],承継を肯定すべきとする見解(学説)が有力と思われる[15]。もっとも,下記の状況に照らすと,今後,否定説が学説上,有力・多数となる可能性は否定できないように思われる(なお,筆者自身は,同改正後においても承継肯定説を採るべきと考えている)。

 

なお,違法性の承継を否定した東京高判平成24年1月24日(静岡地判平成23年4月22日の控訴審判決)判例時報2214号3頁の事案は,収用裁決取消訴訟の原告の一部が事業認定取消訴訟を提起して請求棄却判決が確定していたという特殊性がある[16]ため,このような事情がない場合に東京高裁を含む裁判所がどのような判決を書くか予想することは容易ではないだろう。

 

以上のように,事業認定と収用裁決の違法性の承継は,近時の実務(裁判例)と学説(有力説)が,また,学説同士が鋭く対立する論点であり,どちらの立場で書くか悩ましい問題であったように思われる。

           

 

(2)設問2(1):原告適格 否定(東京地裁)vs肯定(学説・多数説)

 

設問2(1)では,無効確認訴訟の訴訟要件である原告適格行政事件訴訟法36条後段消極要件の認否やその判断基準(いわゆる直截・適切基準説[17]等)が問題となっており,関連論点として,同訴訟とは別の争点訴訟土地の所有権確認請求及び本件移転登記の抹消登記手続請求道路建設工事の民事差止訴訟の内容をどのように考えるか,無効確認訴訟の三者を解釈上(類推適用を)認めるべきか否か(←第三者効の規定(行政事件訴訟法32条1項)を準用していない(同法38条1項~3項)),無効確認判決の拘束力の内容,すなわち後行行為・処分(収用裁決)の無効が確認された場合に,先行行為・処分(事業認定)の職権取消しが拘束力によって義務付けられるかなど,仮の救済として執行停止(手続続行(明渡裁決に基づく代執行手続の続行)の停止等)の申立てを行いうる無効確認訴訟を提起した方が直截適切な救済といえないかが問われているものと考えられる。元ネタ裁判例(前掲東京地判平成30年4月27日)が無効確認訴訟の訴訟要件である原告適格行政事件訴訟法36条後段消極要件否定しているのに対し,学説(おそらく多数説か)はこれを肯定するのではないかと思われる[18]

 

このように,設問2(1)においても,近時の実務(裁判例)と学説(多数説(ないし有力説))が対立する論点を含む問題が出題されているといえる。

 

 

(3)設問2(2):審査密度の低い審査(東京地裁・高裁)vs 審査密度の高い審査(学説・多数説)

 

設問2(2)については,前記元ネタ裁判例(東京地判平成30年4月27日)は,本件事業認定において東京都知事がした土地収用法20条3号要件該当性の判断につき,「重大かつ明白な裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められるか否か」という無効事由につき検討しているため,本問と単純に比較することはできないものの,前記元ネタ裁判例は,違法の瑕疵の認定には消極的であるように思われるし,また,近年の東京地裁・東京高裁(東京地判平成25年9月17日判例タイムズ1407号254頁,その控訴審の東京高判平成28年9月28日LEX/DB25544461)は,日光太郎杉事件判決(東京高判昭和48年7月13日行集24巻6=7号533頁)のような審査密度が比較的高い判断枠組みによらず,緩やかな(審査密度の低い)社会通念審査を行っているものと考えられる[19]。このような近年の東京地裁・東京高裁の違法審査の仕方については,日光太郎杉事件判決を「ベースとして数多くの裁判例を蓄積してきた先行判断の歴史を軽視し,ブラックボックスに等しい裁量審査に後退する司法消極主義の姿勢は,現代日本の司法審査のあり方にふさわしいとは言いがたい」(下線筆者)と研究者から強く批判されている[20]

 

このような東京地裁・東京高裁判決とは異なり,学説(多数説)は,裁量審査の審査密度の(比較的)高い判断手法(判断枠組み)によるべきとする見解に立っているといえる[21]

 

なお,前掲東京地判平成25年9月17日の裁判長は,谷口豊裁判官であり,同裁判官は,平成26・27・28年司法試験考査委員行政法)であるが,令和元年司法試験考査委員(裁判官委員)も上記のような審査密度の低い手法で足りると考えているのであれば,法治主義の放棄(放置主義国家)となってしまわないか不安であると言わざるを得ない。

 

 

3 藤田前最高裁判事vs宇賀現最高裁判事

 

最後に,違法性の承継の論点(設問1)に関して,平成13年(2001年)7月の土地収用法改正についての藤田宙靖先生と宇賀克也先生の見解の相違についてコメントしておきたい。

 

両先生は,行政法研究者(大学教授)から最高裁判所裁判官に就任された方々であるが,平成13年7月土地収用法改正や事業認定と収用裁決の違法性の承継の問題については異なる評価をしているものと思われる。

 

藤田先生・前最高裁判事は,平成13年7月土地収用法改正後においても事業認定と収用裁決の違法性の承継は肯定されるべきとの立場であるといえる[22]

 

他方で,宇賀先生・現最高裁判事は,同じ問題につき,その基本書で微妙な態度を示していることから[23],宇賀先生の基本書の記載を「承継肯定説に懐疑的な見方を示す見解」と評する法曹実務家(判事)もおり[24],また,研究者からもこの記載が「承継を認めることが疑問視されるようになっている」とする見解に含める形で紹介されることがあり[25],前記藤田説が承継肯定説に立つのに対し,宇賀説は両論併記とはいえ,否定説側の説明の記述が長く,否定説もありうるという立場であり[26],藤田説とは一線を画するものといえよう。

 

ゆえに,令和元年司法試験論文行政法には,受験生に,前最高裁判事の藤田説を支持するのか,それとも現役最高裁判事の宇賀説に沿う立場に立つのかという選択を迫る問題という面もあるように感じられる。

 

 

以上,各設問についての立ち入った解説はしていないが,次回以降のブログで,つづき(各設問についてのもう少し詳しい解説)を書いていきたい。

 

 

 

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「この国が平和だと 誰が決めたの? 人の涙も渇かぬうちに

 アメリカの傘の下 夢も見ました 民を見捨てた戦争の果てに

 

 青いお月様が泣いております 忘れられないこともあります

 愛を植えましょう この島へ 傷の癒えない人々へ

 

 語り継がれてゆくために」[27]

 

 

  

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[1] Mr.Children桜井和寿作詞・作曲)「1999年、夏、沖縄」(2000年)。下線筆者。

[2] 『平成29年重要判例解説』にも収載された(稲葉馨「判批」平成29年重判解53~54頁(行政法9事件))。

[3] 紙野健二=本多滝夫編『辺野古訴訟と法治主義行政法学からの検証』(日本評論社,2016年)等参照。

[4] 角松生史「地域空間形成における行政過程と司法過程の協働―司法過程のフィーバック機能をめぐって―」礒野弥生ほか編『宮﨑良夫戦線古稀記念論文集 現代行政訴訟の到達点と展望』(日本評論社,2014年)3頁は,鞆の浦公有水面埋立免許差止訴訟を取り上げており(他に国立市マンション訴訟を取り上げている),同訴訟では,公有水面埋立法4条1項1号要件該当性の判断が問題となっている(同文献4頁)。ちなみに,角松教授は令和元年平成31年司法試験考査委員行政法)である。

[5] 衣斐瑞穂「判解」法曹時報69巻8号2433頁(2449頁)。

[6] 稲葉馨・前掲「判批」54頁,山下竜一「判批」法学セミナー748号117頁(2017年)等参照。

[7] 上田健介「公法系科目〔第1問〕解説」別冊法学セミナー249号10頁。

[8] 渋谷秀樹「思想・良心に基づく採用許否に関する紛争」『憲法起案演習―司法試験編』(弘文堂,2017(平成29)年)327頁(331~332頁)。

[9] 琉球新報社編著『魂の政治家 翁長雄志発言録』(高文研,2018年)178頁,83頁参照。

[10] 「収用又は使用の裁決」(土地収用法47条の2第1項)に関し,収用又は使用(の裁決)を単に「収用」(「収用裁決」)ということがある(中川丈久=斎藤浩=石井忠雄=鶴岡稔彦編著『公法系訴訟実務の基礎〔第2版〕』(弘文堂,平成23年)(以下「中川ほか・実務の基礎」という。)111頁,家原尚秀「土地収用をめぐる紛争」定塚誠編『行政関係訴訟の実務』(商事法務,2015年)299頁(307頁)参照)。

[11] 曽和俊文=山田洋=亘理格『現代行政法入門〔第4版〕』(有斐閣,2019年)77頁〔山田〕参照。なお,山田洋教授は令和元年平成31年司法試験考査委員行政法)である。

[12] 東京高決平成15年12月25日判例時報1842号19頁,静岡地判平成23年4月22日判例時報2214号9頁,東京高判平成24年1月24日(静岡地判平成23年4月22日の控訴審判決)判例時報2214号3頁。小澤道一『逐条解説 土地収用法 第四次改訂版(下)』(ぎょうせい,平成31年)(以下「小澤・逐条(下)」という。)766~767頁参照。

[13] 福井秀夫土地収用法による事業認定の違法性の承継」成田頼明先生古稀記念『政策実現と行政法』(有斐閣,平成10年)251頁(282頁),板垣勝彦「建築確認の取消訴訟において建築安全条例に基づく安全認定の違法を主張することの可否―違法性の承継―」『住宅市場と行政法耐震偽装、まちづくり、住宅セーフティネットと法―』(第一法規,平成29年)256頁(277~278頁),板垣勝彦『公務員をめざすひ人に贈る 行政法教科書』(法律文化社,2018年)143頁。なお,板垣・前掲『住宅市場と行政法』の書評(拙稿)として,季刊行政管理研究161号68~71頁。

[14] 同改正前は,承継肯定説が多数であった(小澤・逐条(下)766頁参照)。

[15] 北村和生ほか『行政法の基本〔第7版〕―重要判例からのアプローチ』(法律文化社,2019年)108頁〔北村〕は承継肯定説に立つものと考えられる(北村教授は令和元年平成31年司法試験考査委員行政法)である)。また,最近の論稿(承継肯定説)として,野呂充「行政処分の違法性の承継に関する一考察」行政法研究19号(2017年)31頁(57~60頁)。

[16] 宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第6版〕』(有斐閣,2017年)(以下「宇賀・概説Ⅰ」という。)353頁。

[17] 宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法〔第6版〕』(有斐閣,2018年)(以下「宇賀・概説Ⅱ」という。)313~315頁

[18] 関連論点につき,東京地判平成30年4月27日LEX/DB25553988等,関連論点につき,(a)宇賀・概説Ⅱ272~273頁(収用(権利取得)裁決の取消判決の既判力は起業者には及ばないが第三者効は及ぶ旨解説),(b)最三小判昭和42年3月14日民集21巻2号312頁(行政事件訴訟法特例法のものではあるが,無効確認訴訟の第三者効を肯定),(c)宇賀・概説Ⅱ318~319頁(319頁は,32条1項の類推適用が認められるべきとする。),(d)東京高判平成23年1月28日判例時報2113号30頁①事件(傍論ではあるが,無効確認訴訟の第三者効を肯定),(e)西川知一郎「判批」(前掲最三小判昭和42年3月14日解説)宇賀克也=交告尚史=山本隆司編『行政判例百選Ⅱ〔第7版〕』(有斐閣,2017年)422~423頁(205事件)(同423頁は,前掲最三小判昭和42年3月14日は「行政事件訴訟法の下においてもそのまま妥当するものではないというべきであろう」とする。)等,,関連論点につき,(a)宇賀・概説Ⅱ279頁(同頁は,事業認定の違法を理由に収用裁決が取消判決により取り消された場合,事業認定庁は事業認定を取り消すことを拘束力により義務づけられると解される旨説明する。),(b)越智敏裕「コラム 事業認定訴訟と収用裁決取消訴訟の両方を提起するべきか」中川ほか・実務の基礎135~136頁等,関連論点につき,家原・前掲「土地収用をめぐる紛争」311頁(同頁は,手続続行停止の緊急の必要性の要件が認められる場合は少ないだろうなどと説く。),越智・前掲「コラム 事業認定訴訟と収用裁決取消訴訟の両方を提起するべきか」136頁等を参照。

[19] 清水晶紀「判批」(東京地判平成25年9月17日解説)新・判例Watch15号313~316頁(315頁),越智敏裕「判批」(日光太郎杉事件判決(東京高判昭和48年7月13日)解説)大塚直=北村喜宣編『環境法判例百選[第3版]』(有斐閣,2018年)164~165頁(165頁)参照。

[20] 越智・前掲「判批」165頁。

[21] 谷口豊「裁量行為の審査手法」藤山雅行=村田斉志編『新・裁判実務大系 第25巻 行政訴訟〔改訂版〕』(青林書院,2012年)311頁(316頁)は,「学説上、この判決〔すなわち日光太郎杉事件の東京高裁判決〕の判断手法を高く評価するものが多い。」としている。

[22] 藤田宙靖「改正土地収用法をめぐる若干の考察」川上宏二郎先生古稀記念論文集『情報社会の公法学』(信山社,2002年)627頁(638~639頁)。

[23] 宇賀・概説Ⅰ351~353頁。

[24] 家原・前掲「土地収用をめぐる紛争」310頁。

[25] 野呂・前掲「行政処分の違法性の承継に関する一考察」57頁。

[26] 宇賀・概説Ⅰ351~353頁。

[27] Southern All Stars桑田佳祐作詞・作曲)「平和の琉歌」(1998年)。下線筆者。

 

司法試験論文憲法&行政法に使える判例集 ー司法試験公法系イベント(2019年6月2日)の補足コメントー

昨日、令和元年(2019年)司法試験論文憲法&行政法を題材に、司法試験公法系科目の勉強方法を考えるイベント↓↓↓が開催され、100名で募集させていただいていた会場がほぼ満席となり、お陰様で無事(?)終えることができました。

ご参加いただきました皆様、約3時間半、お疲れ様でした&どうも有難うございました。



さて、昨日のイベントで、オススメしたい判例集があったのですが、時間の関係上、コメントできませんので、本ブログでご紹介させていただきます。


憲法判例集
略称は“判プラ”です。

判例プラクティス憲法〔増補版〕 (判例プラクティスシリーズ)

判例プラクティス憲法〔増補版〕 (判例プラクティスシリーズ)


①この判プラの各章のはじめに1頁でまとめられている「判例の流れ」で特に紙面を割いて引用・解説されている判例と、②(1頁ではなく)2頁にわたって解説されている判例については、短答式試験のみならず、論文で活用するとすればどう使って(書いて)いくのかということまで詰めて勉強することが重要になると思います。


令和元年(2019年)司法試験論文憲法の「設問」では、「判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている」という指定があり、これは例えば、公職選挙法の個別訪問の規定を合憲とした判例の立場や伊藤補足への学説からの批判や学説の審査基準(より厳格なもの)を書くことが求められていたと考えることもできるでしょう。


(ちなみに、その学説からの批判等を活用した答案例はこちら↓です。)
yusuketaira.hatenablog.com


ところで、一昔前のことかもしれませんが、「判例はカミ,学説はゴミ」というキャッチフレーズが受験生の間で流行っていたかと思います。



しかし、設問で、「判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように」してください、と明確に言われてしまった以上、学説は、少なくとも司法試験においては「ゴミ」ではないということになりました。


判例はカミ、学説はゴミ」という格言の射程は、少なくともこれからの司法試験論文憲法の問題には、及ばないということがはっきりしましたので、受験生の皆様も、十分気をつけていただきたいと思います。


では、その学説はどう勉強するのか?ということが気になるわけですが、これも前期①や②の解説に出てくる学説の要点やキーワードについては、押さえておくということが重要になると思います。

個別訪問判例以外の例を挙げるとすれば、夕刊和歌山事件の規範への批判との関係で判例集の解説(や基本書等)に登場する、現実の悪意の法理でしょう。これは令和元年司法試験論文憲法でも使える判例と関係する学説の1つであったように思われます。

(ちなみに、現実の悪意の法理を活用した答案例はこちら↓です。)
yusuketaira.hatenablog.com



行政法判例集
次に行政法で使える判例集ですが、最近発売された、判例フォーカス行政法がオススメです。

判例フォーカス 行政法

判例フォーカス 行政法


こちらは、村上裕章先生&下井康史先生編の判例集ですが、押さえるべき判例と判旨等がかなり限定されています。


特に行政法は、司法試験では短答式試験もなく、また過去問演習が特に重要になる科目ということもあり、百選だと、多くの受験生にとっては情報量が多くなりすぎてしまうかなと思っています。


そこで、上記判例フォーカス行政法がオススメなのですが、情報量が限定されている(2分冊の行政判例百選の1/5くらい?)とはいえ、司法試験論文行政法や予備試験論文行政法との関係では(おそらく予備試験短答行政法との関係でも)、必要かつ十分な知識が書かれているものであると思います。


行政法判例知識を効率的に押さえ、その分、過去問検討に時間を多く割り当て、個別法の解釈の仕方を問題演習を通じて具体的に学んでいくという戦略が司法試験や予備試験の行政法ではかなり有効だと思いますが、判例フォーカス行政法は、この戦略にぴったりの判例集ではないかなと考えられます。



ということで、以上、昨日のイベントの補足でした。まだ補足すべきことはあるのですが、今回はとりあえずこのあたりで。

司法試験&予備試験受験生の皆様の参考になれば幸いです。

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法 解説速報(4) 答案例その3

「先生はママと 政府は火星人と 警察は悪い人と

 僕の知らないとこで とっくに ああ ナシがついてる

 それって ダンゴウ社会」[1]

 

 

 

“司法試験考査委員は受験生と”……

 

「ダンゴウ」事件が再び起こらないことを願うばかりである。

 

 

 

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前回のブログの続きということで,答案例を示す。

 

 

第1 立法措置①の合憲性

(第1の2(実体審査関係)については,↓のブログをご笑覧ください。)  

yusuketaira.hatenablog.com

  

第2 立法措置②の合憲性

1 法案の明確性

(略)

 

2 SNS利用者の選挙運動の自由

(第2の2(実体審査関係)については,前回のブログをご笑覧ください。) 

yusuketaira.hatenablog.com

 

3 SNS事業者の自由[2]

(1)事実を伝達し情報を流通させる自由

ア 法案9条は,前記のとおり,SNS事業者の特定虚偽表現の削除義務規定(1項)や規制委が削除命令規定(2項)により,SNSのサイトに虚偽の事実の投稿内容を表示し続ける行為を禁止し,違反があった場合には刑事罰による強制措置をとるとしている(法案26条・27条)。そこで,法案9条等は,SNS事業者がそのサイト上で事実を伝達して情報を流通させる自由を侵害するもの(法令違憲)ではないか。

イ そもそも上記自由は保障されるか。この点につき,博多駅事件大法廷決定[3]は,報道機関の事実の報道の自由が21条1項(表現の自由)により保障されるとする理由として,民主主義社会において国民が国政に関与することにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕する点を挙げる。SNS事業者の上記自由も,SNS事業者がいわゆるプラットフォーム[4]として現代において情報流通の基盤として大きな役割を果たしていること[5]からすれば,SNS利用者の知る権利に奉仕するものであるため,自己統治の価値があるといえる。

 また,確かに,SNS上で虚偽表現を提供しても,かえって思想の自由市場が歪められることがあるため,自己統治の価値はないか低いものとも思える。しかし,すでに述べたとおり,そもそも誤った言明は自由な討論では不可避的なものであり[6],民主主義社会においては虚偽情報を投稿する者が存在すること自体が1つの重要な情報というべきであるから,当該情報をあえてそのまま流通させることに自己統治の価値があるといえ,同価値がないとか低いものと考えるべきではない。

 したがって,SNS事業者の上記自由も,「(その他一切の)表現の自由」として,21条1項により保障される。

ウ 削除義務や削除命令等(法案9・26・27条等)はSNS事業者宛てのものであるから,同自由の制約があることは明らかである。

エ 判断枠組み

 同自由は,前記のとおり自己統治の価値があり,SNS利用者が虚偽表現に接することによりファクト・チェックや意見交換を行うことがあり,虚偽の事実の情報をSNS上に表示することは国民が自己の人格を発展させる契機にもなるから,国民の自己実現の価値にも資する重要な自由である。加えて,法案9条等の規制は事前抑制に当たるものではない[7],インターネット上の情報の削除が差止めの一形態[8]といえることから,刑事罰のみの事後規制と比べると規制態様の強いものである。さらに,同自由の制限を課す必要性も,個人の名誉権やプライバシー権(13条後段)反対利益となる場合と比べると高いとはいえない[9]

 また,確かに,選挙の公正を確保するために虚偽表現に関し一定の規制を設ける必要性は否定できないが,例えば,政治的に公平であること,事実を曲げずに報道すること,多くの角度から論点を明らかにすることなどの番組編集準則の定められている放送メディアとは異なり,インターネットのメディアでは,SNS事業者らの中立性や,中立性に対するSNS利用者らの信頼を保護すべきである[10]。すなわち,虚偽の事実であっても,SNS事業者や他者の価値判断を交えることなく,SNS利用者の主観的な意図に合致した情報をSNS上に提供するという意味での中立性や中立性への信頼[11]を保護しなければ,SNS独自のメディアの特性が薄れ,SNS現代社において情報流通の基盤として大きな役割を果たすことができなくなるおそれがあると考えられる。SNSと他のメディアとがいわば同質化してしまうと,一般市民が他のメディアでは閲読できない,あるいは接し難い情報に簡便にアクセスできる[12]というSNS(インターネット)メディアにおける情報流通が活発に行われなくなり,ひいてはSNS利用者が多様な情報を知る権利が実質的に制限されることとなると考えられる[13]

 そこで,法案9条等の違憲審査は,中間審査基準によるべきである。

オ 個別的・具体的検討

 選挙の公正確保(47条参照)という規制目的重要であるとしても[14],手段が実質的関連性を欠くものといえないか。

 この点につき,法案を合憲とする立場から,平成29年判例[15]プライバシーに属する情報を検索結果から削除する請求の可否が問題となった事案で当該事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」な場合にのみ削除請求できる旨述べたことに照らすと,法案9条1項2号が選挙の公正が著しく害されるおそれがあることの「明白」性(明らかであること)を要求していることから,特定虚偽表現の規制が限定的であるとして,実質的関連性がある旨主張されることが予想される。

 確かに,SNS上の掲載情報の削除は,事前抑制それ自体ではないため,「北方ジャーナル」事件大法廷判決[16]の一基準に照らし,「著しく回復困難な」程度に選挙の公正が害されるおそれという要件まで規定する必要はないといえ[17],規制の相当性があるとも思える。[18]

 しかし,規制の要件は相当性のあるものであるとしても,他国と比較して極めて厳しい選挙運動規制がかけられているわが国においては[19],「削除」という効果は相当性を欠くものというべきである。すなわち,9条1項各号の要件を満たす特定虚偽表現については,情報の削除ではなく,当該情報と同じウェブページにファクト・チェック済みの関連記事を表示すること[20]を義務付ける規定などを設ければ十分であるといえ,かかるより制限的でない他に選び得る実効的な規制手段があるため,規制の相当性があるとはいえない。

 加えて,前記第2の2で述べたとおり,十分な立法事実があるとはいえないから,規制目的と手段の間に実質的関連性があるとはいえない

カ 以上より,法案9条等は,事実を伝達し,情報を流通させるSNS事業者の自由を侵害し,違憲である。

(2)適正手続

(次回以降のブログで答案例を示すかもしれない。)

                             以上

 

 

**************

 

 

 

「でも 真実を知ることが すべてじゃない」[21]

 

 

 

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[1] B’z稲葉浩志作詞・松本孝弘作曲)「Liar! Liar!」(1997年)。

[2] 直接にはSNS事業者に削除義務が課されていること(法案9条1項等)や,問題文3頁「設問」の上の段落の「SNS事業者から…意見が述べられ,その中には,憲法上の疑義を指摘するものもあった」との記載(誘導文と読めるだろう)を重視して,SNS事業者の表現の自由(21条1項)をメインとする答案構成とし,SNS利用者(一般市民)のうち虚偽表現という情報を閲読(閲覧)する者の知る(受け取る)自由については,この第2の3(1)のSNS事業者の自由が保障されることの根拠(やその重要性を根拠付ける理由)として言及することとした。

[3] 曽我部真裕「判批」(最大決昭和44年11月26日(博多駅事件)解説)淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例ラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)165~166頁(165頁)参照。

[4] 曽我部真裕ほか著『情報法概説〔第2版〕』(弘文堂,2019年)(以下「曽我部ほか・情報法概説」という。)80頁〔林秀弥〕等参照。

[5] 最三小決平成29年1月31日民集71巻1号63頁参照。

[6] 水谷瑛嗣郎「思想の自由市場の中の『フェイクニュース』」メディア・コミュニケーション〔慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要〕69号(2019年)55頁(59頁)参照。

[7] 木下昌彦「判批」(最三小決平成29年1月31日)平成28年度重要判例解説14~15頁(15頁)参照。事前抑制の著名な判例として,最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁(「北方ジャーナル」事件)がある(その解説として,阪口正二郎「判批」長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ[第6版]』(有斐閣,2013年)152~154頁)。

[8] 曽我部ほか・情報法概説185頁〔栗田昌裕〕。

[9] やむを得ずこのように言い切ってしまっているが,そもそも思想の自由市場が歪められる弊害・危険と名誉権・プライバシー権の場合を比較することができるのかについては疑問の残るところであり,批判がありうる部分と思われる。

[10] いわゆる「部分規制論」(曽我部ほか・情報法概説70頁以下〔曽我部〕)の議論を参考にした論述であるが,批判のあるところかもしれない。

[11] 曽我部真裕「『インターネット上の情報流通の基盤』としての検索サービス」論究ジュリスト25号(2018年)47頁(52頁)参照。

[12] 志田陽子=比良友佳理,志田編著『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局,2018年)37頁参照。

[13] 本段落は,実際には本試験の答案で書いている暇のない部分と思われる。また,曽我部・前掲注(12)53頁は,「中立性原理に加えて他の原理をも導入すること自体には規範的にも事実上も支障はないということにはなるが,これらの原理間の関係を整理し,利用者に対しても可視的なものにしておかなければ,恣意性が疑われ,ひいては『インターネット上の情報流通の基盤』としての役割を果たせなくなるおそれもないわけではない。」としており,中立性を特に重視する本答案(本段落)の立場とは異なる立場であるように思われる。

[14] 立法措置②の実体審査部分については,規制目的の重要性につき,スルーするという答案政策を採っている。目的の重要性を否定することは難しいと思われるからである。

[15] 前掲最三小決平成29年1月31日。

[16] 前掲最大判昭和61年6月11日。

[17] 曽我部・前掲注(11)51頁参照。

[18] この段落は無くてもOKだろう。

[19] 安念潤司ほか編著『憲法を学ぶための基礎知識 論点 日本国憲法[第二版]』(東京法令出版,2014年)174頁〔青井未帆〕参照。なお,主要8か国(G8…日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・カナダ・イタリア・フランス・ロシア)で個別訪問の規制についての規定があるのは,日本だけである(同頁・表1)。

[20] 工藤郁子「AIと選挙制度」山本龍彦編著『AIと憲法』325頁(341頁)参照。

[21] B’z・前掲注(1)「Liar! Liar!」。

 

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法 解説速報(3) 答案例その2

 「真実からは嘘を

 

 嘘からは真実を

 

 夢中で探してきたけど」[1]

 

 

 

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前々回のブログの続きである。

 

 

yusuketaira.hatenablog.com

 

 

1 司法試験実施後のニュース記事の紹介

 

フェイクニュース対策、有識者会議が本格議論」(読売新聞オンライン,2019年5月25日 7時16分)

 

(以下,記事を引用)

 

総務省有識者会議は24日、インターネット上の偽ニュース(フェイクニュース)対策について本格的な議論を始めた。

 

今後、「表現の自由」に配慮しながらネット上のニュースの信頼性を高めるための具体策の検討を進め、年内に方向性を示す予定だ。

 

会議では、偽ニュースかどうかを独自に調べる「ファクトチェック」の普及に取り組む非営利団体から聞き取りを行った。「多種多様なファクトチェック団体の活動が国内で活性化するための環境整備をしてほしい」といった意見が出た。

 

欧米では、SNSなどのプラットフォーム事業者を通じ、偽ニュースが拡散することが深刻化している。欧州連合の執行機関・欧州委員会は、2018年9月に偽情報に関する行動規範を公表するなど対策に乗り出している。有識者会議は今後、欧米の取り組みを参考に国内での対応策を検討する。

 

(記事の引用終わり)

 

ところで,本秀紀名古屋大学教授は,次の通り述べる。

 

「説明責任の放棄、公文書の改震・隠蔽など、通常の立憲民主主義国家では想定できないような事態があいつぎ、立憲主義や民主主義の基盤が根底から覆されようとしている。(中略)

目を世界に転じると、一国の『最高責任者』がフェイク・ニュースを吹聴し、排外主義的な言説で『自国ファースト』を煽っている。」[2]

 

日本においても,「最高責任者」が政府言論としての「フェイク・ニュース」を吹聴していないだろうか。

 

立憲主義及び民主主義の基盤を守るために,フェイクニュースの対策以前に,政府として,やるべきことがあるように思われる。

 

 


2 令和元年司法試験論文の答案の「一例」(前々回の続き)

 

(第1(立法措置①の合憲性)・2(実体審査関係)については,前々回のブログをご笑覧いただきたい。) 

yusuketaira.hatenablog.com

 

 

第2 立法措置②の合憲性

 1 法案の明確性

(略)

 

 2 SNS利用者の選挙運動の自由

(1)法案9条は, SNS事業者が選挙運動の期間中等に「特定虚偽表現」があることを知ったときは,速やかに当該表現を削除しなければならないとし,SNS事業者に削除義務を課しており(1項),また,削除の措置がなされない場合には,フェイク・ニュース規制委員会(以下「規制委」という。)が削除命令をなしうるとして(2項),SNSのサイトに一定の投稿内容を表示し続ける行為を禁止し,その違反があった場合には刑事罰による強制措置をとるとしている(法案26条・27条)。そこで,SNS利用者は,特定虚偽表現をSNS上で公表した場合,上記法案の仕組みにより,自身の表現がSNSのサイトから削除されうることとなることから,法案9条等は,SNS利用者の選挙運動の自由21条1項)を侵害し,法令違憲とならないか。[3]

(2)まず,表現の自由民主政の運営を支える基礎的な人権であり,議会制民主主義において議員の選挙は民主政の運営における重要な契機であるから,選挙運動の自由は,21条1項により保障されると考える[4]。また,前述したとおり,SNSで虚偽表現を行う自由も,同項により保障される。

 したがって,SNSを利用して選挙運動の期間中等に「特定虚偽表現」に係る情報を他のSNS利用者に伝達[5]して選挙運動を行う自由も,「(その他一切の)表現の自由」として,同項により保障される。

(3)上記のとおり,削除義務や削除命令は直接にはSNS事業者宛てのものではあるが,法案9・26・27条等の仕組みにより,特定虚偽表現がSNS事業者によってSNSのサイトから削除されることとなると,他のSNS利用者という情報の受け手に情報が届かなくなるため,同自由の制約も認められる[6]

(4)判断枠組み

 同自由は,前述したとおり,民主政の運営を支える点で高い自己統治の価値を有するとともに,選挙運動に際しての意見交換等を通じて自己の人格を発展[7]させることにも資するから,自己実現の価値もある。

 他方で,選挙運動の規制については選挙の公正を確保すべく「選挙に関する事項」(47条)に関して広い立法裁量が認められる場合がある[8]。そのため,法案9条等についても,個別訪問を禁止する公選法の規定[9]を合憲とした最高裁判例緩やかな判断枠組み(規制目的の正当性,目的と手段との合理的関連性及び利益衡量の審査)[10]が妥当するようにも思える。

 しかし,SNSには散在する少数派の声を結びつけるという特性がある[11]ことにも照らすと,SNSを多数の国民が日常的に利用する今日においてはSNS利用者の選挙運動の自由は特に手厚く保障されるべきである。

 したがって,同判例の判断枠組みは法案9条等の違憲審査には妥当せず,中間審査基準[12]か,あるいは,選挙のルールであるため立法裁量があることを前提とするとしても,少なくとも立法の判断過程を慎重に審査する手法によるべきである[13]

(5)判例の立場の問題点

 仮に同判例の判断枠組みが妥当するとしても,同判例の立場には問題があると考える[14]。すなわち,①同判例は,個別訪問の禁止は,意見表明そのものの制約を目的とする直接的制約ではなく,意見表明の手段方法のもたらす弊害防止を目的とする間接的・付随的制約にとどまることを理由として挙げるが,判例の区分については前者が過度に狭く不当であり[15]内容に着目した規制である[16]から,個別訪問の禁止も規制態様の強い直接的な内容制約とみるべきである。また,②関連性審査において,戸別訪問が選挙腐敗の温床となりうることにつき,立法事実に基づく論証がなされているわけではない[17]という問題もある。[18]

 そこで,やはり,中間審査基準によるか,立法の判断過程を慎重に審査すべきである。

(6)個別的・具体的検討[19]

 中間審査基準による場合,選挙の公正確保という規制目的重要であるとしても[20],手段が実質的関連性を欠くものといえないか。

 この点につき,法案を合憲とする立場から,法案9条1項1号が虚偽表現であることの明白性を,同項2号が選挙の公正が著しく害されるおそれがあることの明白性をそれぞれ要求しており,特定虚偽表現の規制が限定的であるため,実質的関連性がある旨主張されることが予想される。

 しかし,SNS事業者やその関係者が,刑罰,特に両罰規定(27条)をおそれるあまり,また経費を節約するためにも,法案9条1項1号・2号についての厳密な判断を放棄し,特定虚偽表現ではない内容の投稿まで安易に削除するようになる蓋然性が高い[21]。そこで,SNS事業者のより慎重な判断を促すべく,これらの要件に加え,少なくとも苦情の件数が一定数(例えば100件以上)ある要件が規定されるべきであるから,法案9条は規制の相当性を欠くものといえる。また,下記イの事情からそもそも十分な立法事実があるとはいえない。ゆえに,目的と手段との実質的関連性があるとはいえない

 ①立法の判断過程を慎重に審査して立法裁量を統制する判断枠組みによるとしても,乙県の知事選挙の1件の事象のみ,しかも選挙の公正が害されたのではないかと「議論が生じた」にとどまることを考慮ないし重視しているといえ,立法過程に他事考慮ないし事実の過大評価がみられる。また,②かかる1件や他の県の選挙につき,虚偽のニュースと候補者落選との因果関係等につき詳細な検証がされたという事情もみられないことから,考慮不尽があるといえる。さらに,③個別訪問の場合のように,買収・利害誘導等の不正行為の温床となること,選挙人の生活の平穏を害すること,候補者の出費が多額となることなどの弊害は,本法案では生じないか,その程度が低いといえるため,これらの事情も考慮されるべきである(考慮不尽)。

 したがって,立法の判断過程は不合理であり,その結果,法案9条等は社会通念上著しく妥当性を欠くものというべきである。[22]

(7)以上より,法案9条等は,SNS利用者の選挙運動の自由を侵害し,違憲である。

3 SNS事業者の自由

(次回以降のブログで答案例を示す予定である。)

 

 

 

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「今 僕のいる場所が 探してたのと違っても

 

 間違いじゃない いつも答えは一つじゃない」[23]

 

 

 

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[1] Mr.Children(作詞 桜井和寿)「Any」(2002年)。

[2] 本秀紀編『憲法講義第2版』(日本評論社,2018年)ⅰ頁「第2版へのはしがき」〔本秀紀〕。下線引用者。

[3] (1)の部分は,冒頭部分(書き出し)である。この冒頭部分の答案の枠組みについては,2017年10月9日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その3 憲法答案の『冒頭パターン』」や,2017年10月20日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その5 出題趣旨から探究する『答案枠組み』」を参照されたい。

[4] 曽我部真裕「判例の流れ 参政権(1) 選挙権・選挙運動規制」淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例ラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)317~318頁(318頁)参照。同318頁は,「選挙運動や政治活動に対する規制について…これらの活動の自由は表現の自由(21)に含まれると考えられる。周知のように,二重の基準論の有力な根拠の1つとして,表現の自由は民主政の運営を支える基礎的な基本権であるというものがあるが,議会制民主主義において議員の選挙は,民主政の運営における重要な契機であり,上記のような議論からは,選挙運動や政治活動の自由はもっとも手厚く保障されなければならないということになりそうである。」とする。

[5] 木村草太『司法試験論文過去問 LIVE解説講義本 木村草太 憲法』(辰已法律研究所,2014年)(以下「木村・LIVE本」という。)159頁(平成20年新司法試験論文憲法につき検討している章の頁)は,「大きく論じる必要はありませんが,表現の自由の保護範囲には,情報が受け手に届くことまでが含まれることを,意識的に論じましょう。」(下線引用者)とする。

[6] 木村・LIVE本159頁は,情報が削除されるわけではなく,一定の手続を踏まなければ閲覧できなくするフィルタリングソフトの事案(平成20年新司法試験論文憲法・出題趣旨第2段落参照)についての解説ではあるが,「フィルタリングによりホームページを閲覧できなくするわけですから,受け手に情報が届かなくなってしまいます制約は問題なく認定できるでしょう。」(下線引用者)とする。

[7] 芦部信喜高橋和之補訂『憲法 第七版』(岩波書店,2019年)(以下「芦部・憲法」という。)180頁。

[8] 曽我部真裕「判批」(個別訪問の禁止を合憲とした最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(327頁)参照。

[9] ちなみに,主要8か国(G8…日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・カナダ・イタリア・フランス・ロシア)で個別訪問の規制についての規定があるのは,日本だけである(安念潤司ほか編著『憲法を学ぶための基礎知識 論点 日本国憲法[第二版]』(東京法令出版,2014年)174頁〔青井未帆〕)。

[10] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(326頁)参照。

[11] 曽我部真裕「インターネット選挙運動の解禁―初の実践例を経て見えてきたもの」法学セミナー708号(2014年)8頁(12頁)参照。

[12] 芦部・憲法221頁,渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1人権〔第7版〕』(有斐閣,2019年)217頁〔渋谷〕,渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法2統治〔第7版〕』(有斐閣,2019年)290頁〔赤坂〕等参照。

[13] 曽我部・前掲注(11)12~13頁参照。同13頁は,「選挙の公正の概念は多義的であり、立法者の判断の余地があることは確かであるから、いわゆる判断過程審査のような手法が可能かどうか検討する必要があるだろう。」(下線引用者)としている。

[14] ここは,問題文3頁「設問」第2段落の「判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている。」という点に対応した部分である。

[15] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁参照。

[16] 長谷部恭男「教科書の読み方」『続・Interactive 憲法』(有斐閣,2011年)46頁(50頁・4~5行目)参照。

[17] 高橋和之立憲主義日本国憲法 第4版』(有斐閣,2017年)351頁,曽我部真裕「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)判プラ326~327頁(327頁)参照。

[18] 判例の間接的・付随的制約論と個別訪問の弊害論に対して,学説は総じて批判的である(横大道聡「判批」(最大判昭和56年7月21日解説)長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅱ[第6版]』(有斐閣,2013年)348~349頁(349頁))。

[19] 過去の採点実感の関係コメント(平成23年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)7は,「あしき答案の象徴となってしまっている「当てはめ」という言葉を使うこと自体をやめて,平素から,事案の特性に配慮して権利自由の制約の程度や根拠を綿密に検討することを心掛けて欲しい。」とする。)に照らし,「当てはめ」という語を避けている。また,平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)2頁・2(2)ア(「事案の内容に即した個別的・具体的検討」(下線引用者))も参照した。

[20] 立法措置②については,規制目的の重要性につき,スルーするという答案政策を採った。目的の重要性を否定することは難しいと思われるからである。

[21] 鈴木秀美「ドイツのSNS対策法と表現の自由」メディア・コミュニケーション68号(2018年)1頁(4頁)によると,ドイツのSNS対策法のSNS事業者の「報告義務」についてではあるが,同義務につき,「100件以上の苦情を受け付けた」いう限定が付されていることに照らすと,法案9条1項1号・2号の要件とともに,このような苦情件数要件を設けることがLRAとなるものいえる(規制の実効性もある)という立論が成り立つように思われる。

[22] 立法の判断過程を慎重に審査して立法裁量を統制する判断枠組みに関し,「裁量権行使の過程に着目する」審査(裁量過程統制型の審査)について解説した小山剛『「憲法上の権利」の作法 第3版』(尚学社,2016年)183~187頁等参照。

[23] Mr.Children・前掲注(1)「Any」。

 

6/2(日)15:15~@麹町 2019司法試験解説会

すでに伊藤建先生がTwitterで告知されていますが、こちらのブログでも告知をさせていただきます。


司法試験受験生・予備試験受験生の皆さま、ぜひお申し込みください。会場でお会いしましょう!


私もパネルディスカッション(憲法行政法)でパネリストを担当させていただきます。試験の新傾向や現実的な対策法・判例の勉強方法についてもコメントできればと考えています。


よろしくお願いいたします。



令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法 解説速報(2) 答案例その1

「もう怖がんないで 怯まないで

失敗なんかしたっていい

拒まないで 歪めないで

巻き起こっているすべてのことを真っすぐに受け止めたい」[1]

 

 

 

思想の自由市場を「歪め」るのは,市民の虚偽表現か,政府の統制か。

 

 

 

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 前回に引き続き,令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法の解説を試みる。

 

yusuketaira.hatenablog.com

 

 

 

1 過去問の採点実感等に照らした答案構成の一般論

 

(1)過去問検討の重要性

 

説明するまでもないことかもしれないが,過去問の検討,特に自分で問題を解いてみた上で,出題趣旨や採点実感,市販の上位再現答案等を分析等してみることは,司法試験論文において(司法試験予備試験論文においても)重要である。

そこで,令和元年司法試験論文憲法の検討に入る前に,過去問の出題趣旨や採点実感を簡単におさらいしてみよう。

 

(2)違憲審査基準等の判断枠組みの定立までについて

 

平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)(以下「平成28年採点実感」という。)1頁の「2 総論」部分は,以下のとおり述べており,①人権の「重要性」(〔2〕の部分),②規制の程度(規制の強さ)(〔3〕の部分),そして③一定の制限を課す必要がある理由反対利益への配慮)(〔6〕の部分)等を考慮し,違憲審査基準(判断枠組み)を定立せよと述べている。

 

「本問では,〔1〕架空の性犯罪継続監視法がいかなる憲法上の人権をどのような形で制約することになるのかを正確に読み取り,〔2〕被侵害利益を特定して,その重要性や〔3〕規制の程度等を論じて〔4〕違憲審査基準を定立し,問題文中の事実に即して適用するなどして結論を導かねばならない。〔5〕その際,当該権利(自由・利益)を憲法上の人権として保障すべき理由,〔6〕これに一定の制限を課す必要がある理由反対利益への配慮),〔7〕これらを踏まえて当該違憲審査基準を採用した理由,〔8〕同基準を適用して合憲又は違憲の結論を導いた理由について,いかに説得的に論じているかが,評価の分かれた一つのポイントとなる。」(〔1〕~〔8〕,下線は引用者)

 

そして,当然のことながら,①の前提として,(A)そもそも憲法で当該自由・権利が保障されるものといえること(〔5〕の部分),また,②の前提として,(B)当該自由・権利が法令や処分によって制約されているといえることがそれぞれ必要となる。ゆえに,(A)と①,(B)と②の内容は,普通は重複する箇所が多くなるものといえる。

 

また,この平成28年採点実感が言及した答案構成の枠組みに概ね従い,その上で特定の判例憲法判例百選に収載されるレベルの著名な判例)を活用しながら,答案の「一例」を示したのが平成29年司法試験論文式試験公法系科目第1問出題趣旨(以下「平成29年出題趣旨」という。)第4段落である。

 

「B代理人甲としては,マクリーン事件判決のこのような判断を踏まえつつ,本件のような場合には立法裁量が限定されるべきという主張を組み立てる必要がある。様々な立論があり得るだろうが,飽くまで一例ということで示すとすれば,まず,〔①〕妊娠等が本人の人生にとって極めて重要な選択であり,また,人生においても妊娠等ができる期間には限りがあり(なお,新制度はそのような年代の者を専ら対象としている(特労法第4条第1項第1号)。),自己決定権の中でも特に尊重されなければならないこと,また,〔②〕本件が,再入国と同視される在留期間の更新拒否ではなく,強制出国の事例であってマクリーン事件とは事案が異なることなどを指摘して,〔③〕立法裁量には限界があるとして中間審査基準(目的の重要性,手段の実質的関連性)によるべきだという主張をすることなどが考えられる。」(下線,〔①〕~〔③〕は引用者)

 

(3)あてはめについて

 

加えて,平成29年出題趣旨第4段落は,あてはめの「一例」まで示してくれている。

 

「その上で,例えば,〔1〕規制目的は定住を促す生活状況を生じさせることを防止することによって定住を認めないという新制度の趣旨を徹底することであり,これは,滞在期間を限定し,永住や帰化を認めないという直接的な措置と比べて周辺的であり,重要な立法目的とまでは言えないこと,〔2〕仮に目的が重要だとしても,妊娠等が全て定住につながるとは限らず,合理性に欠けることなどを指摘することが考えられる。」(下線,〔1〕・〔2〕は引用者)

 

このあてはめ例のうち,〔1〕は目的審査の,〔2〕は手段審査における関連性の審査といえ,また,このほかに(手段審査における)規制手段の相当性(規制手段として実効性のあるより制限的でない他に選び得る手段の有無が重要な要素となる)の審査がある[2] [3]。この点に関し,平成29年出題趣旨第4段落は,相当性の審査については当てはめを行っていないものといえるため,この点については,上位再現答案等で分析することが受験生にとって有益な勉強となるだろう。

 

(4)中立意見型(平成30年タイプ)の答案の書き方について

 

平成30年司法試験公法系科目1位合格者が同年の憲法の問題を「原則的には私見を書けばよいのであって,必要があれば対立する視点として判例や反論を持ち出せばよいのだから,考える視点は2つでよいことになる」[4]と的確に分析するとおり,令和元年司法試験論文憲法も,基本的には同様のスタンスで答案を書けば良かろう。

 

ただし,令和元年司法試験論文憲法の問題文で明記された(前年は明記されていなかった)判例への批判[5]については,前回の(=2019年5月15日の)ブログを参照されたい。

 

なお,令和元年司法試験論文憲法の「設問」における「反論」(問題文3頁「設問」第2段落の「反論」)の意味と,平成30年司法試験論文憲法の「設問」における「反論」とはズレがあると考えられるが,この点は,令和元年司法試験論文憲法を解くに当たっては,特に問題視する必要のないところと思われるので,少なくとも今回のブログでは詳しく述べることはしないこととする。

 

 

2 令和元年司法試験論文の答案の「一例」

 

平成29年出題趣旨のコメントを借り,「様々な立論があり得るだろうが,飽くまで一例ということで」答案例を示すこととしたい。

 

答案構成(の骨子)は,前回のブログのとおりである。

 

この答案構成のうち,今回のブログでは,個人的に特に関心のある【立法措置①】の実体審査の部分(第1の2)の答案例を示す。

なお,【立法措置①】の文面審査すなわち漠然性のゆえに無効及び過度の広汎性のゆえに無効の部分(第1の1(1)及び(2))や【立法措置②】については,次回以降のブログで検討する予定である。

 

 

第1 立法措置①の合憲性

 1 法案の明確性

(略)

 

 2 一般市民〔ら…★190523加筆(以下,特にコメントがない限り〔 〕内の記載は190523加筆のもの)〕表現の自由

 (1)法案6条は,公共の利害に関する事実について,虚偽であることを知りながら,虚偽表現(法案2条)を流布する行為を禁止し,その違反があった場合には刑事罰による強制措置をとるとしている(法案25条)。そこで,法案6条は,SNS〔等の表現媒体〕で表現行為を行う一般市民〔等〕表現の自由21条1項)を侵害し,法令違憲とならないか。[6]

 (2)そもそも,SNS〔…★190523削除〕「虚偽表現」を行う自由は,21条1項により保障されるか。[7]この点につき,「虚偽表現」は,表現の自由が保障される根拠の1つである「思想の自由市場[8]を歪めるものであり[9],立憲民主制の維持・運営(国民の自己統治)を危うくするものであるから,同項により保障されないとも思える。

 しかし,市民も政府も誰もが完全な知識と判断能力を有しているわけではなく,情報の真偽を予め確実に判断することは不可能である[10]し,誤った言明は自由な討論では不可避的なものである[11]から,「虚偽表現」を禁止すると表現行為によって自己の人格を発展[12]させる多くの機会が奪われかねない。また,例えば政府の政策と矛盾する事実を指摘することで,民主政に資する[13]一定の政治的な意見を述べるなど,事実の言明と意見の言明とは区別がつかないこともありうる[14]。ゆえに,虚偽表現の自由自己実現及び自己統治の価値を有しており,さらに,SNSを含むインターネットでは,双方向的な情報流通が可能であり[15],特に「公共の利害」(法案6条)につき公的人物や政府は比較的容易に反論を公表しうる[16]から,〔特に〕SNSというサイバースペース虚偽表現の弊害が比較的短い時間で一定程度是正されうるといえる。

 したがって,虚偽表現を行う自由は,「(その他一切の)表現の自由」として,21条1項により保障される[17]

(3)上記2(1)のとおり,同自由が法案6条・25条により制約されていることは明らかである。

(4)違憲審査基準[18]

 前記のとおり,同自由にも自己実現・自己統治の価値があり,「公共の利害に関する事実」(法案6条)という政治的意見と密接に関わりうる表現が規制されることにも照らすと,一定程度重要な人権といえる。また,法案6条は,表現内容に着目した[19]強度の規制であり,SNS〔等の表現媒体〕を利用して表現を受領し閲読する者の知る自由(21条1項)〔や、SNS事業者や出版者等の情報流通の自由(同項)〕をも制限することになりうる規制でもある。さらに,同自由に制限を課す必要性についてみても,例えば,せん動行為の規制の事案類型[20]とは異なり,虚偽表現の流布による社会的混乱に際しての市民生活への平穏等への害悪・危険[21]の程度が比較的高くはない

 そこで,法案6条の違憲審査は,少なくとも目的の重要性及び目的と手段との実質的関連性を審査する中間審査基準によるべきである[22]

(5)審査基準の具体的な適用[23]

ア 目的審査

 前記のとおり,事実の真偽を予め確実に判断することはできず,例えば,政治的問題に関する歴史的事実とされる事実が,時期・時代によってその真偽が変わる場合もあるから,一時点の真偽を前提とする「社会的混乱」(法案1条)の意味は慎重に判断されるべきである。そこで,法案6条が生活上の安心という市民の主観的な感覚・感情[24]や,社会的混乱に際しての抽象的な害悪・危険の発生を防止しようとするものであれば,重要な立法目的であるとまでは言えないが,客観的・具体的で重要な害悪・危険の発生を防止しようとするものであれば重要といいうる

イ 手段審査

 立法目的が重要だとしても,規制手段については,SNS以外の表現媒体での虚偽表現に際しての害悪については立法事実があるとはいえず,かかる表現規制にはそもそも関連性があるとはいえない。

 また,SNSでの虚偽表現についてみても,〕例えば,法案9条1項2号のように,虚偽表現の流布による社会的混乱に際しての害悪・危険が「明白」に予見されるような場合に限定すべきとも思える。しかし,SNS〔等を含むインターネット〕上の情報は当該SNS〔等の〕利用者が瞬時に閲覧でき,SNS利用者らによって情報が広く拡散されることがあり,時として短時分ないし短期間で害悪が深刻なものとなり得るため[25]「明白」性を要件にすると実効性に欠ける規定となると考えられ,上記限定は適当ではない。[26]

 さらに,法案6条を合憲とする立場からは,「虚偽であることを知りながら」という要件は,いわゆる現実の悪意の法理に照らしたものであり,これは「夕刊和歌山時事」事件判決相当性(誤信相当性)の法理よりも表現の自由を手厚く保護するものであるから[27]表現者が処罰される場合は限られており,手段の相当性はあるとの主張が予想される

 確かに,現実の悪意の法理を参考に表現の自由を手厚く保護しようとすること自体は適切である。しかし,同判決は,表現の自由の保障と人格権としての個人の名誉権の保障(憲法13条)との調和を図ったものである[28]のに対し,法案6条は虚偽表現そのものを規制しているため[29]表現行為への萎縮効果は同判決の場合よりも相当程度高くなるから[30]〔or  しかし,現実の悪意の法理は,名誉棄損の記述が虚偽であることを知っていたなどの場合に表現者が責任を負うものであるが,虚偽表現は直ちには名誉権等を害するおそれのある記述ではないから,…★190527加筆〕 ネット上の表現の利便性の点も考慮すると,表現の自由をより手厚く保護すべきである[31]。ゆえに,少なくとも「虚偽表現」の要件を「害悪を引き起こすような虚偽表現」[32]と限定して規定すべきと考える。

 よって,合憲の立場に対しては,以上のようなより制限的でない他の規制手段があり,かつ,甲県や複数の県で発生した各事例(問題文第2段落第1文)に照らせば[33],上記の通り要件を限定しても規制の実効性があると考えられるとの反論が可能である

(6)以上より,法案6条は,目的と手段との実質的関連性があるものとはいえず[34]違憲である[35] [36]

 

 

 

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今年の司法試験論文憲法も,過去問を検討することで,それなりの対応ができたのではないかと思われる(とはいえ,実際に2時間で書くのは大変だろうが)。

 

 

司法試験の過去問検討も,「一歩」・「一歩」の積み重ねが重要である。

 

 

 

 

 

「夢見てた未来は それほど離れちゃいない

 

また一歩 次の一歩 足音を踏み鳴らせ!」[37]

 

 

 

 

 

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[1] Mr.Children(作詞 桜井和寿)「足音 ~Be Strong」(2014年)。

[2] 木村草太『司法試験論文過去問 LIVE解説講義本 木村草太 憲法』(辰已法律研究所,2014年)(以下「木村・LIVE本」という。)327~329頁(特に329頁の「論証技術⑨」の部分)は,「必要性の基準(LRAの基準)」(平成29年出題趣旨の言及する中間審査基準と同じか概ね同じ違憲審査基準というものと思われる。)の手段審査については,「『①そもそも関連性が欠ける(ので必要性もない)』,『②関連性があっても,より制限的でない手段がある』」という2つ(「①関連性と②必要性」)の審査がある旨説く。同329頁等は,規制手段の「相当性」というキーワードではなく,規制手段の「必要性」というキーワードを用いているが,司法試験の採点実感(→注(2))からすると,「必要性」ではなく「相当性」という語を答案で使う方が無難であろう。

[3] 平成20年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)4頁3(5)オが「審査基準が定められたとしても,それで答えが決まるわけではない。〔1〕必要不可欠の(重要な,あるいは正当な)目的といえるのか,〔2〕厳密に定められた手段といえるか,〔2-1〕目的と手段の実質的(あるいは合理的)関連性の有無,〔2-2〕規制手段の相当性,規制手段の実効性等はどうなのかについて,事案の内容に即して個別的・具体的に検討することが必要である。」(〔1〕・〔2〕などは引用者)としているところ,〔1〕部分が目的審査を意味し,また,〔2-1〕部分が手段審査における関連性の審査を,〔2-2〕部分が手段審査における相当性の審査を意味するものと考えられる。

[4] 平成30年司法試験合格者T.K.氏「公法系1位が教える!憲法の新傾向と対策」受験新法819(2019年5月)号53~65頁(65頁)。

[5] おそらく考査委員としては,平成30年司法試験でも判例への批判については加点するつもりだったと思われるが,判例との事案の違いを指摘して判例の射程をずらすような答案はそれなりの数あっても,判例への批判をする答案は少なかったため,令和元年司法試験の問題文で,判例への批判を書いてもよい旨明記したものと予想される。

[6] (1)の部分は,冒頭部分(書き出し)である。この冒頭部分の答案の枠組みについては,2017年10月9日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その3 憲法答案の『冒頭パターン』」や,2017年10月20日のブログ「平成29年司法試験出題趣旨(憲法)の感想 その5 出題趣旨から探究する『答案枠組み』」を参照されたい。

[7] ここ(自由・人権の保障レベル)は,本来は,第1の1(1)の最初のところで書くべき部分であるため,本来は,重複を避けるために,前述のとおり…などと書くことになる。

[8] 新井誠ほか『憲法Ⅱ 人権』(日本評論社,2016年)(以下,「新井ほか・憲法Ⅱ」という。)108~109頁〔曽我部真裕〕参照。同書は,表現の自由の「保障根拠論」(同書108頁)につき,「真理は思想の自由な競争のなかからのみ見出されるのだから、公定の「真理」に基づいて表現を規制してはならないとする思想の自由市場論も伝統的に主張されている」(同書109頁)としている。

[9] 工藤郁子「人口知能と報道倫理:『フェイクニュース』を中心として」(人口知能学会全国大会論文集第32回全国大会(2018)・セッションID: 3H2-OS-25b-03)1頁(2頁)。

[10] 成原慧「フェイクニュース憲法問題―表現の自由と民主主義を問い直す」法学セミナー772号(2019年)18頁(21頁)。

[11] 水谷瑛嗣郎「思想の自由市場の中の『フェイクニュース』」メディア・コミュニケーション〔慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要〕69号(2019年)55頁(59頁)参照。なお,前回ブログでも言及した鈴木秀美「ドイツのSNS対策法と表現の自由」メディア・コミュニケーション68号(2018年)1~12頁も,慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所の紀要であり,令和元年司法試験論文憲法の問題との関係では,同紀要の関係論文を読んでいた受験生が(いるとすれば)それなりに有利だったのではないかと思われる。

[12] 芦部信喜高橋和之補訂『憲法 第七版』(岩波書店,2019年)(以下「芦部・憲法」という。)180頁。

[13] 芦部・憲法180頁。

[14] 水谷・前掲注(11)59頁参照。ちなみに,「事実」の表現のことであるため,博多駅事件を引用すべきと思う方もいるかもしれないが,同判例は,同判例をより活用しやすい【立法措置②】のところで言及・活用すれば(その方が)良いだろう。

[15] 芦部・憲法194頁。

[16] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和44年6月25日(「夕刊和歌山時事」事件)解説)淺野博宣ほか著,憲法判例研究会編『判例ラクティス憲法〔増補版〕』(信山社,2014年)(以下「判プラ」と略す。)150~151頁(151頁)参照。同151頁・解説4第4段落は,「公人ないし公的人物」が「メディアへのアクセスを有しており,批判に対して容易に反論できるのが通常である」としており,このことは,政府が一定の事実の真偽につき,政府としての見解(虚偽事実への反論)を述べる場合にも妥当すると考えられる。

[17] 松井茂記『マス・メディア法入門〔第5版〕』(日本評論社,2013年)89頁も,「虚偽の表現は憲法の保護を受けないと考えるべきではない」と説く。なお,他方で,アメリカの勲章詐称法違反被告事件で,2012年のUnited States v. Alvarez連邦最高裁判決におけるアリート裁判官反対意見は,虚偽表現は「修正1条の範囲外にある」と述べており(大林啓吾「表現の自由―修正1条絶対主義?」大林=溜箭将之『ロバーツコートの立憲主義』(成文堂,2017年)191~245頁(205頁)),虚偽表現が憲法の保護を受けない旨の見解を採る。なお,この勲章詐称法(Stolen Valor Act)につき,松井茂記アメリ憲法入門[第8版]』(有斐閣,2018年)260頁は,「武勇窃盗法」として紹介しており,訳し方が異なる。

[18] ここは「判断枠組み」というタイトルでも良い。

[19] 木村・LIVE本414頁参照。

[20] ①中林暁生「判批」(最大判昭和24年5月18日解説)判プラ109頁,②同「判批」(最二小判平成2年9月28日(渋谷暴動事件)解説)判プラ110頁参照。この①の最大判昭和24518日については,2019520日に都内某所で開催された行政事件訴訟に関する某研究会後の懇親会の席で,弁護士の伊藤建先生よりご教授いただいたものである。本答案例のこの部分で使ってよいかは定かではないため不適当な(伊藤先生の意図とは異なる)使い方である可能性もあるとは思うので,伊藤先生による本問の解説が待たれるところである。

[21] ここの記述は,平成28年採点実感1頁2「一定の制限を課す必要がある理由(反対利益への配慮)」の点や,法案1条の「社会的混乱」の文言,問題文2頁第2段落第1文の例,同2頁下から5行目の「社会的混乱」という記載等を意識したものである。

[22] United States v. Alvarez連邦最高裁判決におけるブライヤー裁判官の相対多数意見に関する結果同意意見も「中間審査」基準を採るべきであり,「法律の目的と手段とが関連しているかどうかをチェックすべきである」としている(大林・前掲注(17)205頁)。

[23] 過去の採点実感の関係コメント(平成23年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)7は,「あしき答案の象徴となってしまっている『当てはめ』という言葉を使うこと自体をやめて,平素から,事案の特性に配慮して権利自由の制約の程度や根拠を綿密に検討することを心掛けて欲しい。」とする。)に照らし,「当てはめ」という語を避けている。

[24] 木村・LIVE本415頁参照。

[25] 最大判平成22年3月15日(平和神軍観察会事件)参照。なお,同判例の解説として,曽我部真裕「判批」判プラ157頁。

[26] この「明白」性要件の点については,答案に書く必要性は低いかもしれない(書かなくてもOKだろう)。

[27] 曽我部真裕「判批」(最大判昭和44年6月25日(「夕刊和歌山時事」事件)解説)判プラ150~151頁(151頁・解説4第1段落)参照。

[28] このことを初めて示した最高裁判例最大判昭和61年6月11日(「北方ジャーナル」事件)であるが,同事件は事前規制の事案であり,立法措置①は,事後規制であるから,判例名まで引用することはしていない。なお,この事前規制・事後規制の違いは,少なくとも本問との関係では,本質的な事案類型の違いであると考えられるため,基本的には,立法措置①との関係で「北方ジャーナル」事件を活用することは難しいのではなかろうか。

[29] この点に関しては,2019520日に都内某所で開催された行政事件訴訟に関する某研究会後の懇親会の席で,弁護士の松尾剛行先生より貴重なコメントを頂戴した(アメリカの勲章詐称法(大林・前掲注(17)204頁)の問題点等についても解説していただいた。同法に関しては,伊藤建先生からも同趣旨のご意見を頂戴したと記憶している。)。もっとも,コメントを正確に理解できているか自信がない上,本答案例のこの部分で使ってよいかは定かではないため不適当な(松尾先生の意図とは異なる)使い方である可能性もあるとは思うので,松尾先生による本問に対するコメントが待たれるところである。

[30] 現実の悪意の法理との関係での「萎縮」効果に関して,曽我部真裕=林秀弥=栗田昌裕『情報法概説〔第2版〕』(有斐閣,2019(令和元)年)310頁〔栗田〕参照。なお,同書の発行日は,2019(令和元)年5月30日であるが,某有名書店の店員の方の話によると,同年5月17日か18日頃から,書店に並んでいたようである(ちなみに,令和元年司法試験論文憲法の本試験実施日は同月15日である)。

[31] 本答案例は,このように「夕刊和歌山時事」事件を活用するものであるが,判例の<相当性(誤信相当性)の法理>それ自体を活用するというよりも,むしろ,同法理よりもさらに表現の自由を厚く保護する法理である<現実の悪意の法理>の方を活用して答案を書いている(少なくともそのつもりで書いている)。令和元年司法試験論文憲法の設問では「判例の立場に問題があると考える場合」には,そのことについても「論じるように」とされており(ちなみに,この点については立法措置①ではあえて論じていないが,次回以降のブログで,立法措置②で活用する判例である個別訪問事件との関係で「論じる」予定である。),学説を(判例も学説も)今まで以上に重視する傾向になった(若干の出題傾向の変化があった)といえよう判例も学説も深く勉強することは受験生にとっては負担が重すぎるだろうが,特に重要な判例(判プラの1頁の判例ではなく,2頁使って解説されている判例が特に重要な判例であることの重要な指標となるだろう。)の解説等に登場する学説等については,できるだけフォローしていくという対策をとるのが良いのではないかと思われる。

[32] United States v. Alvarez連邦最高裁判決におけるブライヤー裁判官の相対多数意見に関する結果同意意見も「害悪を引き起こすような虚偽表現を規制対象にするなど,より制限的でない方法がありうる」などとする(大林・前掲注(17)204頁)。なお,鈴木・前掲注(11)1頁以下等も参照。

[33] ちなみに,フェイクニュースが引き起こした現象としてよく取り上げられる出来事の一つである,いわゆるピザゲート事件につき,受験生は,水谷・前掲注(11)56頁を参照されたい。

[34] 「虚偽表現」を「害悪を引き起こすような虚偽表現」に合憲限定解釈することができるかという論点をこのタイミングで書くかどうかは悩ましい問題であると思われるが,新井ほか・憲法Ⅱ119頁〔曽我部真裕〕は,「明確性の原則」との関係で「限定解釈」につき解説していることなどから,合憲限定解釈の可否の論点は,本答案例でいうと,第1の1(漠然性のゆえに無効の項目のところ)で書くべきと思われる。ちなみに,前回ブログでは,第1の2(手段審査の後など)に書くべき旨の答案構成を示していたが,これだとやや不適当と思われるため,2019年5月22日,その答案構成を取り消し線で削除し,修正(修正箇所は太字・斜体の文字で表記)している。

[35] なお,松井・前掲注(17)『マス・メディア法入門〔第5版〕』89頁は,かつて「総司令部」が「プレス・コードのもとで課していたような制約は、今日では憲法二一条と相容れないというべきだろう。」とする。時代が逆行しないことを祈るばかりである。

[36] 立法措置①を違憲とする結論に関し,2019520日に都内某所で開催された行政事件訴訟に関する某研究会後の懇親会の席で,弁護士の大島義則先生より貴重なコメントを頂戴した。大島先生のコメント内容については,本ブログで公表しないが,大島先生ご自身による本問に対するコメントが待たれるところである。

[37] Mr.Children・前掲注(1)「足音 ~Be Strong」。

 

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法(論文式試験公法系科目第1問)解説速報(1)

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法論文式試験公法系科目第1問)の解説速報であるが,本年,本試験を受けている(まさに真っ最中の)受験生は基本的には読むべきではなかろう。

以下,一定の空白スペースがあるが,その後に若干の解説文があるため十分に注意されたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和元年(平成31年・2019年)司法試験論文憲法論文式試験公法系科目第1問)は、フェイクニュース規制法という架空法律の案(法案)の合憲性が問われた。憲法31条も一応問題にはなるようだが,基本的には“21条祭り”であったといえよう。

 

 

1 元ネタはドイツのSNS対策法か

2017(平成29年)6月30日,ドイツ連邦議会において,「SNSにおける法執行を改善するための法律」,通称「フェイスブック法」が成立したことから,この議論が日本にも妥当しないかを問うものと思われる。また,暗に,憲法改正に関する国民投票法に虚偽報道規制がないこと(公職選挙法にはある)[1]などを念頭においた出題ということなのかもしれない。なお,20XX年の「甲県の化学工場の爆発事故」(問題文2頁第2段落)は福島県福島第一原発のいわゆる水素爆発事故を想起させるものといえよう。

 

関連する主要な論文としては,例えば,鈴木秀美「ドイツのSNS対策法と表現の自由」メディア・コミュニケーション68号(2018年(平成30年))1~12頁(慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要)がある[2]。なお,同じ慶應義塾大学の小山剛教授(平成31年(令和元年)司法試験考査委員)がこの論文を読んだ可能性があり,試験問題を作成する時期(おそらく2018年秋頃か)に照らすと,ドイツ憲法に精通する小山先生が問題の下地ないし叩き台を作った可能性が高そうである。

 

2 「設問」(問題文3頁)の分析

(1)中立意見型の設問(平成30年を踏襲)

「A省から依頼を受けて,法律家として」必要に応じて「参考とすべき判例」や「反論」を踏まえつつ「あなた自身の意見」(私見)を述べよという設問であることから(第1~第3段落),中立意見型(リーガル・オピニオン型,法律意見型,法律オピニオン型等とも呼ばれる)の問題であり,平成30年司法試験論文憲法の出題形式が基本的には踏襲されたと評価できる。なお,20XX年においても日本に総務省が残っている限り,「A省」というのは「総務省」になるのかもしれない。

 

★20190516加筆 「中立意見型」の呼称については、次の過去のブログをご覧ください。  

yusuketaira.hatenablog.com

 

 

(2)法令違憲のみ(平成30年を踏襲)

「立法措置」(第1段落)の合憲性を論ぜよということであるから,法令違憲のみ書けば足り,適用違憲・処分違憲は書く必要がない(前年と同じ)。

 

(3)若干の新傾向

判例の立場に問題があると考える場合」にはそのことについても「論じるように」とされており(第2段落),要するに殆ど“誘導”であるため,これに素直に従い,1つくらいは参考とすべき判例の問題点を指摘し,それに対する批判を書く必要はあっただろう。ただし,2つも3つも書いている時間的な余裕はないと思われる。

 

以上のような誘導文は,少なくとも平成30年では明記されていなかったものであり,これまでは,どちらかというと最高裁判例を真っ向から批判するというよりは,判例との差異があることを指摘し,その上で,判例をうまく活用していくという答案を書くことが基本的には求められていたようにも思われるが,今後はより深い判例学習をしてほしいという考査委員からのメッセージが読み取れるだろう。

 

(4)「論じなくてよい」論点

独立行政委員会制度の合憲性については「論じなくてよい」(第4段落)ということであるから,この論点については,司法試験的には論じてはならないということになる。

 

3 答案構成の骨子・大枠(参考判例や反論を含む)

答案構成の骨子・大枠については,まず,立法措置①と立法措置②とで大別すべきであり,立法措置①については,文面審査(下記第1の1)と実体審査(下記第1の2)を分ける必要があると思われる。

 

また,立法措置②については,「設問」の上の3行の記載(つまり,(A)「SNS利用者を含む一般市民」や(B)「SNS事業者」から意見聴取が行われ,憲法上の疑義を指摘する意見もあったとの記載)を重視して,(A)と(B)を分けて書くのがよいだろう。ちなみに,(A)については,SNS利用者の自由・人権のほかSNS利用して情報を受領する者の自由・人権の制約も問題となると考えられる。(ただし,文面審査すなわち明確性の論点(漠然性のゆえに無効(不明確性),過度の広汎性のゆえに無効(過度広汎性))については,(A)・(B)共通して問題になることから,先に書いてしまうのがよかろう。)

 

 なお,以下の各参考判例は,最三小決平成29年1月31日を除き,すべて憲法判例百選(第6版)Ⅰ・Ⅱに収載されたものである(ただし,この平成29年判例もメディア判例百選(第2版)には収載されている)。

 

 第1 立法措置①の合憲性

 1 法案2条1号の明確性(21条1項,31条)

(1)漠然性のゆえに無効

   ・徳島市公安条例事件

(2)過度の広汎性のゆえに無効

   ・広島市暴走族追放条例事件

※法案6条の「流布」等の明確性については受験政策上,問題にしない方が良いと思われる。

 

 2 一般市民SNS利用者)らSNS事業者表現の自由(21条1項)

 ・法案6条の「虚偽であることを知りながら」につき,真実であると誤信したことにつき,確実な資料や根拠があり,相当の理由があるときなども処罰されるように読めるため,21条1項に違反しないかが問題となる。

 ★20190522加筆修正 同条の読み方に誤解があったことが分かったため,上記取り消し線部分を削除することとする。なお、問題文3頁の「設問」の上の3行の記述からすると、第1の2では、「SNS利用者」の「虚偽表現」の自由の侵害がメインの人権問題となるだろうが、SNS事業者の虚偽表現に係る情報を流通させることの制約や、SNSではない媒体で表現を行う者の自由も問題とすることもできる(あるいはそれらについても書きべき)と思われる。法案2条1号自体は、SNS利用者の表現行為だけを問題にするものではないので、やや上記の3行の記述や問題文2頁の立法事実に係る記載に引っ張られすぎという批判はあろう。

 ・夕刊和歌山事件

  (・月刊ペン事件

      ★20190520加筆  平和神軍観察会事件(最判平成22年3月15日・判例ラクティス憲法〔増補版〕157頁・115事件〔曽我部真裕〕)を想起できなくても十分な解答はできたように思われるが、同判例を知っていると多少有利だったかもしれない(本試験分析をする際に,受験生は同頁の「解説」も読むと良いだろう)。同判例の解説者は司法試験考査委員の曽我部先生である。同判例は,憲法判例百選Ⅰ・Ⅱ[第6版]には収載されていないため,百選ではなく,判プラを使って勉強していた受験生の方が基本的には有利だったといえるだろう(なお,それが良いことか悪いことかについては,ここで特にコメントしない)。

 ・反論★20190522加筆修正 合憲の立場からの主張:合憲限定解釈可能

 ・反論に対する私見からの批判(再反論:合憲限定解釈不可能、違憲

 ★20190522加筆修正 この合憲限定解釈の可否の論点は,第1の1(1)で書いた方が良いと思われる。

 

3 一般市民らの知る自由(21条1項)

  ※サブ論点(おそらくここはメインではない。上記2で触れれば不要でも良いかも。)

★20190522削除 第1の3(一般市民のSNSでの表現(虚偽表現)を閲読する・知る自由)は、第1の2の違憲審査基準の定立の理由付けのところなどで書けば足りるのではないかと考える。

 

第2 立法措置②の合憲性

 1 法案の明確性(21条1項,31条)

  ・法案2条1号の明確性については,第1の1と同じ

  (・法案9条1項「速やかに」は漠然性のゆえに無効か(「24時間」などとすべき)

  ・徳島市公安条例事件 …下記2の実体審査のところで実質的に触れれば足りるかもしれない)

 

 2 一般市民の自由

(1)SNS利用者の選挙運動の自由(21条1項)

   ・個別訪問事件

   ・判例に問題がある…そもそも判例(個別訪問事件)と事案類型が異なるのでより厳格な基準(中間審査基準)によるべきであるが,事案類型が異ならないとしても,判例が選挙に関する事項につき全般的に広い裁量を認めているとすれば問題がある

   

(2)SNS利用者の知る自由(21条1項)

    ※サブ論点(前記と同様だが,おそらくここはメインではない)

 ★20190526削除 第2の2(2)は、第2の3のところで書けば足りるだろう。

★20190516加筆 なお,SNS事業者への賠償責任への制限(免除)規定(法案13条)が賠償請求をなし得る(はずの)者の財産権(憲法29条1項)を侵害しないかも一応論点として書くこともできるかもしれない。しかし,この点は配点は低いか殆どないのではないかと思われる。ちなみに,消費者契約法解除に伴う損害賠償額等を制限する消費者契約法の規定につき,これが憲法29条に違反しない(合憲)とした判例がある(最二小判平成18年11月2日(憲法判例百選第6版に収載されている判例ではない))。

 

 SNS事業者の自由等

(1)法案9条1項等の合憲性(憲法21条1項に違反するか)

   ・博多駅事件…ネット上で情報を流通させる自由(←事実の報道の自由)も21条1項で保障される

   ・最三小決平成29年1月31日…本決定とは事案が異なる。法案9条1項各号の要件を満たした場合でも(苦情件数要件もなく,また)例外なく(削除期間の延長等)削除しなければならないとする点(同項柱書)は違憲,罰則による強制まで行う点(法案26条)も違憲

(2)法案9条2項・20条の合憲性(憲法31条に違反するか)

 ・成田新法事件

  ・合憲

 

4 続きは次回

ということで,もしかしたら昨年と同じくらいか、昨年以上に多論点型の問題であったと思われる。

 

判例と問題文の事案類型の違いや,私見のあてはめなどにつき,殆ど解説できなかったが,ひとまず今日はこのあたりで。

 

 

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[1] 国民投票法(あるいは関連立法)における規制を国が検討している可能性もある(仮にそうであるとすると問題がある)ように思われる。

[2] 本論文を引用した論文として,成原慧「フェイクニュース憲法問題―表現の自由と民主主義を問い直す」法学セミナー772号(2019年)18~22頁(20頁),工藤郁子「AIと選挙制度」山本龍彦編著『AIと憲法』(日本経済新聞出版社,2018年)325~348頁(340頁)。

 昨年,工藤郁子先生から『AIと憲法』をご恵贈いただいた。改めて厚く御礼を申し上げる次第である。AIの問題が正面から司法試験論文憲法で問われる日もそう遠くないだろう。